魔王討伐RTA(3時間25分34秒)

生ハム

第1話 魔王討伐RTA

 人類は遂に、自由に異世界転生が出来る手段を確立した。

 そんな時代の中で現在、若者の間で大流行しているのが――異世界RTA(リアルタイムアタック)である。

 異世界RTAとは、異世界に召喚されてから元の世界に戻るまでのタイムを競う競技の事だ。細かいレギュレーションはあるが、基本的には異世界を平和にした時点で帰還する事になる。

 異世界RTAを行う者は走者と呼ばれ、ほとんどの走者はRTAの様子を録画して動画サイトに投稿する目的で走っている。異世界RTAは動画の一大ジャンルであり、有名走者ともなると広告収入で家が立つほど稼ぐ事が出来る、非常に夢のある競技なのだ。


「よし、やるか……」

 早朝六時。身支度を整え、俺はパソコンと向かい合っていた。

 俺もその夢に魅せられた一人だ。この灰色の人生を、異世界RTAで鮮やかにしてやるのだ。

 手元には、手のひら大のボタンが一つ。今やワンボタンで異世界に転生する事が出来るのだ。

 計測開始地点は、異世界転生ボタンを押した瞬間から。計測終了地点は、目的を達成してこの部屋に戻ってきた瞬間だ。道中の録画は眼鏡に仕込んだ超小型カメラで行う。バッテリーが二十四時間しかもたないので、必然的に目標タイムは二十四時間以内となる。あとさすがに実況しながら異世界を冒険は出来ないので、それは後付けで行う事とする。

 それでも最初の一言だけは、リアルタイムで行う事にした。


「それでは異世界RTAの方、始めていきまーす」

 俺は異世界転生ボタンを押した。




「う、ん……」

 薄らと目を開ける。

 そしてすぐに状況の把握に取り掛かる。「ここはどこだ……?」などと悠長な事をやっている時間は無い。これはRTAなのだ。

「…………」

 俺が倒れていたのは柔らかな草の上。見上げれば抜けるような青空、視点を落とせば雄大な自然。街道沿いに遠くに見えるのは、おそらく城だ。肺いっぱいに空気を吸い込むと、澄んだ空気で満たされる。

 間違いない。ここは剣と魔法の世界だ。

「よし、これはラッキー……!」

 血と硝煙の世界や、鋼鉄と機械油の世界でなくてまずは一安心といったところだ。両者の場合どうしても道具に頼らざるを得ないので、攻略が遅くなってしまうのだ。

 だが剣と魔法の世界ならその心配は無い。剣と魔法の世界における異世界特有のチート能力は、その多くが身一つで実行出来るものなので、攻略の手間が掛からないのだ。例えば道具を扱うスキルの習得や、道具そのものの作成といった、攻略に取り掛かるための時間を消費する事によるロスが発生しないのだ。

 異世界ガチャは大当たり言っていいだろう。


(これは好タイムが期待出来るな……!)

 さて、次はステータス確認だ。異世界RTAでは自分がどんな力を持っているのか、それにより何が出来るのかを、いち早く把握する事が肝要なのだ。

 大当たりなのは、単純に超強い攻撃が出来る能力だ。ミサイル並の威力のファイヤーボールとか使えれば、攻略は相当に楽になる。無敵のバリアがあればなお良し。

 逆にあまり望ましくないのが、味方を強化する類の能力だ。いわゆるサポート能力というやつは仲間がいないと成り立たないので、まずはそれを探す必要性が生じるからだ。前に見た動画でそういう能力を持った走者がいたが、仲間を探す段階でかなりの時間を消費していた。しかも半分引きこもりって感じの人だったから、仲間内でのコミュニケーションに相当苦労していたのが印象に残っている。

ちなみに自分もそんな感じなので、サポート系の能力だった場合そこでRTA終了という事も充分にあり得る。こればっかりは異世界ガチャと同じく、運に頼るより他は無い。


「さて、俺の能力は……」

 …………。

「…………分からん」

 どうやら自在に自分の能力が分かる系の世界ではなかったようだ。

 これはまず、この世界における力の在り方を調べた方がよさそうだ。魔法なのか超能力なのか、あるいは気力や霊力なのかもしれない。それが分からない事には、力の知りようも使いようも無いのだ。

「……よし。とりあえず町を目指そう」

 俺は城の方角へと足を進めた。




 歩いて約三十分ほどで、目的地に到着した。

 ここはいわゆる城下町だ。領主のお膝元だけあって活気に溢れている。大通りでは荷馬車が行き交い、その両脇には立派な店構えから露店までがずらりと並んでいる。売っている物も、ご当地フードから怪しげなアクセサリまで様々だ。

「おい、そこのおまえ!」

 町の風景を眺めていると、険しい声に呼び止められた。

「……なんすか?」

 軽武装した厳つい男だったので、少し気後れした。警察の職質を拒否出来るような度胸は俺には無いのだ。

「怪しい格好だな、どこの者だ!?」

 怪しい格好というのは、俺のこの格好の事だろうか。黒のジャケットにジーンズという、ごく普通の陰キャファッションだが。まぁ何の素材で出来てるか分からないような簡素な服が主なこの異世界では、俺のこの服装も異質に見えるのだろう。

 これはチャンスだ。彼らからいろいろと情報を引き出し、いち早くこの世界に対する理解を深めるのだ。そうする事で、タイムも大幅に縮まるだろう。

 さて、じゃあ口八丁手八丁、権謀術数でこの脳筋野郎から情報を引き出すとするか。

「え、あ、えっと、その……」

 だがその思惑とは裏腹に、俺のコミュニケーション能力が著しく欠けていた。

 いや、だってコイツ顔怖いし。生活指導の体育教師もかくや、みたいな感じで捲し立てられたら、普通の人だって臆する。普通の人ですら臆するのだから、普通以下の俺だったらこうなるのも必然なのだ。

「貴様まさか魔王軍の手の者か!? こっち来いおまえ!」 

「いやその、ちが……チガウッス……」

 抗議も空しく(ウィスパーボイス)、俺は兵士の詰所へと連行された。




 詰所に連れて来られた俺は、そこの取調室みたいな所に通された。

「で、おまえは何者なんだ?」

「…………」

 机を挟んで、先ほどの男が詰問してくる。この世界には行き過ぎた取り調べを抑制する法律なんて無さそうなので、ふて腐れた態度を取ろうものなら暴力で分からされるだろう。

 しかし、真面目に取り合ったところで身の潔白なんて証明出来るわけがない。異世界からRTAをしにやってきました、なんて話に誰が耳を貸すというのか。間違いなく魔王軍とやらの一味にされて、ヘタをすれば絞首台行きだ。

「お、俺は……」

 と言うかそれ以前に、こんな事に時間なんて掛けてはいられない。これはRTAなのだ。

 故に俺は、最短ルートを以て返答とした。

「俺は……魔王軍を倒すためにこの町にやってきた」

 なんとか噛まずに、早口にならずに言えた。

「はぁ?」

「魔王軍……魔王軍を倒しに来たんだ、俺は。魔王の居場所を教えてくれ」

 普通なら「何言ってんだこいつ」と一蹴されるだろうが、俺のこいつらにとっての異質な格好は、俺の言葉の説得力になってくれるはずだ。

「…………」

 俺の言葉に、兵士はやや間を置いて、

「なっ…………なにぃぃぃぃぃ!?」

 食いついた。

(よし……!)

 これ幸いと、俺は更に調子に乗った。気が大きくなったのか、普段よりも饒舌になっていた。

「そう……俺は魔王を倒すためにこの町にやってきたのだ!」

「そ、それはさっき聞いたが……」

 あれ、そうだったか。

「…………。いやでもおまえ、そんなに強そうには見えないが」

「見た目はな。だが俺は…………とても凄い魔法が使えるんだ!」

 魔法で合ってるよな、町の様子からすると。

 俺の話を聞いた兵士の男は、顔色を変えた。

「ま、魔法……!? あの数千年前の降魔戦争で失われた、伝説の……!?」

 想像していたより、魔法はこの世界ではとんでもないシロモノだった。

「そ、そうだ!」

 だがもう後には引けないので、押し通すしかない。

「一薙ぎで一万の軍勢を焼き払う炎の鎌や、町一つを丸ごと焦土に出来る雷撃を使えるというのか……!」

「……そ、そうだ!」

 思っていたよりもだいぶハードルは上がったが、もちろん押し通すしかない。

「ちょ、ちょっとここで見せてくれ……!」

「いや、それは…………町滅ぶから」

「そ、それもそうか…………これは大変だ、神官様に報告せねば!」

 そう言うと、兵士の男は慌ただしく部屋を出て行った。


「…………」

 そして部屋に取り残される俺。この狭い四角形の部屋の中に、俺一人だけがぽつんと座っていた。

(これからどうしよ……)

 拘束はされてないし見張りもいないので、逃げようと思えば逃げられる。兵士のあの様子からすると、逃げたとしても追いかけてはこないはずだ。

「…………」

 俺は待機を選択した。

 刻一刻とロスを刻む事になるが、ここを出たところで行くあてがあるわけではない。魔王とやらの居場所もまだ分かっていない。

 それに兵士は気になる事を言っていた。

(神官様、って言ってたな……)

 名前からして上の方の役職だ。もしかしたら魔王に関しての情報を持っているかもしれない。上手い事やれば、大幅なタイムの短縮に繋がるかもしれない。

 故に俺は、ロス覚悟で待機を選択したのだ。


 しばらく(三十分ほど)待っていると、複数の足音が聞こえた。

(やっと来たか……)

 ロス以前に、何もせずじっと座っているだけの三十分は想像以上にキツかった。漫画もパソコンも無いし、(いてもしょうがないけど)話し相手もいない。もちろんトークで間を繋ぐなんて器用な真似は出来ないので、ただ壁時計をじっと眺めるだけの三十分だった。

「神官様、コイツ……この方です」

「ほほう、こいつが……」

 兵士が連れてきたのは、修道服のようなものを着た女だった。年齢は俺と同い年くらいで、背は低くかなりの美人だが、役職柄なのか表情や仕種に高圧的な印象を覚えた。

 彼女はまるで値踏みするように、俺の全身を嘗め回すように眺めていた。

「お主、名は?」

「……クラウドだ」

 もちろん本名ではない。これは動画投稿サイトにおける俺のユーザーネームだ。なんだったら『†』で囲んでもいい。

「クラウドよ。お主、魔法が使えるらしいな」

「あ、ああ……」

 無論、押し通しているだけなので、実際に使えるかどうかはまだ分からない。ただ何らかのチート能力がある事はほぼ確実なので、例え魔法が使えなくてもそれと同等の力は持っているはずなのだ。

「それは具体的にどんな魔法だ? 百万の軍勢を飲み込む地割れを起こすのか、それとも国一つを建物ごと空の彼方へ舞い上げる風を起こす事が出来るのか」

 ハードルは上がり続ける。しかし敵味方の分け隔て無さすぎだろ、この世界の魔法。

「…………」

 そして当然、魔法が使えるか分かっていない俺は神官の質問に対する答えを持っていない。どんな魔法が使えるのかなんて、逆に俺が知りたいのだ。

 だが俺は待っていた三十分の間、俺はただ無為に時計を眺めて過ごしていたわけではない。この窮地を切り抜ける方法を、俺は既に編み出していた。


「それは言えない」

「……何故だ?」

「俺がどんな魔法を使えるかも分からないような奴に、力を示すつもりは無いという事だ」

「ほほう、言いおるな……」

「俺がどんな魔法を使えるか……それを判別出来る程度の力があるんだったら、魔王討伐に力を貸してやろう」

 その方法とは、相手に丸投げする事である。強者ぶって勿体ぶって、出来るものならやってみろと挑発して、相手に俺の力を調べさせるのだ。

 ちなみに相手が「じゃあいいや」ってなった場合、俺の冒険はここで終了する。口先一つで済む分、それなりに綱渡りな方法なのだ。

「…………」

 神官の女が沈黙する。判別する方法を考えているのか、俺の言葉の真意を探っているのか。もし俺の言葉を疑っているのであれば、それはかなりマズイ状況だと言える。

(判別出来なければ魔王軍につく、とまで言うべきだったか……?)

 脅しは意見を押し通すのには有効だが、良好な関係が築きにくくなるのと、失敗すればこの場で断罪されるリスクがある。なので、なるべくそれはしたくないというのが実情だ。

 さて、相手はどう出るか……


「……良いだろう。私がお主の力を鑑定してやろう」

「……!? そ、そうか……」

 平静を装いつつも、よし! と心の中でガッツポーズ。

 これで自分の力の把握と、偉い人の協力を同時に得られた。特に後者はコミュ症にはかなり難しいので、タイム短縮もそうだが随分と気が楽になった。

 ただ、そういった状況で四苦八苦するのも異世界RTAの醍醐味と言えば醍醐味なので、見所を一つ失ったとも言える。まぁ今回はタイム優先という事で。

「これに名前を書け」

 そう言って神官の女は、一枚の紙とペンを机に置いた。

「これは……?」

「神官魔術の一種だ。これに名前を記入させると、そいつの持つ能力が文字として浮かび上がるというものだ。さ、早くしろ」

「う、うむ……」

 完全には理解出来ていないが、これがこの世界における力の在り方のようだ。神官魔術と言うからには、敵を倒してレベルアップ! みたいな単純な習得法ではないのだろう。ひょっとすると、魔術の専門学校なんてものがあるのかもしれない。

 まぁそれはそれとして、俺は紙に名前を書いて神官の女に渡した。

「…………なんだこれは」

 紙をまじまじと眺め、神官の女が一言。

 この言い方は、よほど想定外の能力が記されたと見ていいのかもしれない。ひょっとすると、こいつらが上げまくったハードルを軽々と飛び越える力が備わっているのかもしれない。

「何も記されんではないか」

「えっ?」

 何も記されない? 本来なら文字が記されるはずの紙に何も記されないという事は…………つまり、

「そっ、それはどういう事ですか神官様!? まさか、人智の及ばぬ力がこいつ……いや、このお方に備わっているという事ですか!?」

 俺の胸中を兵士が代弁した。つまり測定器が爆発したみたいに、この神官の女の力を越える力が俺に備わっているという事らしい。

「逆だ。こいつは何一つ持ち合わせておらん。魔法どころの話ではない。魔力の一滴すらこいつには備わっていない。分かりやすく言えば、血と肉が詰まっただけの皮袋だなこいつは」

「――――」

 否。測定するものが無いくらい、俺は無能だという事だった。

「え、嘘でしょ? そんなはず――」

 紙を確認しようとしたところで、兵士が掴みかかってきた。

「この野郎この大ボラ吹きめ! 俺は最初から思ってたんだ! こんなひょろっちぃ、例えば集団で二人組を組む時に必ず余るような奴が魔法なんて使えるわけがないってなぁ!」

 もの凄く具体的に罵倒された。そしてかなり的確だから恐ろしい。もう俺は見た目からしてそんなんなのかと、軽く死にたくなってきた。

「やれやれ……まったく、時間の無駄だったな」

「こいつめ、神官様の時間を無駄にしやがって! 投獄した後、農場で強制労働させてやる!」

「こいつはまぁ当然だが、その程度も判断出来ずに私にここまで足を運ばせたおまえも処分無しとはいかないがな」

「そっ、そんな……お許しを神官様! これ以上減給されると生活費が……別れた妻と子への養育費が!」

 何やら気の毒なやり取りがなされているが、それより。

「ちょ、ちょっと待て……! 本当に俺は、無能力者なのか……?」

「ん? ……そうだな。無能も無能、ただのクソ雑魚だ。事情は知らんが魔法使いを騙った罪、それほど軽くはないぞ?」

「そうだぞ! 貴様は投獄して強制労働の後、磔にして火炙りの刑だ!」

「いやそこまで重くはないが……」

 何やら物騒なやり取りがなされているが、そんな事より。

「紙……その紙を見せてくれ! 何か書いてはあるんだろ!?」

 こいつらには解読出来ない何かが記されているのであれば、俺が無能力者だと勘違いするのも仕方ない。

 しかし――

「往生際が悪いのぅ……ほれ。何も記されておらんぞ」

 神官の女が見せた紙には、名前以外は何も書かれていなかった。

「そ、そんな……」

 そこには、ただ一節『クラウド』と。それ以外は、余白にしては大き過ぎるほどに真っ白だた。

(ま、マジかよ……)

 無能力で異世界転生なんて聞いた事が無い。だがそれが真実なら、魔王討伐どころではないほどにヤバい事態だ。異世界から元の世界に帰る条件は『その世界の問題が解決される事』なので、何の力も持たないのであればそれは実行不可能、誰かが解決するのを待っているしかない。それはもうRTAのタイム以前に、生きるか死ぬかの話になってしまうのだ。

(やべぇどうしよう……異世界で生きていく自信なんて無いぞ)

 何かの間違いであってくれと、再度紙を凝視する。しかしどれだけ見ても、名前欄に書いたクラウドの文字以外は――


「もういいか? いいならお主の処分だが――」

「その前に一つ質問なんだが…………そこに書く名前って、本名じゃないとダメだったか?」

「それは当然だ。書き手と名前にちゃんとしたパスが繋がっていなければ、鑑定なんて出来ないからな」

「ちょっ、ちょっともう一回書かせてくれ!」

 ついクラウドと書いてしまったが、それは俺の本名ではない。

 本名ではないのだから、神官魔術とやらで能力が鑑定出来ないのは当然だったのだ。

 ひったくるようにして紙を取り、今度は本名を書く。もちろんこれは後で編集で隠しておく。

「これならどうだ」

 今度は本名を書いた紙を神官の女に渡した。

「…………これはなんて読むんだ?」

 どうやらこの世界の人間は、漢字は読めないようだ。だが書き手と名前にパスが繋がっていれば鑑定は出来るらしいので、別に読めなくとも問題は無いだろう。

「読めなきゃダメか?」

「駄目ではないが…………お主、さっきクラウドと名乗っていなかったか? クラウドと書いてあるようには見えないのだが」

「あれは、アレだ…………コードネームみたいなものだ」

「何のためにそれが必要なのかは知らんが…………おおっ?」

 神官の女が、食い入るように紙を見つめた。

「ど、どうしました神官様、このガキが何か粗相を……!? すぐに投獄しますので、何卒私の処分には温情を!」

「いや…………それには及ばない」

 神官の女が、紙を兵士に渡す。

「こ、これは……!? こいつ……いや、このお方様は……っ!?」

「あぁ…………どうやらこの者は」

「……?」

 神官の女と兵士の俺を見る目が、まさに一八〇度変わっていた。




「どうやらお主は、魔力を自在に操れるようだな」

「魔力を操る……」

 なんとなく凄そうだが、抽象的過ぎてどう凄いのかはさっぱりだった。破壊力抜群とか、もっとそういう風な具体性が欲しいところだ。

「合っているか?」

「ん? …………あ、あぁ、その通りだ」

 忘れていたが、あのやり取りは『俺の能力を見破ってみろ、それが出来たら力を貸してやる』という話だった。

「その通りだが、もっと具体的にどういう力なのか教えてくれ」

「は? 教え……?」

「じゃなかった。もっと具体的に当ててみせるのだ」

「なんだか急に口調が尊大になったような気がするが…………まぁ、いいだろう」

 神官の女――ミューズという名の女が、例の紙を読み上げた。

「えー……クラウドの能力は、魔力由来の全ての事象を操作する能力」

 ちなみに名前はクラウドで押し通した。迂闊に本名をインターネットに流すと、本人の特定に繋がったりするからな。

「あらゆる魔力を支配下に置く事が出来るので、魔力を用いた戦闘においては無敵である。また、魔力を自在に操れるので、新たな魔術の開発も可能である。総じて、魔力があれば敵無しと言える能力である。ランクは文句なしの最上、Sランクと認定。……以上だ」

「…………」

 なんだか未だかつてないないくらいに褒めちぎられていた。現実ではミジンコみたいな扱いなのに、ちょっと泣きそうなくらい嬉しかった。

「スゲェな……」

「まるで初耳のような顔だが……まぁ、凄いな。むしろ今日までどこで埋もれていたという話だ」

 現実世界のその他大勢の底の方で埋もれていました、ハイ。

「これで満足か?」

「……あぁ、充分だ」

 要は、魔力さえあれば何でも出来るという事だ。これはそんじょそこらの異世界転生ラノベよりもよほどチートではないだろうか。何でも出来るという事は、神にだってなれるという事なのだ。

「まぁ、本人に魔力が無いからそれは別口で用意しなければならないがな」

 と思ったら、割と聞き流せない弱点があった。

「え、何それは…………え、じゃあどうすりゃいいんだ? そんな大層な能力」

「別口で用意すればいいだけの…………来たぞ。くれぐれも失礼の無いようにな」

「……!」

 ミューズにそう言われ、襟元を正す。


 ここは王城、謁見の間。あの後俺はここに案内され、王様に謁見するという流れになっていた。

 謁見の間というのは、赤くて長いカーペットが敷かれているあの部屋だ。カーペットの先の階段を数段上がったところに玉座があり、その背後には大きなステンドグラスが飾られている。この世界のは特に分かりやすい、ステレオタイプな謁見の間だった。

「ほっほ……ミューズが急ぎの用とは、珍しいな」

 玉座の裏手から現れたのは、初老の男。白い髭を蓄えた恰幅のいい男で、装飾過多な服も相まって、全身で自分は王様だと主張しているような王様だった。

「はっ。どうしても我が王のお耳に入れたい話がありまして」

 さすが高官だけあって、しっかり場をわきまえていた。俺や兵士と話していた時とは表情も口調も大違いだった。

「そうかそうか。して、その男は……」

「この者はクラウドという名の男で、魔王軍討伐の大きな助けとなる男です」

「ほほう、それは……」

 王様の目が細くなる。見定めているのだろう、俺という男を。

「ふむ……おまえがそう言うのならそうなのだろうが、とてもそうは見えんな……」

 さすがは王様、人を見る目は確かなようだ。チート能力を除けば俺は、何一つ積み重ねてこなかった凡人以下の人間なのだ。

「私も初めはそう感じましたが、しかしこの神託書にはこの者が、魔王軍討伐の鍵となると出たのです」

「うむ、うむ。ワシはおまえの言葉を疑ったりはせん。あの境遇からおまえがその地位に登り詰めるまでの血の滲むような努力を、ワシは知っているからな」

「はっ……」

 照れ隠しのように頭を垂れるミューズ。何だかミューズと王様には本一冊分くらいのエピソードがありそうだが、もちろんこれはRTAなのでイベントは省略だ。具体的には、長話をしそうになったら話の向きを強引に変えるのだ。

「さてクラウドよ……」

「今から魔王軍を討伐しに行ってきます!」

 こんな風に。これはRTAなので、王様と悠長に言葉を交わしている時間は無い。異世界に来てからここまで結構な時間を費やしているので、無駄な言葉のやり取りはスキップするが如くこうして省く必要があるのだ。

「お、おいクラウド……!」

 ミューズが不敬を諌めるように裾を引っ張ってきたが、こちらにもそうするだけの事情というものがあるのだ。具体的には再生数とか。

「不躾ですみませんが、俺は魔王軍に苦しめられている人々を一刻も早く救いたいのです。だから、もう、ダッシュで行ってきますんで、ハイ」

「…………。なるほど、救世主としての意識の高さ、というわけじゃな」

「ハイ!」

 なんか都合良く曲解してくれたので、元気良く返事をした。

「ならばもうワシから言う事は何も無い。じゃあまずは支度金を――」

「いえ、それには及びません。すぐに行くので魔王の居場所を教えてください」

 支度金はカットで。どうせ安い剣と草を数個買える程度しかくれなさそうだし、チート能力があればそもそもそんなものは不要だ。

「そ、そうか。……ミューズ。案内はおまえに任せる」

「はっ。この命に代えましても、必ずや」

「そう気負うでない。それにおまえの命は、何物にも代えがたく――」

 ここら辺の話はどうでもいいので、倍速で流す事にしよう。




「さて、では魔王の城への行き方だが」

 俺とミューズは、町の外を歩いていた。あの後すぐに出発したので、特に何の支度もしないまま着の身着のまま、といった感じだ。

「……いや、それより本当にもう向かうのか? もう少し準備とかした方がよかったんじゃないか? 具体的には買い物とか腹ごしらえとか」

「買い物は俺の能力があれば必要無いし、腹ごしらえは…………別に腹減ってないし」

 とは言ったものの、実は結構空腹である。

 俺が急いでいる理由はこれがRTAである事の他にもう一つ、腹を減らしたくないというのがある。

 食事に関しては国王公認で魔王軍を討伐しに行くのだから、食うに困るという事は無い。その気になれば王様の一言で、町中の食い物食べ放題だ。

 では何故そうしなかったのかと言うと、それはこの世界の食べ物が体に合わない可能性があるからだ。

 前に見たRTA動画の話だ。その走者が異世界で食事をしたところ、腹を盛大に壊してトイレで大幅なロスを生むという悲惨な出来事があった(いわゆる脱糞RTA)。

 何故そんな事になったのか。それは動画の異世界の文化レベルが中世そのものだったので、食べ物に対する衛生意識が現代に比べて低かったからだ。分かりやすく言えば、あまり清潔ではなかったという事だ。

 そういう理由で、俺は異世界の食べ物を一切口にしない事にしていた。一日くらいなら食わなくても平気だし、空腹による体力の低下はチート能力で充分カバー出来る。それに例え腹を壊さずとも、普通の用便で中世レベルのトイレには入りたくないので、やはりここで食事をするべきではないという結論に至った。

「そうか。まぁ、無理にとは言わんがな。手早く済ませたいのはこちらも同じだし。いや、本来はそんな近所の悪ガキを懲らしめる感覚で討伐など出来ないのだがな……」

 俺の能力がそういうセリフを言わせているという事なのだろう。

 俺のこの能力、今ではかなり理解が深くなっている。『魔力があれば何でも出来る』なんて小学生が考えたような具体性皆無の能力だが、理解を深めた今、世界最強の具体性皆無の能力として操れつつある。

 つまり要するに――何でも出来るのだ。

「じゃあさっそく魔王城の場所を教えてくれ」

「その前に、まずは四天王から倒さねばならん」

「四天王? ……いや、ひとまず魔王を倒させてくれ」

 それでRTA終了だから。

「ところが、そうもいかん」

 ミューズが、どうそうもいかんのかの説明を始めた。

 要約すると、魔王城の周辺には四天王による結界が張ってあって、その結界内では魔物以外は生存出来ないのだそうだ。単純に壁として道を阻んでいるのではなく、言うなれば毒ガスが蔓延しているようなものなので、さすがの俺でもそれは無視出来ない。どうにかする事自体は可能だろうが、その間に俺はともかくミューズが生きていられるとは限らないし。

 ちなみにミューズを同行させるのは、動画映えのためである。やはり男の一人旅よりも、横に美人がいた方が再生数も伸びるのだ。

「……つまり、四天王を先に倒せばその結界は消えるんだな?」

「うむ。だが四天王はどいつもかなり離れた場所に居を構えているから、かなりの長旅になるぞ。……やっぱり町に戻って支度をした方が」

「それは大丈夫だ。一番近い四天王の居場所は分かるか?」

「あ、あぁ……それなら把握しているが」

 さて、ここで問題になるのが、魔力だ。俺は魔力を自在に操れはするが、肝心のその魔力を一滴たりとも持ち合わせていないらしい。

 なので、魔力は別口で調達する必要があるのだが――それはすぐに解決した。

「じゃあそこまでワープするから。魔力借りるぞ」

「えっ?」

 魔力が無いなら、近くの人に借りればいい。なんたって俺は魔力を自在に操れるので、それくらいの事は造作も無いのだ。

 ミューズが目をぱちくりさせている間に、俺とミューズの体は遠く離れた地へとワープした。




 着いた先は、四天王の一人の目の前だった。

「……!? な、何奴!?」

 長い銀髪の、端正な顔立ちの男だ。だが灰色の肌の色はどう見ても人間のそれではなく、一目で魔物、それもかなり上位の種族だと分かった。

 そんな如何にも強者ですって奴が初登場時に狼狽えた顔を見せてしまっているのは、まぁ仕方のない事だ。

 ここは地上三〇階の塔。各フロアには強力な魔物や罠が仕掛けられているらしく、それはどんな精鋭部隊も五つ進まない内に全滅してしまうほどのものらしい。

 説明が伝聞形式なのは、俺たちがそれらをすっ飛ばして最上階にワープしてきたからだ。ついでに言うと挑んだ奴は五つ進まない内に全滅しているので、六階から先が魔物や罠だらけなのかどうかは定かではない。

「俺たちは…………おまえを倒しに来た者だ」

 RTAの見せ場とも言える初戦闘なので、ちゃんとしたセリフを考えておくべきだった。

「貴様ら……どうやってここに」

 ここは塔の最上階だ。ここで戦闘をすると想定して作られたのか、四天王の奴が座っている仰々しい椅子を除けばほとんど何も無い、殺風景な部屋だった。こいつはここでどうやって生活しているのだろうか。

「…………あの玉か?」

 そんな中で唯一目立つのが、椅子のてっぺんに飾られた青い玉。いや、ここは雰囲気重視でオーブと言っておこうか。

「いや……あのオーブか?」

「何故言い直したのか分からんが、そうだ」

 四天王が持つオーブを全て破壊すれば、結界が消滅するのだそうだ。

「……人間風情が我が前に立ちはだかる事の意味、身を以て知るがいい!」

 と、魔物の男を無視してミューズと話をしていたら、なんか怒りだして魔力を解放し始めた。赤黒く禍々しい瘴気を、纏うように自身の周囲に展開した。

 一見するとヤバそうだが、この世界における力の源泉は人間も魔物も魔力なので、相手が何をしようが俺の前では何の意味も無い。

 と言うより、むしろありがたい。あれだけ魔力を解放してくれれば、今後の行動の際にミューズから魔力を借りずとも事足りる。言うなればあの魔物の行動は、餌を撒き散らしているも同然なのだ。

「――はっ!」

 魔力操作能力で魔物の魔力を人間用の安全なものに変換。その後、魔力で作った魔力貯蔵仮想ボトルに吸収していく。分かりやすくイメージするなら、掃除機で煙を吸引するような感じだ。

(しまった……この技の名前考えとくんだった)

 技の効果を名前にするなら、マジカル・エナジー・バキューム…………何も言わない方がマシだな。

「ぐっ、おぉ……きっ、貴様、何を……!」

 魔物の男の表情が苦痛歪む。どうやら魔物は人間よりも魔力を多く有している分、生命活動における魔力の役割が非常に高いらしく、魔力の枯渇は命の危機に繋がるのだそうだ。今俺はあいつが解放している魔力のみならず、体内に巡る魔力も吸収しているので、あいつにとっては命そのものを吸われているに等しい状態なのだ。

「罪無き人々を苦しめた罪を贖う時が来たのだ」

 ちらりとミューズを見る。うんうんと頷いているところを見るに、実際に苦しめてはいたようだ。

「こっ、これ以上は…………がぁぁぁぁっ!」

 突如、魔物の男が飛びかかってきた。これ以上の魔力の吸収を、原始的な暴力を以て止めようというのだろう。

「ブッ!?」

 しかし決死の突進も空しく、俺がついでに展開しておいた見えない壁に阻まれ、それは自身の顔面を潰す結果にしかならなかった。

「あ、ああ……」

 やがて肌は渇き、魔物の男はまるで砂細工のようにボロボロと崩れ落ちていった。

(ちょっとグロい……)

 編集時に修正しておこう。

 何はともあれ、四天王の一人を無事撃破した。


「まさかこんなにあっさりと……」

 ミューズが驚きの声を上げる。四天王は人間にとってよほど脅威だったのだろう。ミューズの魔力が五〇〇程度だとすると、今の奴は四〇〇〇くらいあったしな。

「で、あの玉……オーブを壊せばいいんだっけ?」

「何故言い直したのかわからんが、そうだ」

 椅子からオーブを取り外す。触感は少し熱を帯びたガラス玉といった感じだ。熱を帯びている理由は魔力によるもので、このオーブには魔物の魔力が込められていた。

 本来の目的はこれを破壊する事だが、俺にはちょっとした考えが浮かんでいた。

「オーブを壊せば結界が消えるという事は、結界の維持にはオーブの力が必要だという事にならないか?」

「それは…………理屈ではそういう事になるのかもしれんな。もっとも、今までオーブを手にした人間はいないから確かな事は言えんがな」

「って事はつまり、このオーブを介してなんやかんやすれば、他のオーブを壊さずとも結界を解除出来るんじゃないか?」

「…………。手段が曖昧過ぎて同意し兼ねるのだが……」

 オーブがいわゆる鍵の役割を持っているのなら四つ壊す必要があるのだろうが、ゲームじゃあるまいし現実世界で(異世界だが)そんな回りくどい解除の方法なんて普通は取らない。ガスの元栓を閉めるために、家中のエアコンを作動させるようなものである。それにそもそも魔物側には結界を解除する理由が無いので、解除の方法を設定しておく意味が無いのだ。

 つまりオーブは結界解除の鍵ではなく、結界を維持するための役割を担っているという事だが、それならオーブを介して他のオーブに干渉して魔力を停止させてしまえば結界は消えるのではないか、という事だ。

「まぁ、やるだけやってみよう」

 俺は魔力をなんやかんやした。具体的にはオーブにこちらの魔力を送り込み、他のオーブに浸透させたところで魔力を変質させた。まるでカードを一気にめくるように、他のオーブに込められていた魔物の魔力を人間の魔力に書き換えたのだ。

「……お?」

 やがて手元のオーブに変化が現れた。青く輝いていたオーブが、機能停止したようにその色を失った。手元のオーブは、歪曲した向こう側が見えるだけの透明な水晶玉になった。

「これは……どういう事だと思う?」

「前例が無いから推測でしかないが…………結界が消えたんじゃないか?」

「じゃあ見に行ってみるか。結界の手前の場所にワープだ」

 吸収した魔力を使って、俺とミューズは再びワープした。




 結界の手前にやってきた。

 先ほどの成果は訊かずとも分かった。結界の手前であるはずなのに、そこには一切の力が感じられなかった。

「一応訊くけど、消えてるよな?」

「あぁ。以前感じた禍々しい気配が、見事に消失しているな……」

「よし……!」

 四天王の内の三人を無視出来るなんて、これはバグ技にも等しいチャートだ。ちなみに本RTAは何でもアリのルールで行っています。

「あとは魔王の城に乗り込むだけだな」

「いや、他の四天王も倒してくれるとありがたいのだが……」

「たぶん魔王を倒せば消えるか逃げるかするだろ」

 消えなかったら消えなかったらで倒しに行けばいいだけだし。消えてくれる可能性がある分、最初に魔王を倒しておくべきなのだ。タイム的に。

「遂に最終決戦の時が来たな……!」

 とりあえず動画用にクライマックス感を出しておいた。

「町を出てまだ一時間も経っておらんがな」

 水を差されつつ、俺たちは魔王の城へワープした。




 もちろん、入り口にワープなんてケチくさい真似はしない。

 着いた先はさっきと同じく、ボスの部屋だ。

城の最深部は地下にあるらしく、この空間に自然の光は存在しない。不気味にたゆたう蝋燭の火だけが、この部屋における唯一の光源だ。壁にずらりと並んだキャンドルスタンド、天井にはシャンデリア。無数の蝋燭が、青白い炎を咲かせて部屋を照らしていた。

「結界が消えたと思ったら、また妙な人間が現れたものだ……」

 魔王と思しき男が、玉座に座っていた。さすがは魔王、この事態にも全く取り乱していない。さっきの四天王の奴とは大違いだ。

「おまえが魔王か」

「自称した事は無いが、魔物どもの王という意味なら私は魔王だな」

 玉座に座っていた魔王が立ち上がる。

 一振りの大鎌と漆黒の外套は死神を彷彿とさせ、動物の頭蓋骨の仮面は魔王という存在の不気味さを一層際立たせている。二メートルをゆうに超える体格と圧倒的な魔力量は、人の身では絶対に勝てないという摂理を戦わずして突き付けてきた。その魔力量はなんと総量五〇万。四天王ですら、魔王の前では赤子も同然だった。

「魔王よ……今日がおまえの命日となる日だ」

 今分かった。RTA走者は、走る前にシチュエーションごとにセリフを考えておくべきだ。特にラスボス戦で気の抜けたセリフを放つとそれだけでもう脱力ものだ。

(きっと有名走者はあらかじめ考えておいてるんだろうな……)

 次に活かそう。まぁこの動画で大金持ちになるし、次なんて無いがな。

「人間風情が……絶望と共に消えゆくがいい!」

 ちなみに魔力を操れるという性質上、相手の魔力が多ければ多いほどこちらの攻撃力も跳ね上がるので、魔王戦は四天王戦よりも簡単に片付いた。




「遂に……遂に魔王を倒したぞ!」

 両腕でウォォォ! とガッツポーズ。

「文字通り一瞬で消し炭になったな……。……我々人間は魔王にあれだけ苦しめられていたはずなのに、この釈然としない感じは何なんだろうな」

 ミューズは微妙な顔をしていた。ここはもっと感動的に、例えば目に涙を浮かべて抱き付いてくるとかしてくれると、非常に動画映えするのだが。

「……ん?」

 ふと気付くと、俺の体の周囲に光の粒子が纏わりついていた。

 これは帰還の兆候だ。俺たち異世界転生者は、転生先で目的を達成する事で元の世界に帰れるようになる。一応、転生先で強い絆が結ばれでもしていたら帰還を拒否する事も可能だが、それは今の俺には関係無い。RTAの性質上そういったイベントは起こさずに来たので、帰還は強制だ。

「なんだその、光ってるのは……?」

「元の世界に帰る合図みたいなものだ。実は俺、別の世界からやってきたんだ」

 ここでカミングアウト。絆の深まるようなイベントを起こしていれば、ここは感動的な別れの場面となるのだが……

「……そうか。それはわざわざ済まなかったな、こちらの世界のために」

 まぁこんなものである。非常に淡白で後腐れが無い。

「まぁこうなってるから、残りの四天王はそっちで何とかしてくれ」

「それは大丈夫だ。魔王が死んでから城内の魔物の気配がぱたりと消えてな。おそらく四天王も同様に消えているはずだ」

「そうか……」

 むしろ、そうだからこそ帰還出来るのかもしれないな。四天王が第二の魔王になる可能性を考えたら、そいつらを残しておいたら平和になったとは言い難いし。

 周囲の光が強くなる。もう間もなく、俺はこの世界から消えるだろう。

「それじゃあ…………おまえとの旅は、一生忘れないからな」

「あ、あぁ…………一生ものにするほど濃密な時間を過ごした覚えはないがな。二、三時間くらいだろ、私たちが一緒にいたのは」

 こいつは本当に空気が読めないな!

「……コホン。ミューズ……おまえがいなかったら、俺はこうして魔王を」

 俺の姿は、異世界から消えた。




「はいここでタイマーストップ!」

 机の上に置いてあったタイマーを止める。

 戻った場所は、異世界転生ボタンを押した場所――自分の部屋だ。

 カーテン越しの光は、まだ日が高い事を告げている。開始したのが朝の六時だから、さほど時間が経っていないという事が分かる。

 つまり、好タイムが期待出来るという事だ。

「時間は――3時間25分34秒!」

 これはなかなかの好タイムだ。異世界RTA動画全体でも、これより早いのは数える程度だ。

 やはり四天王省略チャートが効いたのだろう。加えて、魔王を倒せば魔物が消えるシステムだったのも幸運だった。魔物の残党が残るなら、こうも上手くはいかなかっただろう。

 それに能力も良かった。性能は多少複雑だったけど、移動時間や戦闘時間を大幅に短縮出来たのは、全てこの能力のおかげだ。魔王だって文字通り瞬殺出来たし。

 総じて、幸運に恵まれたRTAだったと言えるだろう。RTAの性質上運要素は避けて通れないので、一番大事なものに恵まれたRTAだったと言える。

 これは再生数にも大いに期待出来る。月収うん百万の世界に手が届くところにまで、俺はやってきたのだ……!

「それでは、これにて本RTAは終了です。長時間の御視聴、ありがとうございました」

 そう締めくくり、俺は動画編集前の腹ごしらえをするために部屋を出た。



 後日。

「さて、動画の再生数はっと……」

 動画を投稿してから一晩経った日の朝。

 俺は逸る気持ちを抑えつつ、動画サイトにアクセスした。

「…………1928?」

 再生数、1928。

 異世界RTAでこの数字は、かなり低いと言わざるを得ない。当然、広告収入で月収うん百万なんて夢のまた夢である。

「な、なんでこんなに低いんだ……!?」

 タイムは良かったはずだ。画面映えするヒロインだっていた。視覚的にヤバそうな画にはモザイクだってかけたし、動画に問題になるようなものは無かったはずだ。

 俺は視聴者からのコメントを確認した。この動画サイトには、視聴者が動画に対して自由に発言出来る場所があるのだ。

「ええと、なになに……」

 コメント欄に目を通す。

 喋り方がキョドり過ぎててキモイ。画面ブレ過ぎで酔う。眼鏡内臓カメラだから分かるが、ちょいちょいミューズの胸を見てるのが丸分かり。広告張り過ぎていちいち動画が止まってウザい。決め台詞が全部寒い。起伏が無さ過ぎて動画が退屈。サムネがつまらない。クラウド(笑)。

「…………」

 思いっきり叩かれていた。

「ぐ、ぐおお……!」

 だったらおまえが動画出せやぁ! と返信しそうになる心を抑える。投稿者として、それは一番言ってはいけない言葉だ。

 あらん限りのボロクソ具合だが、むしろこれはチャンスなのだ。俺の動画にこれだけの不満が噴出したという事は、裏を返せば俺の動画にはこれだけの改善点があるという事。一つ一つ解消していけば、やがてそれは再生数に反映され、俺は億万長者への道を歩み始める事が出来るのだ。

「…………再走だな」

 新たな決意を胸に、俺はもう一度異世界へ転生する事に決めたのだった。

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魔王討伐RTA(3時間25分34秒) 生ハム @sss_special

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