分かり合えないすべてのひとたち

@rei0094

 優しいひとは総じていさぎよい、と思う。他人に対していつも優しく、柔らかい物腰で接することができるのは、言葉や態度はそのときの受け取りかた次第で凶器になりうるということを知っているからだと思う。決していらぬ間違いを犯さないように、気づかぬうちに信頼を失わない方法は、なにげない所作と言葉に気を使うこと、ということを、優しいひとはみんな知っている。


 携帯を勝手にみてしまったのは私の非だ。そんなことはわかっているけれど、どうしても気分が重たかった。

 『あや』という表示名の女の子の名前は本当は『あやこ』で、恋人の永太は『あや』と呼んでいることと、相手も永太のことを『えいちゃん』と呼んでいることを、見てしまった永太のラインで知った。

 『あや』は、永太のアルバイト先の、一個下の女の子だ。そしてラインを遡っているうちに、永太自身が、「バイト先の一個下の女の子に、歌手を目指している子がいて、自作CDとか作ってるんだ。ユーチューブとかにも出してるんだって。…これ。うまくない?」と以前に話していた子だった。その時は気にも止めなかったが…。

 

 『あや』は、やれきれいな花があったとか、空の雲が変な形をしていたとか、そんな小さなことを永太に連絡してきていた。おとといの履歴では、地震速報がなったその瞬間に、『えいちゃん!地震!怖くて動けない。』『えいちゃん、何かあったら大変だから彼女と逃げて。』と連絡して来ていた。昨日は、歌詞をうまく英語にできないんだけど、どんなフレーズがある?と、英文科の彼に聞いてきていた。

 どう考えても、彼女は永太のことが好きではないだろうか。私という恋人の存在は永太みずから話してはいるものの、顔の知らない恋人の存在などさして大きくもないだろう。罪悪感も芽生えづらい。『彼女と逃げて』については、あくまでも私との関係を壊すつもりはない、という保険に思える。でも、それなら、どうでもいいことで連絡してくるな、と思う。英語の歌詞くらい、調べるでもなんでもして、自分でかけるだろう。自作CDも出しているくらいなら、英語のフレーズのひとつやふたつ、今までだって創っているはずなのに。ご親切に考えて教えてあげる永太にも、腹が立つ。永太の側にも満更でもない気持ちが透けて見えるような気もするけれど、仮に小さな下心があったとしても、『半同棲の可愛い彼女がいる』と自ら話している永太を責めれない気もするし、そもそも、『あや』が永太のことを好きだという前提も全て私の被害妄想という可能性もなくはない。…いや、それはない。確実に、あわよくばという気持ちくらいはある。

 

 今までの恋愛で嫉妬に苦しむようなことなど一度もなかったため、半ばパニックになり、家にいられなくて、行きつけの喫茶店に足を向けた。

 9月に入ったばかりの夜はまだ涼しくもないのに、昨日の夜は寒かったからという安易な理由で、少し厚手のカーディガンを羽織って来てしまって後悔した。

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