第二仏滅 物くさ太郎

 清右は道を歩いていた。着ているのは粗末な麻の野良着、履いているのは擦り切れた草鞋。どこからどう見てもありふれた一人の農民だ。


「ああ、そうか。二回目の仏滅がやって来たのか」


 清右はすぐに理解した。持ち主を説話の中に引き込む奇書、月暦仏滅御伽物語。気付かぬうちに仏滅の午前零時を迎え、その効果が発動したのだ。


「今度は何の役なんだ」


 分からぬまま砂埃が舞い上がる道を歩き続ける。前回はいきなり砂浜と亀が登場したので浦島太郎であることはすぐ判明したが、今回はどこかの田舎道を庶民の格好歩いているだけ。こんな状況でここがどの説話の舞台か正答できるなら、その人物は相当な御伽物語マニアと言えるだろう。


「あんな本、買うんじゃなかったな」


 清右は機嫌が悪かった。この数日間、御伽物語の本を一度も開いてはいない。月曜日、帰宅途中に寄った百均の店で丁度いい大きさの蓋付き木箱を見付けた。即買いして本を放り込み、引き出しの奥に仕舞い込んで、そのままにしてあるのだ。


「とんだ厄病神だ。あの本のせいで和泉さんとの仲がどんどん悪くなっていく」


 古本市で偶然会った時はまだ本を手に入れる前だったので本に罪はない。しかし翌日の食堂で一気に険悪な雰囲気になったのは本のせいだ。しかもそれ以来、和泉は一度も清右に声を掛けてこない。朝、講義室で出会っても挨拶をしてくれない。廊下で擦れ違っても完全に無視。転がって来た十円玉を拾ってあげても感謝の言葉すらない。清右を嫌っているのは火を見るよりも明らかだった。


「何の役か知らないけど今回もとっとと終わらせて、さっさと満月を迎えて、そして持ち主じゃなくなったら、あんな本、二度と見なくてもいいように焼却処分にしてやる。ゼミの資料は別の本を用意しよう、うん、そうしよう」


 ぶつぶつと文句を言いながら歩く清右。やがて正面にひとつの村が見えてきた。集落にあるのは大部分が粗末な田舎家。だが一軒だけ塀と門に囲まれた立派な屋敷がある。何も考えずにその前を通り過ぎようとすると、開きっ放しの門の内側から声が掛かった。


「おい、そこの男、餅を取ってくれないか」


 そこの男と言われて清右は立ち止まる。辺りには清右以外に男はいない。男どころか人影すらない。どうやら自分に対して投げ掛けられた言葉であるようだと清右はすぐに悟った。


「餅?」


 足元を見ると確かに餅らしきものが転がっている。拾い上げると固い。石のように固い。しかも汚れている。数日間放置されていたに違いない。


「ああ、それだ。こっちに持って来てくれ」


 屋敷の庭では一人の男が筵の上に寝転がっている。汚い。拾った餅と同じくらい汚い。しかもまとっている衣はボロボロだ。あまり近寄りたくなかったが、餅を拾った以上、それを渡さぬわけにもいかないので、門の中へ入り、寝転がった男に餅を差し出す。


「はい」

「ああ、清右か。今回も前回同様端役のようだな。きっと書に好かれておらぬのだろう」


 意外な言葉を聞かされ、餅を受け取った男を見れば、右の二の腕に「客」の文字が浮かび上がっている。清右は合点した。


「なんだ、和扇さんだったんですね。ところで今回は何の説話ですか」

「物くさ太郎だ。知っているだろう。拙者の役どころは太郎だ。こうして寝転がっていればいいのだから楽なものだ」


 和扇は今回も主役を演じている。きっと書に相当好かれているのだろう。もしかしたら自分とは逆で、和扇に取っては幸福を招く本なのかもしれない。そう考えると訊ねずにはいられなくなる。


「あの、和扇さん。本の持ち主になって、何か良いことがありましたか」

「良いこと? そうだな、先日、足を挫いて難儀している老婆を見掛けてな。背負って屋敷まで送ってやったら柿をくれた。美味かったぞ」


 確かに良いことには違いないが本とは関係ないようだ。気を取り直して今回の猿芝居についての話に戻る。


「物くさ太郎って、確か三年間何もせずに暮らした後、都へ行って出世する話でしょう。和扇さん、いつからここで寝ているんですか」

「さっき寝転がったばかりだ」

「さっき? じゃあこれから三年間、ここで横になったままなんですか。それはちょっと耐えられないなあ」

「別に構わんだろう。ここでどれだけの年月を過ごそうが元の世では夜中から明け方までの僅かな時間に過ぎぬのだから」


 それは清右も承知している。しかし現代の便利な生活に慣れ切ってしまった若者が、こんな田舎でこんな村人の姿でこんな電気もガスもない暮らしを三年間も続けるのは無理というものだ。


「浦島太郎の時みたいに一日寝ただけで都へ行きましょうよ。前回できたんだから今回だってできないことはないでしょう」

「都へ発つ切っ掛けは村のおさ次第だからな。その者が我らと同じ『客』ならば話が早いが、そうでなければ厄介だ。まあ、そういきり立たず清右もここで横になってみればどうだ。今日は風もなく日差しも温い。日向ぼっこには打って付けだ」


 とてもそんな気分にはなれない清右だったが他にすることもない。仕方なく筵の上に身を横たえる。仰向けに寝る。青空が目に染みる。風が頬を撫でる。ささくれ立っていた心がならされていく。和扇が唐突に問い掛ける。


「清右、おぬし、何か嫌なことでもあったのか」

「どうしてそんなことを訊くんですか」

「先ほど拙者に訊いたであろう。何か良いことがあったのかと。そんな問いを投げ掛けられれば大抵の者は『別にない』と答える。おぬしもそれを期待したはずだ。不幸なのは己だけではない、拙者もそして他の誰もが皆、おぬし同様良いことなど何もないという認識を得たかった。それによって己の不幸を慰めたかった、だからそんな問い掛けをした、そうであろう」


 和扇の言葉は針のように清右の心に突き刺さった。自分ですら意識していなかった心の動き、それをこうも的確に見抜く和扇の洞察力。その獲物を狙う鷹の目のような鋭さに驚きを禁じ得なかった。


「和扇さんって見かけに寄らず切れ者ですね」

「見かけに寄らずはおかしかろう。おぬしが見ているのは役としての拙者であって、本来の拙者の姿ではないのだからな。どうだ、時はたっぷりある。おぬしの世で何が起きたのか話してみぬか。何か力になれるやもしれぬ」


 和扇は前回浦島太郎の説話の中で一日を共にしただけの間柄。それでも相談相手に足る好人物であることは清右にもしっかりと分かっていた。


「実は……」


 口を開けば腹の中に溜まっていた言葉が溢れ出す。堰を切ったようにこれまで和泉との間に起きた出来事を清右は話し始めた。入学式での一目惚れ、思い続けた二年半、古本市での気まずさ、食堂での失態、和泉より本を大切に思ってしまった後悔。休むことなく話し続ける清右の言葉を和扇は黙って受け止めている。


「そもそも和扇さんが本を秘密にしろなんて言うからですよ。この変てこな奇書について何もかも話していれば、少なくとも嫌われることは避けられたはずなんだから」


 清右が発した責任転嫁の言葉に思わず苦笑いする和扇。


「そうか、それは申し訳ないことをしたな。しかし書について女に話せば、更に面倒なことになっていたはず。致し方なかろう」

「それは、そうだけど……」


 清右は話の腰を折られてようやく口を閉じた。それでもまだ不満げに何か言いたそうな顔をしている。和扇は半身を起こすと青空を見上げて言った。


「清右、おぬしは物くさ太郎そっくりではないか」

「えっ、ボクが? どうして」


 聞き捨てならぬ言葉を聞かされ清右も半身を起こした。互いに筵の上で胡坐をかぐと、和扇は清右の顔を見詰めて話す。


「今、拙者が演じているこの男は、皇族の末裔という身分にありながら自らは何もしようとせぬ。転がった餅すら拾おうとせず、通り掛かった村人に拾わせる始末だ。何もかも他人任せ。横になったまま待つだけの男だ。そこでだ、清右、おぬしのこれまでを振り返ってみろ。好いた女と睦まじくなるために自ら動いたことがあったか? 初めて会った時から二年半、おぬしは何をしていた。朝、顔を合わせた時、昼、廊下で擦れ違った時、夕、家へ帰るために門をくぐる時、おぬしはその女に話し掛けたことがあったか? 自ら動こうとせず相手が何かしてくれるのを待っていただけではなかったのか。誰かが通り掛かって餅を拾ってくれるのを待つだけの、この物くさ太郎のように」

「……」


 清右は返事ができなかった。和扇の言葉通りだったからだ。これまでまったく気が付かなかった。そして今、初めて気が付いた。そうだ、講義室でも廊下でも古本市でも食堂でも、声を掛けてきたのは必ず和泉の方だった。清右はただそれを受け止めていただけに過ぎなかった。親切な村人が差し出した餅を受け取るように。


「図星か。やはりな。しかし気を落とすことはない。己の姿は己には見えぬもの。人から言われるまで気付かなくとも恥ではない。だがこれだけは心に留めておけ、清右。此度の失態は断じて書のせいではない。おぬしの心の弱さが招いたもの。落ちている餅さえ拾えぬおぬしの怠惰を滅さぬ限り、その女が振り向いてくれることはなかろうな。今からでも遅くない。この役を終えて現世に帰ったら……」

「おお、やはり和扇殿であったか」


 話の途中で一人の老人が門をくぐって庭に入って来た。その後ろには馬子に連れられた馬もいる。


「んっ、ああ、村の長か。良かった。どうやら『客』が演じているようだな」

「はい。三年も寝たままではさぞかし辛かろうと、このように馬を連れて参りました。賦役の命は下ってはおりませんが、都へ行き皇子の子であると帝に認められればこの説話は終わりましょう。ささ、都へお急ぎなされませ」


 村の長にしては丁寧な口調だ。しかも親切である。きっと現世ではさぞかし徳の高い人物に違いないと清右は感じた。


「気遣い有難く受け取っておく。ならば参るか。清右、おぬしも馬に乗れ」

「えっ、ボクの役は餅を拾うだけの単なる村人なんでしょう。主役と一緒に都へ行くなんておかしいじゃないですか」

「前回の浦島太郎でも共に竜宮城へ参ったではないか。それに都へ行き帝に会うまでにはどれほど急いでも半日はかかる。それまでこの筵に座って説話が終わるのを待っていても仕方なかろう。さあ、早く致せ」


 考えてみればここに一人で残るより気心の知れた和扇と共に過ごした方がよい。二人は馬に跨ると都目指して歩き始めた。本来、物くさ太郎の住まいは信濃であるが、この説話の中では都のごく近辺に設定されていたようで、日が暮れる前に音羽山の近くにやって来た。問答無用で持ち主を引き込む傍若無人な奇書ではあるが、その程度の心遣いは持っているようだ。


「さて、ここで物くさ太郎は、清水きよみずの観音参りに来た女を捕らえ嫁にすることになっている」

「ああ、そうなんですか」


 清右は気の抜けた返事をした。半日馬に揺られ尻が痛くなり、早くこの説話が終わって欲しいとそればかりを考え始めていたのだ。


「どの女が良いかな。『客』が居ればよいのだが……」


 清水の参拝客を熱心に物色する和扇を尻目に、痛む尻を撫でる清右。誰でもいいから早く決めてくれないかな。この尻、まさか現実世界に戻っても痛んだままなんてことはないよな、などと心の内で呟いていると、いきなり和扇に背を押された。


「うん、あの女にしよう。清右、行け」

「はあ?」


 慌てて和扇を振り返る清右。どんな理屈でそうなるのかまったく理解できない。


「どうしてボクが声を掛けるんですか。それは物くさ太郎の役目でしょう。村人と一緒に都へ来るのはまだ許せるとしても、その村人が都の女を嫁にもらうなんて、本来の話から離れすぎですよ」

「いや、嫁にもらうのはあくまでも拙者だ。おぬしにはその仲介を頼みたいのだ」

「嫌ですよ。ボクに面倒な仕事を押し付けようたってそうはいきませんからね。自分でやってください」


 清右は怒っている。和扇がこれほど自分勝手な男だとは思わなかったのだ。が、和扇は悪びれることなく話す。


「これはおぬしを思って言っているのだ。先程話したであろう。おぬしは自ら動こうとはしなかった。二年半の間、好いた女に声を掛けることすらできなかった。ならば、ここで試してみてはどうだ。何の感情も抱いておらぬ女にならば、さほどの気苦労もなく声を掛けられよう。それができればおぬしの自信に繋がる。どうだ、やってみぬか」

「……なるほど。そういうことでしたか」


 やはり和扇は好人物であった。ここまで自分を気に掛けてくれる人物は現世においても滅多にお目に掛かれないだろう。その心情に感謝すると共にその期待に応えるべく、清右は和扇が指し示したつぼ装束姿の女に向かって歩を進めた。市女笠で顔はよく見えぬが年の頃は十七、八だろうか。


(お、落ち着け、落ち着くんだ自分)


 相手に近付くにつれ清右は自分の鼓動が早まるのを感じた。いかに見知らぬ相手とはいえ女に声を掛けるのだ。緊張するなと言う方が無理である。が、ここまで来て後には引けぬ。思い切って声を出す。


「あ、あの、こんにちは」

「えっ?」


 女がキョトンとした顔で清右を見上げた。言葉が通じていないようだ。


(そうか。この説話は室町時代の設定なんだよな。こんにちは、なんて言葉はまだ使われていないんだ。何て言えばいいんだろう)


 しばらく考えた後、清右は再び声を出す。


「ご、ご機嫌、麗しゅうございます」

「えっ?」


 またもキョトンとしている。この時代に相応しい言葉ではないようだ。考えるのが面倒になった清右は本題を切り出す。


「あの、いきなりで恐縮なのですが、あそこに立っている男の嫁になっていただけませんか」

「えっ?!」


 今度は若干の驚きが混じった「えっ」が返ってきた。そしてそれ以上は何も訊こうとしない。清右も言うべきことはない。二人はしばらく無言で見詰め合っていた。すると、


「ふふふ、あなた『客』ですね。もしかして清右様ですか」


 突然女が笑い出した。今度は清右がキョトンとする番だった。


「ど、どうしてそれを……」

「やはり小町こまち殿か。拙者の目に狂いはなかったな」


 和扇が笑顔で近づいて来る。女は笠を取ると垂らした髪を掻き分けてうなじを見せた。そこには「客」の文字が浮かび上がっている。清右は全てを理解した。


「なんだ、この女の人も『客』だったんですね。それならそうと言ってくれればもっとうまく話せたのに」

「いや、それでは稽古にならぬであろう。どんな言葉が返ってくるか分からぬ者を相手にすればこそ、それが自信に繋がるのだ」


 厳しくも有難い和扇の愛のムチである。清右は文句も言えず苦笑いするしかなかった。


「でも、どうしてボクの本当の名を知っていたんですか。初めて会ったのに」

「初めてではありませんよ。前回の浦島太郎で私は亀、つまり乙姫の役だったのです。竜宮城で和扇様と一夜を過ごした時、あなたについて詳しく教えていただきました。随分と後の世に生きておられるのですね。私は和扇様と同じく徳川の世の者、武家の娘です。父は旗本ゆえ江戸に住んでおりましたが、今は訳あって所領のひとつである摂津で暮らしております。小町と呼んでいただければ幸いです」


 どうやら説話の中だけでなく現世でも姫と呼ぶに相応しい身分の娘のようだ。本来ならば一般庶民の清右なぞ顔を見ることも叶わぬ相手のはず。小町の素性を知って思わず冷や汗が噴き出る清右である。


「それよりも何故村人役の清右様が私に声を掛けたのか教えてくださいまし。此度の主役である物くさ太郎は和扇様が務めているのでしょう」

「それは歩きながら話すとしよう。さっさと宮中に参内してこの説話を終わらせたいからな」


 三人は西に向けて歩き出した。道すがら和扇と清右はこれまでの経緯を小町に説明した。清右は現世に気になる女がいること。二年半、仲を深められず悩んでいること。先日も持ち主となってしまった奇書のせいで嫌われてしまったこと。そしてその臆病な心根を鍛え直すために、和扇の提案で小町に声を掛けたこと、などなど。小町は興味深そうに二人の話を聞いていた。そして一通りの説明が終わったところで明るい声で言った。


「清右様のご事情はよく分かりました。女の立場から申し上げれば、やはり和泉様は声を掛けてくれるのを待っているのだと思います。古来より女の屋敷へ通うのは男の役目でございますからね」


 かなり飛躍した例え話だが、ここは黙って聞き流す清右である。


「そして女は秘密を共有すれば嬉しく感じるもの。ここはひとつ御伽物語の秘密を洗いざらい教えてしまっては如何でしょうか」


 更に突拍子もないことを言い出した。これには和扇も異議を申し立てないわけにはいかない。


「いや、待たれよ小町殿。あの奇書は持ち主と一心同体。無闇に持ち歩いたり他人に見せたりするものではない。ましてや持ち主を説話に引き込むなどと言って誰が信じてくれようか。それは我らとて承知しているはず」

「はい。仰るとおりです。なればこそ全てを打ち明けるのです。その真摯な態度を目の当たりにすれば、固く門を閉ざした和泉様の心も必ずや開かれましょう」


 小町は挑戦的な目で和扇を見ている。和扇は困り顔で返事もできない。やがてため息混じりに清右に言った。


「聞いた通りだ、清右。小町殿の案、受けるか受けぬかはおぬしが決めよ。拙者は口出しせぬ」

「あ、はい。考えてみます」

「清右様、次の仏滅には良き知らせを聞かせてくださいませ。楽しみにしておりますよ。おっほっほ」


 どう考えても小町は人の恋路を楽しんでいるようにしか見えない。あまり気持ちの良いものではないが、貴重な女性からの提案である。それに何の用もなく声を掛けるのは難しいが、古本市で購入した本を見せるという口実があれば声を掛けるのは容易だ。小町の案も捨てたものではない、清右はそう感じた。


 やがて三人は内裏の正門である朱雀門に着いた。驚いたことに門の前には帝が立っている。


「やっと来たね。待ちくたびれたよ。どうせ今回も主役は和扇なんだろ。ああ、和歌の披露はいいよ、面倒だから。それからこれが仁明天皇の息子の系譜。物くさ太郎は中将の子であると証明された、よって信濃の中将に任命する。はい、おしまい」


 体のどこかに「客」の文字を探す必要もないくらい、帝が「客」であるのは明らかだ。しかも和扇以上にせっかちである。余程説話の役を演じるのに飽き飽きしているのだろう。

 帝はそれだけを言うと宮中へ戻っていった。気が付けば西の空は橙色に焼けている。辺りも宵闇に包まれ始めている。


「さあ、これでこの説話も終わる。寝てばかりだった物くさ太郎はようやく起き上がり、信濃の中将の位を得た。清右、二年半の間、何もできなかったおぬしでも、その気になれば叶えられぬことはないはず。己を信じて行動されよ」

「そうですとも。清右様、真心を持って接すればなびかぬ女はおりません。己にも相手にも常に誠実であらんことを」

「は、はい。頑張ります」


 二人に励まされて清右は西の空を見上げた。大丈夫、やれる。今度こそ和泉さんとの仲を取り戻してやるんだ……確固たる決意を胸に秘め、目覚めた後の日常を思い描く清右であった。

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