第28話5-2.疑惑

「凄い。こうやって加工をしているんですか?」


 志光は簡単な化学実験に目を輝かせ、椅子から腰を浮かせた。美作は笑いながら頷くが、少年に警告をする。


「その容器にあまり近寄らないでね。邪素と化合するのはケイ素だけで、酸素は分離して泡になって出てくるから」

「危ないんですか?」

「分圧が高くないから酸素中毒にはならないと思うけど、何かの拍子に火が点いたら大変だよ」

「確かにそうですね」


 志光が少し離れて見ている間にシリカゲルは消失し、邪素は真っ青な液体と真っ黒なドロドロとした物質へと二分された。美作は容器を手に持つと軽く振ってみせる。


「これで分離できた。美味しく飲めるのは青い上澄みの部分で、下の黒い部分は加工品の原材料に使う」

「そういえば、邪素ってできたては温かいんですよね? 分離すると温度も下がるんですか?」

「下がるよ」

「自然状態で分離することはあるんですか?」

「完全では無いけど起きる。たぶん、キミが想像しているように、それは邪素の温度の低下と共に起こる現象だ」

「プラスティックの容器を使っているのは、ガラスだと邪素に反応してしまうからですか?」

「そうだよ。正確には分離されていない邪素が石英ガラスの容器に反応する。石英も二酸化ケイ素だからね。また、青い上澄みだけになってしまえばケイ素に反応しなくなる。しかし、キミはよく頭が回るね」


 美作は目を丸くして、志光の質問に回答した。少年は嬉しそうな面持ちになり、軽く頭を下げる。


「ありがとうございます」

「ひょっとして化学に興味があるの?」

「いいえ。教科書とネットで知識を囓っただけです」

「なるほどね……おっと、いけない。ここからが本題だ」


 紫髪の少女は表情を引き締めると、プラスティック容器の底に溜まった黒い物質を指差した。


「この黒い粘性の高い物質はBMと呼ばれる。ブラックマテリアルの略称だね。加工方法によって、高い引張強度と高い耐摩耗性を獲得する。このBMを加工して製品にするのがボクの仕事だ」

「……ああ! それでクレアさんのやったことの意味が分かりました。要するに、あの会議で専用武器を作って欲しいと呼びかけるのは……」

「その通り。ボクを指名したのと一緒なんだよ」


 美作はそう言うと、机の上に両肘を置いて両手を組んだ。彼女は下から冷たい視線を志光に向ける。


「そこで、ボクからキミに質問だ。キミは何者なんだ?」

「僕は地頭方志光……という話を聞きたいわけではないですよね?」

「キミも今回の話がおかしい事に薄々は気がついているんだろう? いや、キミぐらい頭の回転が良ければ、とっくの昔に気がついているはずだ」

「おかしい事というのは……僕が父の遺書で後継者に選ばれていることですか?」

「その通り。僕も含めて、魔界日本の幹部連がキミの存在を知ったのはたったの一週間前だ。クレアさんから説明があった」

「はい」

「もしも、地頭方一郎という棟梁が、息子であるキミを未来の棟梁候補と見なしていたとしたら、こんな発表の仕方は無かったはずだ」

「そうですね。普通なら、僕を自分の側に置いておいて、悪魔化するかどうかを事前に確かめたり、魔界でのルールを教えるはずだろうとは思ってました」

「その通り。後継者指名する前に、手下にキミの存在を紹介して、相性が良いかどうかまでを探るのが筋だと思うんだ」

「解ります」

「だから、ボク達はキミの正体を知りたかった。大蔵さんが遺言状を反故にしろと言い出したのも、その一環だと思う。でも、その疑問はクレアさんのお陰で少しだけ解けた」


 美作はそこまで言うと、表情を一変させて笑いをかみ殺した。


「まさかキミが、自分専用の武器が欲しいとクレアさんにねだっていたとは……プッ!」

「笑わないで下さいよ! だって、そういうのがあれば素人の僕でも活躍できるかなって……」

「まあ、そうだよね。キミの考え方は年齢相応だと思うよ。ボクだって、キミと同じぐらいの年齢の時には、必殺技とか必殺兵器が欲しかったからね」

「そういえば、美作さんっておいくつなんですか? 失礼な質問だとは思うんですが」

「それは秘密。ただ、大学を卒業して企業に就職した経験はあることまでは教えておくよ」

「ですよね。そうじゃないと、魔界日本の製造責任者には任命されるはずが無いですもんね」

「ちなみに今のうちに言っておくけど、ボクは男だから」

「……は?」


 志光は首を捻ると美作純の顔を凝視した。どこからどう見ても女性というか少女だ。しかも可愛らしい。男性らしい要素は欠片も見られない。


「びっくりした?」

「ええ。悪魔の寿命が長いという話は聞いていたので、外見通りの年齢じゃ無いとは思っていたんですけど、性別までは全く気がつきませんでした」

「門真さんから、悪魔化すると可塑性が高くなるという話は聞いている?」

「麻衣さんかクレアさんから聞いています」

「つまり、悪魔化している最中に自分が望んでいる外見を手に入れられる可能性があるって事なんだよ」

「美作さんは、それを使って今の顔になったって事ですか?」

「うん。ボクは元々、女の子みたいな外見になりたくてね。ただ、女性になりたいわけでは無いので、性同一障害……おっと、今は性別違和だっけ? とにかく、そうしたカテゴリの人達とは方向性がちょっと違っていたんだ。まあ、多分バイセクシャルなんだろうね。それで、ずっと女装をしていたんだけど、仲間から見た目を完全に変える方法があると聞いて……」

「ひょっとして、それで悪魔化したんですか?」

「そういうこと。だから、下半身の方は一切弄ってないんだ。ついてるモノはついてるよ。見る?」

「結構です!」


 志光が両手で大きく×印を作ると、純は手を口に当てて笑い出した。やがて彼女は口から手を離し、居住まいを正す。

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