第13話3-3.ウニカ・自動人形(オートマタ)

「麻衣さん。貴女にも責任の一端はあるのよ」

「それは認めるよ。でも、アタシだけじゃどうにもならないのも事実だ。特に白誇連合の連中は強硬だし、だからさっきの襲撃があった」

「その白誇連合というのを、もう一度詳しく教えてください。ホワイト・プライド・ユニオンでしたっけ?」

「旧名はホワイト・パワー・ユニオンといって、悪魔化した白人の団体だよ。名前の通りで、有色人種全体に強い嫌悪感を抱いている。同じ白人でもユダヤ人を攻撃の対象にしているケースもある」

「悪魔化したのに、まだ肌の色にこだわっているって事ですか?」

「理性的に考えれば、まったくもってキミの言う通りなんだが、奴らに理性なんて通じないよ」

「その白誇連合が、父さんのいなくなった〝魔界日本〟の領土を占領している、という状況で合ってますか?」

「その通り。しかも、ゲートが設置されている場所だ。だから、奴らは魔界から怪物共を日本国内に送り込めたんだ」

「その白誇連合は強いんですか?」

「いや。キミの言った通りさ。せっかく悪魔化できたのに、肌の色に固執している段階で、悪魔の中ではマイノリティだよ。悪魔化した人間の大半は、相手の肌の色なんて気にしやしないからね。ただし、今の棟梁にはちょっとした特技があってね」

「特技というと?」

「魔物の造形が上手なんだよ。悪魔化する前は、映画業界で特殊造形を担当していたらしいよ」

「はあ。それで魔物を作るのが得意なんですか?」

「その通り。さっき見たカニ男も、その白誇連合の棟梁がデザインしたものだと思うよ」

「……ちょっと待って下さい。ということは、悪魔は自分が作った何かを自由に動かすことが出来るんですか? ロボットみたいに」

「正確には、できる悪魔もいる、だね。魔界に存在する技術のほとんどは、現実世界で人間が発明、発見したものだが、数少ない例外が人間では無いけれども自律的に行動する存在の製作なんだ」

「それが魔物なんですよね?」

「その通り」

「魔物も邪素をエネルギー源にしているんですか?」

「そうだよ。そこは悪魔と一緒だ。というわけで、これからキミに実例を見せてあげよう」

「え? こっちにも魔物がいるんですか?」

「ああ。ただし一体だけだけどね」


 そう言った麻衣はクレアを手招いた。二人の女性は台車の一番下に乗せておいた木箱を床に下ろす。


 木箱は隅が金属で補強されていた。そのフタを開けた麻衣は、志光に見えるように中身の一部を引っ張り出す。


 赤毛の女性が握っていたのは、真っ白な人間の腕だった。ただし、関節部分が球体になっている。


「それは……人形ですか?」


 上げそうになった悲鳴を殺すため、片手で口を塞いだ志光は、安堵のため息を漏らした。麻衣は苦笑いをしながら、少年の質問を肯定する。


「そうだね。球体関節人形だよ。これもキミに残された遺産の一部さ」

「人形が? 僕の遺産?」

「ええ。一郎氏が実験に利用していたものよ」


 クレアも箱の中から人形の腕を取り出した。数分も経たないうちに、両腕、両脚、上半身、下半身、そして毛髪のついた頭部が床に並べられる。


「これは……女の子ですよね?」


 不自然なまでに白い人体を模したパーツを眺めながら、志光は頬を赤らめた。股間の形状が明らかに男性では無い。胸もごくわずかだが盛り上がっている。


「そうね。十歳から十二歳ぐらいかしら?」


 クレアは最後に邪素の入った水筒を人形のパーツの傍らに置くと、立ち上がって手をはたいた。少年は人形の股間から顔をそむけ、やや早口で質問を再開する。


「その、聞きにくいことなんですが、これは父さんの趣味なんですか?」

「一郎氏が人形性愛だったということかしら?」

「ええ。そうでなければ、子供が性的に好きというか……」

「小児性愛者だったかということを訊きたいの?」

「そうです」

「違うわ。彼は絵に描いたような巨乳好きよ」


 クレアは志光の疑念を即座に否定すると、豊かな乳房を揺らして見せた。麻衣はその様子を見ながら口をへの字に曲げる。


「クレアの言う通りだよ。棟梁は大きな胸が好きだった。それは愛玩用の人形じゃ無い。ただ、人形の外見をデザインした絵師は、魔界でも有名な小児性愛者で、原型師も同じ性癖だけどね」

「魔界にも絵師とか原型師がいるんですか?」

「〝魔界絵師〟とか〝魔界原型師〟と呼ばれているね」

「何でも〝魔界〟ってつければ良いって思ってませんか?」

「現実世界との区別をつけるために、仕方なくやってることだよ。同じ呼び方をしていると、どちらがどちらだか分からなくなるからね」


 志光のツッコミを軽く流した麻衣は、邪素の入った水筒のフタをあけた。彼女は水筒を傾け、球体関節人形の上半身と下半身を繋ぐ、大きな球の部分に上から邪素をかける。


「本物……というとおかしい言い方だけど、現実世界の球体関節人形はゴム紐と針金で関節部分を接合するが、こいつにはその必要が無い。勝手にくっつくんだよ」


 赤毛の女性の言葉通り、大きな球体が青い邪素を吸い込むと、上半身のパーツに頭部と両腕が、下半身のパーツには脚が密着した。一体化した球体関節人形は、やがて大きな目を開き、ゆっくりと立ち上がる。


 身長は一三〇センチぐらいだろうか? 女性としては比較的大柄なクレアや麻衣と比べると、頭一つ分以上は低い。手脚も華奢だ。


 毛髪の色は薄紫で長く、両サイドはお団子のように結ばれている。異常なまでに整った面相に表情は無く、アイスグリーン色をした瞳がわずかに動く程度だ。


「この人形……意志があるんですか?」


 球体関節人形が動き始めると、志光は驚きの声を上げた。クレアが彼の質問に首肯する。


「ええ。限定的だけれども、自己判断能力を持っているわ。そのうち、志光君を主人として認識するはずよ」

「僕を?」


 少年が自分の鼻先を指差している間に、球体関節人形が彼の傍に近寄ってきた。人形は彼の顔を温もりの無い両手で挟み込み、目の中を覗き込んでくる。


「な、何? 何をしてるんですか?」

「網膜認証よ。ウニカはそれで貴方を識別するように創られているの」

「ウニカ? この人形の名前ですか?」

「そうよ」


 志光がクレアとやりとりをしている間に、球体関節人形は彼の顔から両手を離し、一歩下がったところで深々と頭を垂れた。少年もつられて頭を下げてしまう。


「あの、初めましてウニカ。僕は地頭方志光です」

「……」


 しかし、ウニカと呼ばれた人形は目を瞬かせただけで、主人に返事をしなかった。困惑した志光はクレアと麻衣に視線を送る。

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