スウィートブルー

ともども

第1話 始まりは静けさとともに

 吐息の白さが このわたしの甘さをかき消す夜へと

   

 祈りはほのかに熱く 手の平の温もりにも似た


 そういう季節ほど かなしいほどに純粋で


 いまどうしようもなく この心を凍らせる


 できうることなら そういう青さがあなたのもとへと届きますように


                         『スウィートブルー』



 スウィートブルーの詩は、この街にとてもよく似ている。


 静けさの街。冬の感触がそれこそ肌から直に感じられるこの街路で柔らかなガス灯のオレンジだけが唯一わたしを照らす。


 こういう季節は人を感傷的にさせる。わたしはそう思う。時おり、誰しもがそういう考えに足を止めて今のわたしのように降り積もった雪の厚さを知る。儚げで刹那的な想像の世界がそうやって現実のあるべき、ちゃんとした境界を思い出させてくれるのは少しおかしなことかもしれない。


 こんな下らない堂々巡りを普通の人はなんと言うだろうか。物憂さだろうか、それともロマンチストの憂鬱だろうか。いずれにしても雪降る真冬の路地でわざわざ立ち止まる理由にはならないのだが――それでも、わたしはそういうふとしたときに気付く日常、その確かな感触が好きだ。気付いてそこに楽しさを見出せる自分が好きだ。


 結局は自己愛?――ってやつかもしれないけど、そこに世界との繋がりをまるで地続きなわたしが居るって感覚を笑って無下にする理由をわたしはさして見つけることができない。


 ひとしきり、妄想にも似た自分語りの延長線上をさまよって、ようやくわたしは、わたしの目的を思い出した。


 再び、積もった雪に踏み出した足は予想以上に冷えていて学校指定のローファ―では荷が重いことを痛感させる。プリーツスカートから伸びた足は寒さに固まっている。背負ったギターはその重みをずっしりと肩にのしかからせて、いかにわたしが完全武装であるかを悟らせる。その重みを確かに感じて、わたしは歩く。


 シールドに楽譜に財布に教科書、あとチューナーやスマホ、定期券も。そういうものを一切合切詰め込んだ鞄とこのギターケースが今のわたしを形作っている。なんと、あっぱれ、わたしを構成しているものは想像以上に多かった。


 肩切る風が白い吐息をわたしとは反対方向へ連れて行ってしまうことをなぜだか寂しく思う。


 遠くに映る、現代にしては粋なネオン外灯の看板を見つけてそういう感傷的な思いとは裏腹に、熱く燃え、エッジの聞いたサウンドに身を委ねる人々がいることを不思議に思わずにはいられない。また、自分も遅くとも数十分後にはその一員になっているのだ、ということも。


 またしても囚われたこのどうしようもない妄想の果てにいつかこの気持ちがあなたに届くことを期待している。歌ではなく、うただ。


 時にはこんなわたしでさえも――意外なことだと思うかもしれないが――情緒的で、観念的で、笑ってしまうような浮足立った考えに思いを馳せることもあるのだと。


 いつもみんなが思っているような鋭い目つきで斜に構えて、なんとなく冷たそうなこの無機質なわたしが――わたしこそ、そういう世界に重きを置いているなんてことをわたしはあなたに知ってもらいたい。


 肩掛けした鞄の中のスマホがわたしの脇腹あたりで振動している。時計を見れば、わたしにはもう時間がない。多分、時間に遅れることさえも変に称賛されるべき孤高の魂の由来、そう思われてしまうんだろう。本当は寝坊だったりするんだけれど。


 今、わたしを待っているのは青さが作る孤独と寂しさの世界ではない。熱と音、そして共同意識が作り出す青い春の世界だ。


 みんながみんな、自分が好きで、他人もわたしに組込みたがる。別に悪いとは思わないけれど、それは何かを見失っているような気がして、ひどく不安定だ。この世界では多分、流した涙さえもわたしの味方にはなってくれない。


 真に孤独なのはあなたではなくわたしだということを自覚する。こんな世界の悲しさを唯一分かち合えるのなら、わたしはそれこそ、この青さをあなたのもとへと届けよう。


 これはわたしの物語。恥ずべき心の甘さの中に、まだ青い自分を知らなかった日の出来事。小さな街の行き止まりで歌うしかなかったわたしの青さの物語。

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