一、

一週間前。この街に初雪が降ったあの日、従兄の耀(あきら)が発狂した。彼がつきあっていた人妻が服毒自殺をしたせいだ。

いや、つきあっていたという表現は正確ではない。耀が一方的に追い回したのだ。その手口は巧妙で執拗かつ卑劣で、彼女の夫、耀の家族、そして私の家族をも巻き込んで泥仕合を演じさせた。結果、彼女は彼を徹底的に憎悪し続け、逃げ回り続けた。


三つ歳上のいとこ、真関耀(ませきあきら)。

何不自由のない家柄、順風満帆の仕事、すべてを棒に振って、彼女に狂って行った彼。

私が朝比奈との婚約を破談にしたのは、耀との結婚を決意したから。

彼を救えるのは私と、もういなくなってしまった彼女…可南子しかいない。今、私意外に誰が彼を守るのだ。

「理砂、お前は共犯者だ、忘れるな」

 耀が狂う直前まで、繰り返し私に言い続けていた言葉。

 そう、私は共犯者だ。耀を可南子から奪い返す…このことだけをずっと望んでいたのだから、彼女を死へと追い詰めた責任の一端は、私にもある。共犯者だからこそ、もう人の判別もできなくなっている彼の傍に存在することが許されるのだ。


 真関出版社長の私生児耀は、出生の穢れを打ち消すかのように品行方正の優等生として育ったはずだった。そんな彼がやせっぽちで何もかも他人のせいにしてびいびい泣くことしかできない、誰が見ても何の取りえも無いつまらない女に、狂った。

 忌まわしい一連の事件の発端は7年前、彼が高校三年生の時、彼のクラスに教育実習に来ていた女子大生、築城可南子を彼が強姦したのだ。この事件は耀の父と学校側の配慮により表沙汰にならずに揉み消され、耀は謹慎処分にさえされずにすんだが可南子は教育実習を中断せざるを得なかった。

 それきりのはずだった。だのに。

 運命のいたずら。7年後、真関出版の子会社に就職していた耀の同じ課の社員藤倉の妻として、彼女は耀の前に現れた。


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