いつか竜の羽ばたく蒼穹へ

山路 桐生

ep1. 竜の子ども 

 私の住んでいる村は、カルガンディアという。「子供の頃はドラゴンがこの空を羽ばたいていたんだ」なんて、昔、おじいちゃんは言っていたけど、今は何にもない。

 違う。もうすぐ何にもなくなるから、という方が正しいかもしれない。

 <大洪水>というものが起きて、もうすぐこの村は、水の下に沈む。

 そう星図の導きによって予言を受けた。…私の住んでいるこの村は、もうすぐなくなってしまう。

 私…アリュー・ベラディナは、生まれ故郷を水の下へ失ってしまうのだ。

 森の中は、静かだ。余計なことを考えても、受け入れてくれる気がする。私はこの静かさが、とても好きだ。

 隣村との境目にあるこの森は、私の唯一の安息の場所だった。

 ふ、と青空を見上げる。

 木々の隙間から見える空。……そこに、何か、光るものが見えた。思わず私は目を細める。

 何だろう。気になって、その光るものを走って追いかけることにした。

 森の中は、考えごとをするのには向いているけど、とても走りにくい。時々、木に足を引っかけたり、腐葉土に足を取られたりしながら、見失わないように光を追いかけて――追いかけて、湖まで来てしまった。

 この湖は、入ってはいけない。大人たちは、精霊が居るから、この湖の中には入らないようにと言っている、けれど。

 精霊たちは、子どもには優しいことを、みんな知っているのに。何度か入っても精霊に怒られていない私からしたら、それはとても当たり前のことだったけれど。

 大人たちにとっては、きっと違うのかもしれない。

 咄嗟に周囲を見渡して、光るものが湖を通り越していったのなら、諦めようと思った。

 泳げるだけであって、湖の向こう側までは、けっして精霊は渡してはくれないからだ。

 真上の青空は、白い雲がところどころに流れていて、穏やかな風が頬を撫でて木々と湖面をざわめかせていく。

 どこにも見えなくなった光を探して、視線をあちこちに投げる。

 やがて雲の上から現れた光は、青空に真っ白な筋を描きながら、湖に向かって光の群れが集まっていく。

 星のように輝いていた光の群れはやがて収まって、後には硬質な何かが湖の上に浮かんでいるだけだった。

 私には、それが卵のように見えた。

 

 私の心臓は、どきんどきんとうるさく鳴っていた。

 

 そんな予感が働いたけれど、無視をするように靴を脱いで湖に入って、卵らしきものの傍へとじゃばじゃば泳いでいく。

 拾い上げたそれは、確かに卵で。そして、まだ割れていなくて、ほんのりと温かった。

 卵を抱えたまま、ざぶざぶ泳いで陸地に上がる。この卵からは、何が生まれるんだろう、と考えた。

 両手に収まってしまうぐらいの大きさ。この中に入っているのは、ひょっとしたら星の子どもだろうか?

 あの光の群れを思い出していると、ぱき、と卵が割れる音が聞こえた。慌てて見つめていると、たちまち殻にヒビが入って、欠片が地面に落ちていく。

 隙間から覗いたのは、図鑑でしか見たことのない顔だった。

「きゅぅ」

 鳴きながら殻を押しのけて、私の首にしゅるしゅると蛇に似た体を巻き付けながら、真紅の瞳を輝かせているのは紛れもなく。

ドラゴンだ…」

「きゅっ!」

 私の呟きに正解だと言うかのように、そのドラゴンが一鳴きをする。

 その日――ドラゴンの卵が湖に落ちるのを、私は初めて見たのだった。

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