Rip Stick 21

「…おめでとう」

「え?」

「よかったじゃない。わたし、みっこの恋、応援してたから」

「さつき…」

「もう、このまま川島君とつきあったらいいわよ。川島君もみっこのこと『いい』って言ってたし。みっこの望みどおりになったんでしょ?」

「…あたしが望んでいたのは、こんなんじゃない」

「じゃあ、なにが望み?」

「あたし、川島君とつきあいたいなんて、思ってない。さつきから川島君を奪おうなんて、これっぽっちも考えてなかったから…」

「いいわよ。そんな綺麗ごと言わなくても」

「綺麗ごとなんかじゃ…」

「好きな人とつきあいたくないなんて。あるわけないじゃない!」

「…」

「なんかわたしって、バカみたい。みっこのこと、応援したりして。自分の恋敵だったのにね」

「…そんな」

「わたし、ずっとみっこに騙されてた。嘘、つかれてた」

「ごめんなさい。だけどあたし、あなたとはずっと親友でいたいから…」

「嘘で塗り固めた親友? そんな友情ってないわよ!」

「…」

「昨日、みっこが話してくれた長崎でのことだって、どうせ口から出まかせだったんでしょ?!

あのときわたし、『みっこはわたしと川島君の仲を、持ってくれようとしてるんだな』って思って感動したけど、損しちゃった」

「そんなことない。ほんとの話よ!」

「嘘! みっこは『誘われたときは、悩んだ』とか『変なことになったら困る』とか言ってたけど、ほんとはそうなるのを望んでたんでしょ。『文哉さんが好きだから』とか、嘘ばっかりついて!」

「…それは。あたしが文哉さんを好きなことにしておけば、さつきとはうまくやっていけるんじゃないかと思って…」

「『うまくやっていける』って、わたしのこと、うまく騙し通すつもりだったってことよね」

「違う! あたしも… あなたに嘘をつくのは、心が、痛かった… 潰れそうだった」

「いい子ぶらないでよ!」

「そんなつもりじゃ…」

「もうわたし、みっこの言うこと、なにも信じられないから」

「ごめんなさい。ほんとにごめんなさい。でも、あたしの話も聞いて」

「聞きたくない! どうせ嘘っぱちの話だし。みっこは嘘しか言わないし!」

「ひどいっ。そんなひどいこと、言わないで」

「どっちがひどいのよ! 嘘ばっかりついて、わたしを騙して!

もういいから、わたしのことは放っといてよ! もう電話してこないで!」

「そんな言い方しないで! いくらさつきだって…」

「だってなによ! わたし、今までみっこに友だちができなかった理由が、よくわかった。

みっこみたいにワガママで嘘つきで、親友の彼氏でも狙うような女。友だちなんかできないわよ!

もうわたしのことは放っといて!」

「さつき。さつき! 切らな…」


受話器の向こうの懇願する声も聞かず、わたしは一方的に電話を切った。


わたしって、最低。

なにもかもブチまけてしまって、わたしはいったいどうしたいの?

今、いちばん傷ついているのは、川島君の言うとおり、森田美湖なのに。

それなのにわたしは、彼女の気持ちをまったく考えてやることもできず、わたしの一方的な感情ばかり振りかざして。


わたしはきっと、みっこに復讐したかったのかもしれない。

酷い言葉を投げつけて、みっこのこと、傷つけてやりたかったのかもしれない。

この半年の間、みっこには鬱屈うっくつした思いを、いつだって味わわされてきた。

そして、どういういきさつにしても、結果的にみっこのせいで、わたしと川島君は別れたんだから。

みっこにも、わたしと同じくらい傷ついてほしい。

そんな勝手なことを考えていたのかもしれない。


そんなわたしだから、『みっこのこと、少しは見習ったら』って、川島君から言われるのも、当たり前。

みっこもあきれてるよね。

ううん。

あそこまで言ってしまったんだもん。

怒ってるよね。

わたしのこと、許せないくらいに。




電話であんなひどいことを言った以上、もうみっことも、友だちでいられない。

わたしがいちばん大事にしていた恋人と親友。

川島祐二と森田美湖のふたりを、わたしはいっぺんに失くしちゃったんだ。


わたしはいつでも、あのふたりに対する、コンプレックスがあった。

川島祐二は、わたしが果たせない夢を、確実に現実にしていき、自分の道をしっかりと歩いている。

森田美湖は、わたしにない魅力をたくさん持っていて、だれが見ても素敵な女性。

このふたつの現実から逃げようと、この半年くらい、わたしはそればかりを考えていたのかもしれない。

今日、ふたりにあんなにまでヒステリックに当たり散らしたのも、そんなわたしのコンプレックスの裏返し。

もし、『ディズニーランド事件』のことも、『長崎事件』のことも、そのときにちゃんと向き合って、話し合って解決していたら、わたしたちはこんなひどい結果にならなかったかもしれない。


ううん。

そんなことない。


いずれはこうなる、運命だったのかもしれない。

人間なんて、結局ひとりぽっちなんだから。

恋人だって親友だって、長い人生の間で、一瞬だけ交わる異邦人エトランゼ

所詮、他人。



「いいもん。今までだって、みっこも川島君もいなくてやってこれたんだから、その頃のわたしに戻るだけじゃない。これからだって、新しい友だちや彼氏作って、楽しくやっていけるわよ!」


そんな強がりを言いながら、わたしはようやく、涙が溢れてきた。

そうすると、今度は止まらない。

わたしは一晩中、ベッドのなかで泣き明かした。






その日から、川島祐二からも森田美湖からも、もう電話がかかってくることはなかった。


END


21th Sep. 2011

19th Feb.2018 改稿

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