Rip Stick 10

「はいっ。次はこのブラウスとスカート。ベルトもして!」

さすがにイベント慣れしている小池さんは、手際もあざやか。

みっこが着やすいように、小池さんはブラウスを広げる。みっこはそれに、さっと腕を通す。

「さつき。スカート広げて!」

わたしはあわててスカートを床におろし、ドーナツ状に広げた。

ブラウスのボタンを留めながら、みっこはその輪のなかに飛び込む。それを確認して、わたしはスカートをたくし上げる。

「みっこちゃん、髪。これつけて!」

「みっこ、スカート終わったわ。小池さん、ベルトください!」

そのとき、ステージの袖から、悲鳴のような声があがったかと思うと、進行係が真っ青な顔で叫んだ。


「26、27、28番、出ます! 準備いいですか!」

「えっ? まだ40秒しか経ってないのにっ?」

「ステージのモデルが振りを間違って端折ってしまって、もう帰ってきたの!」

「うそっ! まだ服着てないのにっ?!」

「もうダメ! 戻ってくるわ!」

最後のモデルは緊張のせいか、リピート部分の回数を間違ってしまい、予定より早くセンターステージから戻ってきてしまった。

早すぎる!

予定より15秒も早いっ!

ステージがガラ空きになっちゃう!


「小池さん、髪いいわ。出ます!」

「えっ? みっこちゃん、まだコサージュが」

「大丈夫」

小池さんから受け取ったコサージュを、みっこはステージの袖に駆けていきながらつける。

「みっこ、靴は?!」

「履いた」

「ベルトも…」

「してる」


いつの間にやったんだろ?

まだ渡してなかった靴もソックスも、ベルトやネックレスまで、みっこはすっかり身につけていた。

ステージの袖にスタンバイした彼女は、脇に置かれた大鏡で自分の全身をチェックすると、ハラハラとなりゆきを見守っている進行係に伝える。

「26、いいわ」

「27、28はっ?」

「ダメっ。あと15秒」

「OK もたせるわ」

そう言って、わたしたちに軽くウィンクして微笑むと、みっこはステージのライトのなかに、飛び出していった。


 ステージはみっこの独壇場。

つい今までのバックステージでの修羅場を、微塵も感じさせない。

春の女神のように明るく微笑みながら、アップテンポの曲に合わせて軽やかなウォーキングで、彼女はクルリクルリと、小気味いいターンを重ねていく。

ウエストがきゅっと絞られた、春色の綺麗なラインのサーキュラースカートが、みっこがターンする度に、ふわりふわりと舞い上がり、花びらのようなシルエットを描いていく。

セットの途中だったヘアも、みっこは上手く纏めてふんわり感を出し、それが自然で、春のイメージにすごく似合っている。

ランウェイを、春風のようにふわふわとウォーキングしながら、センターステージで踊るようにターンをし、客席に大きく手を振って投げキッスをしてみたりと、まるでアドリブとは思えない素敵なショーイングで、みっこはひとりで観客を魅了していた。


「ゴメン。緊張してアガっちゃって… お客さんが満員のステージって、リハーサルとは全然違うんだもん。わたしもう、ダメ」

振りを間違えたモデルが、泣きそうな顔でベソをかきながら、すれ違った。

チームのメンバーが、彼女の肩をたたいて、慰めている。


「はぁっ。まったく、すごい子ね」

その様子を一瞥した小池さんは、ステージの袖から客席のみっこを見つめ、呆れたようにため息をついた。

「着替えがたったの50秒か。さすがね~」

「根本的な着替え方が違うのよ。他のモデルって、はだか見られるの恥ずかしがったりして、隠そうとしたりするじゃない。その点森田さんは、あっぱれなくらいスパッと脱いでくれちゃって、やっぱりプロモデルは意識が違うわよね」

他の4年生が、小池さんのとなりにやってきて、そんな感想を言っていた。



 最大の修羅場をなんとか乗り切ってしまえば、あとのフィッティングは、ずっと楽だった。

小池さんの指示もいいし、衣装やアクセサリーもよく整理されていて、戸惑うこともない。

みっこも自分でサクサクと着替えをしてくれるので、わたしたちは気持ち的にも余裕ができ、みっこがステージに出てしまえば、舞台袖の隙間から、その様子を眺めることもできた。

 みっこが着る衣装は、全部で9着。

去年のファッションショーに出さなかった分を挽回するかのように、参加チームのコレクションのなかではいちばん多い。


 今年の小池さんのファッションテーマは、『ゴシック』。

女の子ならだれでも憧れる、中世のお姫様のようなアイテムをアレンジして、いろいろ盛り込んでみたらしい。

最近は『MILK』や『Jane Marple』といった、『ロリータファッション』と呼ばれるトレンドが注目されはじめてきたらしいけど、小池さんはそれに、バッスルスタイルやレースアップ、コルセットやクリノリンといった、中世の衣装の要素を取り入れてアレンジし、ドレスによってはクリベージ(胸の谷間)を強調して、女っぽさを出したりもしている。

色彩も、オープニングに着た漆黒のドレスから、ビビッドなプリント模様やパステルカラーと、とっても多彩。

ドレスは一点一点、ラインも丈もシルエットも違っているものの、『ゴシック』をテーマにして統一感を出している。

『ロリータ』っていうと女の子っぽい甘いイメージだけど、あまり幼くなりすぎず、中世独特の品格と、形式美のような優美さを醸しだしていて、それぞれ素敵なデザイン。

そしてみっこは、そのひとつひとつのドレスを、それにいちばんふさわしいポーズをつけ、服のシルエットを見せながら、表現していく。

わたしみたいな素人が見たって、その表現力は、他のモデルとの差が歴然としていた。


『西蘭女子大のミスコンがわり』というだけあって、このファッションショーに起用されているモデルは、みんな、みっこに負けず劣らずの美人ぞろいで、華もあってスタイルもよく、多くの子がみっこより身長も高いんだけど、『ファッションモデル』という点から見れば、みっこに敵う女の子はいなかった。


ぎこちない足どりや、背筋を曲げて歩くだけで、いきなり服は死んでしまう。

モデルの自己主張が強すぎても、服は主役になれずに、脇に退いてしまう。

だけどみっこは、服を主役に引き立て、まるで命を吹き込むように、自由に舞い踊らせ、彼女のからだに鮮やかにからみつかせ、見る人の目に、印象的な残像を残していく。

小池さんは、それをただ、黙って見つめていた。


そうじゃない…


感動で、言葉が出なかったのかもしれない。


つづく

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