こまいぬちゃん

琥珀 燦(こはく あき)

こまいぬちゃん

「こまいぬちゃん」


 直(なお)くんのおうちは、小さなお山たちにかこまれた、田んぼやはたけがひろびろと広がる中にあります。直くんとお母ちゃんとは、いつも二人で、はたけのまんなかのあぜ道をさんぽしています。お母ちゃんのおなかの中には赤ちゃんがいて、春になったら、直くんはお兄ちゃんになります。だからお母ちゃんはげんきな赤ちゃんをうむためにおさんぽをしているのです。


おててつないで のみちをゆけば

みんなかわいい ことりになって



 いねのほや、すすきがゆれるあぜ道を、お母ちゃんといっしょに歌いながら歩くのが直くんは大すきでした。あぜ道はまっすぐ行くと、ちんじゅさまの神社(じんじゃ)のへののぼり坂につづいています。


 むらのちんじゅのかみさまの

 きょうはめでたいおまつり日


とお母ちゃんが歌うと、直くんが


 ドンドンヒャララドンヒャララ


と、ふえやたいこのおもしろい音のところをわらいながら歌います。


 ちんじゅさまの入り口には、ちょっとこわいかおの、石でできた犬が二ひきおいてあります。

「これはね、『こまいぬ』といって、かみさまをまものから守るおやくめのために、わざとこわいかおをしているのよ。口を大きく開けているほうが『あ』、閉じているほうが『うん』って言っているの」

とお母ちゃんが教えてくれました。

 ふたりはちんじゅさまにふかくおじぎをして、

「げんきな赤ちゃんが生まれますように」

と、おねがいしてパンパンと手をたたきます。

 そして、こわい顔のこまいぬちゃんたちに

「こまいぬちゃん、ばいばーい」

と手をふって、帰っていくのでした。


 ある日、直くんはお父ちゃん、お母ちゃんと、お母ちゃんのお母ちゃんであるおばあちゃんといっしょに、とおくへおでかけをしました。

 でんしゃを二回のりかえて、バスにのってしゅうてんまで行ってついたところは、大きな大きなびょういんです。おうちから二時間のたびです。

 びょうしつに行くと、お父ちゃんのお母ちゃんであるおばあちゃんと、ベッドにねて、てんてきというおくすりのふくろをつけている、おじいちゃんがいました。おじいちゃんはおなかの病気で、いっしゅうかんごにたいへんなしゅじゅつをすることになったので、今日のおでかけは、おみまいだったのです。

「おじいちゃん、だいじょうぶ?」

 直くんはいつも遊んでくれる大好きなおじいちゃんがねたきりになっているので、とてもしんぱいになりました。しゅじゅつのじゅんびのために、ごはんをたべることもできないので、かわいそうだなあとおもいました。

「直くんがとおくから来てくれて、かおを見せてくれたから、おじいちゃん、げんきが出てきたよ。しゅじゅつ、がんばるからな」

 おじいちゃんは起き上がって、そうこたえました。直くんは、おじいちゃんをだきしめ、

「おじいちゃん好き好き。早くげんきになってね」

とほっぺをすりすりしました。

 




 その日以来、直くんは、おじいちゃんのことがあたまからはなれなくなりました。そしていつも、ちんじゅさまに行くたびに、二つのおねがいをするようになりました。

「げんきな赤ちゃんがうまれますように。おじいちゃんのびょうきが早くよくなりますように」

 そして、こまいぬちゃんにも

「おじいちゃんのびょうきをたいじしてください」

と手を合わせておねがいしました。

 びょういんでおじいちゃんにつきそっている、おばあちゃんからでんわが来ると、かならずかわってもらい、「おじいちゃん、今ごろ、あのびょういんで何してるかなあ」と言いました。するとおばあちゃんは「きっと「直くん今ごろ何してるかなあ』って考えてるよ」と言います。直くんはちょっとうれしくなって、うふふっとわらいました。


 おじいちゃんのしゅじゅつの日、お父ちゃんがびょういんに行き、直くんとお母ちゃんは一日中「おじいちゃんのしゅじゅつがせいこうしますように」とおいのりしました。直くんはしんぱいで、ずーーーっとむねがどきどきしていました。

 しゅじゅつは、とてもながい時間かかり、夜おそくお父ちゃんから「しゅじゅつはおわったけど、まだようすをみなくてはならない」とでんわがありました。直くんはお母ちゃんと二人で、朝早く帰ってくるお父ちゃんを、ねむってまつことにしました。




 その夜、直くんはゆめを見ました。

 まよなかの、いつものちんじゅさまに、直くんはひとりぼっちで立っていました。すると、にひきの石のこまいぬちゃんが、高い台からとびおり、直くんの足もとにならんですわったのです。

『ああ、ああ、きみだね。いつも、おじいちゃんのことをおいのりしているやさしいぼうやは』

『うん、うん、やさしい、いい子だよ。この子は』

 こまいぬちゃんがおはなしをしたので、直くんはびっくりしましたが、こまいぬちゃんたちは、かみさまの犬なのできっと何でもできるのでしょう。

「こまいぬちゃん、ぼく、おじいちゃんがとてもしんぱいなの。でも、おじいちゃんのびょういんはとてもとおくて、ぼくはなかなか会いに行けないの。どうかおじいちゃんをまもって、早くげんきにしてあげてください」

『ああ、ああ、ようし、わかった。これからぼくたちが、きみのかわりに、いつもおじいちゃんのおみまいにいってあげよう』

『うん、うん、そうだね。なあにぼくたちなら、びょういんまではひとっとびさ。ようし!いますぐ行こう!』

 そう言うと、こまいぬちゃんたちのまわりには、びゅうっとつむじ風がおき、こまいぬちゃんは風にのって走るように、夜空にとびたっていきました。





 直くんが目をさますと、すっかり朝になっていました。直くんは、おふとんの中で、「こまいぬちゃん、おじいちゃんをまもってね」と手を合わせました。




 ながい冬のあいだ、おじいちゃんはごはんを食べることができず、てんてきのおくすりでえいようをとっていました。そしてあと二回も大きなしゅじゅつをしました。

 でもおじいちゃんは、ベッドのよこにおいた、直くんのしゃしんと、直くんがかいたてがみを見て、いたくてもつらくてもがんばりました。そしてすこしずつ、よくなってきたというでんわが、おばあちゃんから来るようになりました。

 直くんはそのあいだも、ずっとちんじゅさまとこまいぬちゃんに手をパンパンとたたいて、おじいちゃんが少しでも早くよくなるようにおねがいしつづけました。


そして春がちかづくころ、おじいちゃんのおなかの中はやっときちんとうごくようになり、食べ物をしょうかできるようになりました。おじいちゃんはいっしょうけんめい歩くれんしゅうをし、とうとうたいいんすることができました。

 そして、ももの花がおにわにさいた、三月三日のひなまつりの日に、かわいいいもうとが生まれました。おじいちゃんは、おばあちゃんといっしょに赤ちゃんに会いに来ました。

 ピンクのほっぺの小さな赤ちゃんが、大きな声でげんきそうにないているのを、おじいちゃんはとてもうれしそうに見ていました。それから

「おじいちゃん、直くんにおねがいがあるんだ。おじいちゃんをちんじゅさまにつれていってくれないかな」

と言いました。

直くんは本当は久しぶりにおじいちゃんと、あそびたかったけど、おじいちゃんのおねがいだから、ちんじゅさまに行くことにしました。





 ちんじゅさまにつくとおじいちゃんは、まずちんじゅさまに手を合わせて

「直くんが、いっぱいおいのりしてくれたおかげで、こんなにげんきになりました。ありがとうございます」

とおいのりしました。そのあと、こまいぬちゃんを見上げて

「おじいちゃんはね、しゅじゅつのあと、ずーっとうごけなかったあいだ、ゆめの中で二ひきのかわいい犬とおさんぽしてたんだよ。キャンキャン、うれしそうにしっぽをふって先を走る犬と、もういっぴきは、だまっておとなしくついてくる犬で、いっしょにあるいていると、なぜだか直くんのことをおもいだして、早くげんきになって直くんとあそべるようにならなきゃなっておもったんだよ」

と、石の犬のせなかをなでていいました。

(ほんとうは、きっと、こまいぬちゃんがぼくのかわりに、おじいちゃんのおみまいに行ってくれていたんだ)

直くんは心の中で、そうおもいました。




ぽかぽかあたたかい、春の日ざしの中、直くんは、おじいちゃんとおばあちゃんと三人で、手をつないで、あぜ道をあるきました。


おててつないで のみちをゆけば

みんなかわい ことりになって

歌を歌えば くつがなる

はれたお空に くつがなる


三人でいっしょに歌いながら、見上げると、おばあちゃんと、げんきになったおじいちゃんのニコニコわらう顔があって、直くんも、うれしくて、うふふっとわらいました。


〔おわり〕

引用歌:「くつがなる」作詞・清水かつら 

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こまいぬちゃん 琥珀 燦(こはく あき) @kohaku3753

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