第25話4-4.質疑応答
「麻衣さん。申し訳ないが、俺は貴方が棟梁に就任しない理由が解らない。ここにいる参加者の大半が、俺と同じ事を思っているはずだ」
「一郎氏の遺言状にアタシの名前が無かったからだ。もっとも、遺言状で後継指名をされたとしても、アタシの性格じゃ勤まらないから断っただろうけどね」
「では、貴方が棟梁の座に興味が無かったとしても、別の適任者がいたはずだ。一郎氏の遺言状通りに人事を執行する必要は無かったのでは?」
「一郎氏の遺言状通りに事を運ばなければ、魔界日本はアソシエーションから脱会せざるを得ない。それは、今まで友好的だった他国が敵に回ることを意味しているんだけど、大蔵君はそのリスクをどの程度見積もっているのかな?」
「それは……」
大蔵が言い淀むと、麻衣は軽く肩をすくめてみせた。そこでメイド服を着た眼鏡の少女が手を挙げる。
「過書町君。何か言いたいことがあるのか?」
麻衣に指名された少女も立ち上がると自説を述べ始めた。
「はい。アソシエーションの件もそうですが、大蔵さんは現実世界との折衝が主な仕事なので、魔界内部の外交関係というかやりとりには関心が薄いんじゃないかと思います。そのセクションのトップとして言わせていただきたいんですが、地頭方志光さんの新党領就任は悪くない選択だと思います」
「しかし、実績が無い者を……」
「魔界では長続きしないのは解っていますが、最初は〝君臨すれど統治せず〟で良いんじゃないですか? 他国と交渉する際に、暫定でも棟梁がいないのが舐められる原因になってるんですよ。具体的な名前は言えませんが、ある国の外交担当からは〝仏像でも犬でも良いから新棟梁に据えろ〟とアドバイスされました。もちろん冗談ですが、あながち間違っていないと思いますよ」
過書町は大蔵の反論をぴしゃりと押さえ込んだ。思いがけない援軍に、志光と麻衣は目線で意志のやりとりをする。
麻衣の予想では、過書町は日和見になるその他大勢のグループに入っていたはずだ。それが積極的に志光の新党領就任を推している。
これはチャンスだ。乗っておいた方が良い。
「新棟梁候補。君の意見を聞きたいんだが」
麻衣はそう言うと座っていた志光に発言を促した。椅子から立ち上がった少年は、赤毛の女性の傍らまで歩いて行くと、意図的にゆっくりした調子で打ち合わせていた台詞を口にする。
「皆さん初めまして。地頭方志光です。このたび、父の遺言により新棟梁として指名され、私自身も半日ほど前に悪魔化しております。父とは顔を合わせたこともないのですが、麻衣さんに説明をしていただいたお陰で、この会議に参加していただいた皆さまが、魔界日本の運営に必要不可欠であると言う認識を持っております。そこで、新棟梁となったあかつきには、皆さまに対する地位の保全、具体的には父と交わした契約の維持を、この場で約束させていただきます」
壇上で志光が深々と頭を下げると、背後で座っていたクレアが大きな拍手をした。参加者の何人かが、つられて手を叩く。
「大蔵君、どうする? 過書町君は賛成、私も賛成だ。キミと意見が同じなのは記田君ぐらいだろう?」
麻衣の反撃を喰らった大蔵は「うーん」と唸って黙考状態に入った。そこに巨大な女性が手を挙げる。
「大工沢君。何か意見が?」
「あるよ」
赤毛の女性から指名された大工沢は、立ち上がってから志光に向かってにやりと笑い、意見表明を開始した。
「私も過書町の意見に賛成だ。過書町にとっては、他国とのやりとりが大事だろうが、私は特にアニュエス・ソレルの復帰が期待できるのが大きいと思っている」
志光は聞き覚えのある名前に耳をそばだてた。アニュエス・ソレル。現実世界で麻衣とクレアが話題にしていた悪魔の名前だ。
「私の読みでは、ソレルは魔界日本への復帰を考えているはずだ。そこに一郎の息子さんが新棟梁として就任すれば、いてもたってもいられないだろう。もっとも、アイツのことだから、とっくに情報を掴んではいるだろうけどね」
「同感です。ソレルの離脱が魔界日本に与えたダメージは予想以上に大きいのは間違いありません。志光さんなら、彼女を復帰させられると思います」
過書町も大工沢の意見に同意する。
どうやら、ソレルという人物は今後の先行きを左右するだけの力があるらしい。とはいうものの、顔も知らない相手を想像するのは無理だ。
志光は情報を求めて麻衣とクレアと視線を合わせようとした。ところが、そこで大工沢が予想もしていなかった方向に話題を変える。
「ところで、志光君……だっけ? 君は喧嘩は得意なのかな?」
「え? 僕ですか?」
「地頭方志光というのは、ここでは君だけだと思うけど」
「……いや、全然です」
「そうか。既に魔物を二体も倒しているという話だったから、少しは期待していたんだけど、そっちはからっきしか。マズいなぁ」
「ま、マズいってどういうことですか?」
「君が新棟梁に就任したら、君と一対一で戦いたいと名乗りを上げる奴が出てくる。グレート・タイソンって奴なんだけどね」
大工沢の口から奇妙な名前が発された途端、麻衣は渋面を作って舌打ちをした。
「いけない。忘れてた」
「だと思ってたよ」
首からタオルをぶら下げた女性は、赤毛の女性を指差して豪快に笑う。
「あの、そのプロレスラーみたいな人は一体どんな人なんですか?」
大工沢の笑声が収まると、志光は恐る恐る麻衣に問いかけた。彼女は仏頂面で、タイソンのプロフィールを説明する。
「みたい、じゃなくてれっきとした元プロレスラーだよ。カナダ生まれのオタクというか、日本の少年漫画やアニメが大好きな男なんだが、どういうわけかレスリングが得意でさ。カナダの大会でそこそこの成績を収めてからプロレスラーに転身して、日本で常連外国人として活躍していたんだけど、糖尿病をきっかけに引退してから色々あって悪魔化した。魔界日本では最も知名度の高い悪魔の一人なんだよね」
「なんで僕が、格闘技の専門家みたいな人と戦わなくちゃいけないんですか?」
「タイソンが、そういうバトル漫画の大ファンで、自分よりも強い奴にしか付き従わないと公言しているからだよ」
「無視できないんですか?」
「タイソンは何の役職にも就いていないが、知名度の高さや親日家である点が他の悪魔に評価されていて人気が非常に高い。彼の挑戦を断ったら、魔界日本におけるキミの人気は地に堕ちる。避ける方がむしろ危険だね」
「父さんは、そのタイソンって人と戦ったんですか?」
「もちろんだよ。それどころか、アタシも一戦交えたよ。どっちも勝ってる」
「まさかと思ういますけど、僕にも戦って勝てと言うわけじゃ……」
「勝つしか無いね。ここは魔界だ。現実世界なら法律を利用して避けられるトラブルも、ここでは避けられない場合がある」
「そんな……」
絶句した志光は頭を抱え込んだ。レスリングが得意な元プロレスラーの悪魔と勝負して勝つ? そんな話は聞いていなかったし、無理に決まっている。相手は元プロで、こちらはアマチュアですらないのだ。
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