公開SSその②(読者審査対象)

※こちらのSSは読者審査対象です。


※※※※※※審査対象SS※※※※※※

 まるで日付も更新されたような真夜中の校舎に、一人と一匹分の影が溶け込んでいる。


 その影は女学生の姿で、もう一匹の方はレッサーパンダだ。

 よく見れば女学生は腰に刀を差していた。


 この女の名は丸正三蔵。36歳の中年男性だが、北側から派遣された暗殺者だ。

 暗殺者というからには、暗殺の為にこの場にいる。


「先輩は手紙に応じてくれるだろうか。」

「三蔵君頑張って。」


 今回の目的は暗殺。暗殺ではあるのだが、それに加えて北側のお偉いさんが提示した依頼には更に機密文書に関する内容も含まれている。

 コブラ学園は南北に分裂しているが、今はなお輪にかけて難解な事情を抱えていた。


 ターゲットの名は室生英人先輩。南側から派遣されたスパイらしいが、詳しいことは分かっていない。

 室生英人先輩は校長が紛失した機密文書を捜索する為、急遽南側のエージェントとして抜擢されたのだという。


 北のお偉いさんの言うことだ。全て信用は出来ない。だが、この室生英人という男が、元々は別の用事でコブラ学園に派遣された所を、機密文書関連の仕事を押し付けられたであろうことはゆうに想像できる。


 成る程。自分と同じではないか。

 三蔵は心の中で一人呟く。


 しかし、南北朝時代の悲惨なのは、この似通った境遇の二人が国家の威信かけて殺し合わねばならないことだ。

 ターゲットの暗殺。そして、二人に与えられたもう一つの任務は、機密文書の奪還、若しくは破壊。


 機密文書を見つけるか、さもなければ全ての責任を相手に押し付け、殺害しろ、ということだ。

 成功報酬は二倍支払われることになっている。あまり可哀想だとは思わない。


 三蔵とレッサーパンダがガールズトークをしていると、闇夜の中に紛れて一人の男子生徒が歩いてくるのが感じ取れた。

 誰であろう、この人こそがターゲットの室生英人先輩本人だった。


「手紙で呼び出す作戦は成功だね、三蔵君。」

「やったー。でも、急に恥ずかしくなってきちゃった。」

 何故、室生英人先輩が三蔵の近くに姿を現したのか。

 それは予め、室生英人先輩の自宅に恋文を送っていたからだ。


 その恋文は女学生からの呼び出しを装ったもので、わざわざポストに投函したほど手が込んだ仕様である。


「室生英人先輩に気づかれちゃう。木の陰に隠れよう。」

「ちょっと三蔵君。勇気を出さないとダメだよ。」

 レッサーパンダの六花が勇気を促す。

 しかし、この行動にはれっきとした理由付けがある。


「焦るな六花。奴の能力は未だ未知数。北側のお偉いさんが個人情報ファイルを紛失したせいでなあ。」

「そうだったね。それにしても、何故か室生英人の異能が記載されたファイルだけが紛失するなんて異常だよ。」


「それが奴の能力なのかもな。遠隔捜査能力か?しかし、俺が一番危惧しているのは自動発動型の能力である可能性だ。」

「自動発動型、本人の意思とは関係なく、勝手に異能が発動するタイプの類型だね。」


 室生英人先輩は誰かを探すように辺りを見回している。

 三蔵と六花は木の陰に隠れて密かに会議をしている。


「少し調べさせてもらったが、室生英人先輩の周辺では行方不明者が多発している。これが死者ならば警察の動く事態だが、奴の周りでは死体すら見つかってない。それにしても数が異常過ぎるんだ。」

「そんな。室生英人が親しい人物を殺して回ってるってこと?」


「その可能性もある。だが、もう一つ分からないのが、例えば先輩の元上司なんかは先輩と遠く離れた中華にいたのに消息を絶っている。つまり、先輩の能力は本人の意思とは関係ない自動的な大量殺戮能力の可能性がある。」

「成る程ね。もしそうだとしたら、危惧すべき異能だわ。」


 すると、三蔵は抜刀して木に登り始める。

 流石は暗殺者と言おうか。口に刀を加え、両手両足を器用に使って木に登る姿は様になっている。


「もし奴の異能が自動発動型で…更に死後も解除されないタイプならば…先ずはこの場で一撃にて仕留めるのが定石。しかる後に死後も異能の発動が確認出来れば『バターブレード』にて封印すれば良い。」

「流石はフリーの暗殺者。やる事が冴えてるね。」


 しかし、今まさにその時。

 辺りを見回していた筈の室生英人先輩が急に木を見据える。


「気をつけて!三蔵君、あいつ私達に気付いてるみたい。」

「…君たちがここにそこにいるのは知っているよ。」

 室生英人先輩は確実に木を見て、語りかけように話をしている。


「丸正三蔵君…君たちが俺を調べていたように、俺も君たちを調べさせてもらった。組織と連絡がつかなくても、俺だけで調べあげるくらいは出来らぁ。」

「マズイ。暗殺はしっぱいだ。」

 不測の事態だが、それは想定内だ。

 自分が敵のことを調べているのだから、敵もまた自分を調べているだろう。


 静かな口調で、室生英人先輩は木に向かって話しかけていた。

 あと、なんか酒臭い臭いがした。


「えっ…酔ってます?」

「何らぁ〜俺はまだ酔ってないらぁ〜」

 室生英人先輩は木の胸ぐらを掴む。


「へっへっへ。近くでよく見ると美人じゃあね〜かぁ〜ん。もっとよく見せろなぁ。」

「えっちょっ!押さないで下さい!先輩!押したら危ないですって。」

 室生英人先輩は木にぶつかり稽古を始めたのだ。


「おいらぁ〜は、なにわぁ〜の、みやこぉ〜の、スーパーマーケット店員ぉ〜。」

「だから危ないって。あっ」

 先輩が木を押すせいで、木の上で待機していた三蔵君は転落する。

 人間、木から落ちるとかなり命の危険にさらされる。


「ああああ」

「大丈夫らってぇ〜まだ15缶程度…ぐあああああ」

 三蔵君は木から落下。室生英人先輩の後頭部に激突。

 近くに室生英人先輩がいなければ、命に関わる怪我になっていたろう。


「いてててて。いてぇ、尻を打っちまった。」

「頑張って三蔵君。」

 レッサーパンダの六花は三蔵の肩に乗っているので無事だ。


 それにしても僥倖。ターゲット暗殺のチャンスがこちらに巡ってくるとは。

 ターゲットは気絶し、今や隙だらけだ。


 三蔵は刀を上段に構えた。


「そのまま首を介錯してくれる。とおっ」

「待って!三蔵君、あいつは何処!?」


 三蔵が振り下ろした刀は空振り。ターゲットの室生英人の姿は忽然と消え去り、その場にはなにも残っていない。

 一瞬。一瞬の出来事である。その場から室生英人が消えてしまうとは。


「なにぃ〜何だとぉ〜!?」

「三蔵君!これはきっと奴の能力だよ。」


「どういう能力なのだ。こいつの異能は。」

「分からないわ。全く分からない。兎に角奴を探さないと。」


「隣人の消失…自分自身すらも消失させたとは!」

 焦った一人と一匹は自分達がいた痕跡を絶つためにレノアを振りまきながら一目散に駆け出す。

 向かう場所は校長室。ターゲットを見失った今、この一件に最も関係のある人物は校長先生に他ならないからだ。


「最悪の場合、全ての責任をターゲットではなく校長に押し付けるしかない。」

「校長だと報酬はいつもの半額にしかならないよ。でも仕方ないね。」


 壁伝いに校舎をよじ登り、三階の校長室に不法侵入する様子はまさに暗殺者。

 高速の体術で三階まで駆け上がった三蔵は、窓を蹴破って校長室に飛び入った。


「ちいっ!やはり真夜中では誰もいないか!」

「三蔵君、頑張って。」

 真夜中では誰もいないのは当たり前だ。

 校長室は暗く、しかし、辺りが散乱していることは分かった。

 まるで誰かが家探しでもしたかのようだ。


「おかしいと思ったのだ。真夜中では誰もいないのは当たり前ではないか。ぬかったわ。」

 焦りながらレノアで自分の侵入した痕跡を消臭する三蔵は、しかし床に落ちていた書類を見つける。


「これは…俺の情報ではないか!全てバレていたのか!そういえば奴もそんなことを言ってたような気がするなあ。」

 誰もいない室内で話しても、その声は虚しくも響くだけである。

 三蔵は必死に校長の住所を思い出そうとしていた。


「よくよく考えてみれば深夜の学校に警備員一人いないことからおかしかったのだ。俺たちがここへ来ることは全て先方承知の上だったというのか。そう言えば呼び出したのは俺か。」

 自分の肩を見た三蔵は、しかしようやく、いつも肩に乗っている筈のレッサーパンダ六花が消失していることに気がついた。

 そんな馬鹿な。


「消えた…奴の隣人は…奴自身も…まさか、機密文書も?そして今、六花も…」


 危機を悟り、即座に抜刀した三蔵は刀身にバターを塗り始める。


「バターブレードォォォーーーーッ!!!!この超常現象を無効化しろォォォーーーーッ!!!!」


 バターブレード。刀身にバターを塗ることで、超常的な効果を封じることができる。

 まさに今のような現象にはうってつけの能力だ。


「俺のバターブレードの前には無力ダァァァーーーーッッッ!問答無用ーッ!」


 ひとしきりバターを塗り終えると、するとどうであろうか。

 超常現象を封じられたことで、三蔵の肩に再びレッサーパンダの六花がフェードインし始めるのだ。


「アレ…?私は一体?」

「おお、戻ったか六花。心配したぞ。」


 だが、バターブレードの効能はそれだけに留まらなかった。

 校長室内の明かりが灯り、書類は整頓され、その場にはいない筈の校長の姿までもがフェードインし始めるのだ。


「見て…三蔵君。校長先生の姿が出現するよ。」

「成る程、既に校長先生も室生英人に消されてたって訳か。」


 再出現した校長は事態をあまりよく分かっていないようだった。

「儂は…?アレ、儂は一体?」

「やれやれ、俺に救われたな。校長さんよ。」


 そう言いながら、三蔵は校長の机の上に現れた書類の束を取り上げる。

 それこそは校長が紛失し、今回の諍いの発端となった機密文書そのものだ。


「室生英人の能力は…この世から消失させる能力か?謎は多いが、バターブレードの前には無力だったな。」

「待ってくれ。君はあの音に聞くバターブレード使いの女学生かね!?では奴の能力も君が!?」


「ああ、室生英人の異能は俺のバターブレードが封印した。」

「ああああ何てことをしてくれたんだ君は!!」


 校長はいきなり錯乱し、半裸になって空手の修行を始めた。

「何てことをしてくれたんだ君は!奴の異能には一切抵抗してはいけないんだ!!これで君もきっと『完璧な日曜日の朝』に巻き込まれてしまったに違いないぞ。」

「えっ?どういうことだ。」


 訝しむ三蔵をよそに、校長は半裸で空手の稽古を続けている。


「『完璧な日曜日の朝』に抵抗をしてはいけないんだ。例え何を失っても探してはいけない。元に戻そうとするなんて言語道断だ。よりひどい結果となって我々に降りかかる。」

「だから何を言ってるんだ。」


 すると、校長室のドアを開いて、学校の生徒たちが中に殺到する。


「校長!大変です。私達、復活してしまってます!!きっとどこかの無効化能力者がやったに違いありません!!」

「校長!校内の紛失物が大量に発見されています!」

「校長!行方不明だった校内の人物が大量に見つかりました!」

「校長!調べてみたところ、表に出てはマズイ情報も大量に発見されて手がつかない状況です!」


「ああああ…やはりこうなってしまったか。」

「待ってくれ。さっきからどういうことなんだ。」

 この時、六花が背負っていたスマートフォンが着信する。


「大変だよ三蔵君。北のお偉いさんからメールがあった。室生英人の能力が書かれた書類が見つかったって。」

「どういう能力なんだ。」


「奴に関わった者、あらゆる物が紛失するみたい。それに抵抗すると、更に物がなくなって、最終的には人間の存在そのものが無くなるって。」

「なんだとお〜」


「もう分かったろう。一度消滅した我々を元に戻してしまったということは、今度はそれ以上の規模で消失が起こるということだ。もうあんな恐怖を味わいたくない。よくも我々の完璧な日曜日の朝を乱してくれたな。完璧な日曜日の朝は完璧でなければいけないんだ。」

「待て。何故俺のせいになるんだ。おいみんな近寄るな。離せ。離すんだ。」


 バターブレード。バターブレードだ。抜刀すれば近寄ってくる校長や生徒たちにも対処できる。

 バターブレードを発動しようとしたが、気がつけばバターを失くしてしまっている。


「ああ〜バターを失くしてしまったようだね。それではもうバターブレードは発動できないな。助言しておくと、決してもうバターを探したり、他のバターを買ってはいけないよ。これで君も我々と同じ、全てを失う恐怖に苛まれながら消滅してゆくんだ。」

「一体…どうすれば…」


 先程に見つけた筈の機密文書までもがどこかへ消えている。これが完璧な日曜日の朝だというのか。


「気を紛らわせるしかない。さあ君も早く半裸になって空手の稽古をするんだ。」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 日曜日の朝には三つのルールがある。

 一つ、部屋を片付けないこと。

 二つ、仕事に干渉しないこと。

 最後に、静かであること。


 この三つさえ守れば、なんの不安もない、完璧に幸福な一日を始めることができる。


 ある朝、室生英人は道端で目覚めると、学生服の内ポケットにあったバナナを頬張り始めた。


「おい、あんた死んでるのか。」

「いや、バナナを食べているだけだ。」


 見知らぬおっさんと挨拶をしながら、激しい頭痛に襲われる。

 激しい頭痛?まさか組織の刺客に襲われたのだろうか?

 室生には昨日の記憶がなかった。


「まさか…俺は敵に襲撃されたのか。くそっ!油断していた。」

「よくわかんねえけどよお、兄ちゃんずっと寝てたぜえ。」


 そうか。

 さて、ここはどこだろうか。

 そう思った室生は辺りを見回した。


「俺もビックラこいたぜえ。朝目が覚めたら兄ちゃんがいたんだからよ。ここは俺のシマなんだぜ。」

「そうか。それは済まなかったな。悪いが俺の頭はパジャマパーティの最中なんだ。」


 目の前には汚いホームレス。

 どうやら公園で野宿をしていたようだ。


「で、兄ちゃんはどうしてこんなトコにいんだよ?」

「うむ…そうだな。おそらく敵に襲われた…頭痛がするし、吐き気もする。息が臭い。あと節々が痛い。晩酌の時間を狙われたようだな。」


 昨晩は飲み過ぎた記憶は無いのだが、下校してから宿舎で缶ビールを15本ほど飲んだ。それから生徒会の書類に目を通して、そのまま勢いで深夜徘徊を決行してから記憶がない。


 自治体に近い組織力を持つコブラ学園は、当然ながら公園もホームレスも宿舎も存在する。コンビニもあるし、そこでは酒を売っていた。


「おもしれえなあ、兄ちゃん。それって多分飲み過ぎただけだぜ。」

「そうか?そうであれば僥倖だが…いやアレがない。」


 そこまで思い出し、家の鍵を紛失してしまったことに思い至った。


 たまに飲みすぎると室生は野宿をしてしまう。そして、色んな理由で、そのまま家に帰れなくなってしまうのだ。

 理由は色々だ。鍵をなくしたり、家ごと失くなっていたり。


 しかし、根本的な原因が自分の能力にあるだとは夢にも思わなかった。

 自分の責任を感じてしまうと、完璧な日曜日から遠ざかってしまうからだ。


「あんまり飲み過ぎたらいけねえよ、兄ちゃん。とりあえずどっか行ってくれや。俺は今から寝るんだ。」

「寝るのか…羨ましいな。それこそパーフェクト・サンデーモーニングだ。」


 一方、室生は再び鍵が見つかるまで野宿だ。だが、野宿には慣れている。

 こんなことで彼の心が乱されたりしない。


 そう、完璧な日曜日の朝には煩わしい事など一切存在しないのだ。

 室生英人は学生だが、毎日が日曜日だと思っている。


 完璧な日曜日の朝には仕事に追われることも無い。このまま、今日は学校を休もう。


 室生がそう思った時、草の茂みで助けを求める声が聞こえた。


「助けてくれえええ」

「やれやれ…俺の素晴らしい日曜日を邪魔する奴はどんなベイビーちゃんだい?」


 茂みの中に入ってみると、そこでは校長先生が半裸で空手の修行をしていた。


「ほらほら、儂の空手の稽古をしていたら楽しくて止まらないんだ。ほらほら、儂の空手の稽古を見るんだ。」

「おやめ下さい!校長先生!」


 校長先生は女子生徒に空手の稽古をみせつけていたのだ。

 女子生徒に空手の稽古をみせつけるとはふてえ校長先生だ。室生の中で怒りが湧き上がった。


 室生は校長先生の奇行に困っていた。

 校長に迷惑をかけられるのは、今の変態行為だけではない。

 校長も早く完璧な日曜日の朝を手に入れられればいいのに。

※※※※※※以下注意書き※※※※※※


 ここにコウベヤさん、ないしは東山ききん☆さんが両者のプロローグSSを踏まえた上で執筆したSSが公開されています。


 読者の皆さんは是非「どちらか良いと思った方のSS」にいいねをしてください。

 あなたのいいねの数でSSの勝敗が確定します。


 なお、公開SSその②がどちらが執筆したかについては結果発表時点で公開される予定です。

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