アガトウ
真生麻稀哉(シンノウマキヤ)
第1話
目の前に、白い服を着た兄の眞人(まにと)がいた。
「どうしたんや、兄ちゃん」
俺が眠い目をこすりながら尋ねると、
「ハヤ坊、あんな、今週の金曜日に、
滝人(タキト)が心臓発作で入院するんや。」
と返ってきた。
「ほんまか!」
7つ下の弟の滝人は、滋賀で母と暮らしているが、心臓が悪いなんて話は初耳だった。
「ほんまや。
でも1週間で退院できるから、心配せんでええ。」
「そんなん言われても、俺はどうしたら…」
「何もせんでええ。滝人がいない一週間、母さんを世話してくれな」
「そんだけでええんか?」
兄貴は、ああ、と笑って頷いた。
「じゃあ、俺はそろそろ行くわ、ハヤ坊」
目の前にあった兄貴の体が、すうっと持ち上がって、頭上にもくもくと広がる、
雲の方に向かった。
「そんな!、待ってーな、兄ちゃん!」
俺は、兄貴を行かせまいと必死で手を伸ばした。
けれど、兄貴は、どんどん雲に吸い込まてゆく。
あの雲はきっと滋賀の雲だと、俺は思った。
「兄ちゃん!
待ってーな、兄ちゃん!」
兄貴が行ってしまう、消えてしまうー
もがくように、俺が精いっぱい伸ばした手を、そのとき、誰がつかんだ。
その瞬間、俺はハッと目を覚ました。
目の前に、妻の顔があった。
「どうしたの、ものすごくうなされていたわよ」
心配そうにそう尋ねる妻が、俺の手首をつかんでいた。
額に浮いた汗をこすった俺は、妻に言った。
「死んだ兄貴の夢を見たんや。
兄貴がな、
弟の滝人が心臓発作で今週の金曜日に入院するって言うんや」
え、と妻が目を見開いた。
「兄貴はたいしたことない、一週間で退院できるって言うたけど、
俺、どうしたら、ええんや」
最後はなんだか独り言みたいになった。
「滝人や母さんに言った方がいいのか…」
目を伏せた俺に、妻がきっぱりとした口調で言った。
「二人には話してはダメよ。
驚くし、心配するわ。
お兄さんが、
大したことない、1週間で退院できるって、言ったのでしょう?
だったら、入院するっていう、
その金曜の日にそれとなく自然に滋賀に行ってきなさいよ」
こういう時、女って強くてしっかりしていると思う。
俺の夢の話を、すんなり信じてくれたことよりも、
正しいのはこっちと背中を押してくれたことが、ありがたかった。
わかったと俺は頷いた。
「今週の金曜に、俺、滋賀に行ってくるわ」
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