Rip Stick 4
「今だから言うけど、あたしね。さつきのことが、すっごく羨ましかったの」
「え?」
「あの頃…」
みっこは瞳を閉じて、去年の様々なできごとを思い出すように、かすかに微笑んだ。しばらくそうして、おもむろに目を開き、わたしにニッコリ微笑む。
「去年の今頃って、よく、さつきの恋話を聞かせてもらって、相談に乗ったりしてたわよね」
「うん…」
「あの頃はまだ、川島君との恋の行方なんてわかんなかったけど、人を好きになって、生き生き輝いているさつきが、ほんとに羨ましかった」
「…みっこ」
「あたし、さつきには、いろいろけしかけるようなこと言ったでしょ。だから、さつきが川島君とつきあえるようになって、ほんとに安心したのよ」
「…うん」
「こんなこと言うのも変かもしれないけど、川島君と長崎に行ったときね、彼はほんとに『紳士』だったわ」
「紳士?」
みっこは真顔で、わたしを見つめる。
わたしをこんな、思い出の場所に連れてきて、今いちばん気にしている件を持ち出すなんて…
彼女はいったい、なにを言いたいんだろう?
その言葉の意味を知りたくて、わたしもみっこを探るように見つめた。
「よくいるのよ。下心のあるカメラマンって」
「え?」
「モデル仲間とか、撮影会モデルさんからよく聞く話なんだけど、『作品性』とか『芸術性』とかにかこつけて、意味もなくモデルを脱がせたがったり、『ポーズ指導』とか言って、スケベ心丸出しで触ってきたり、撮影のあとのアフターを期待して、食事とかドライブに誘ってきたりするカメラマン。
そういうのって、けっこう多いみたい」
「そっ、そうなの?」
「『いい作品撮るためにお互いが理解できるよう、セックスしなきゃ』なんて露骨に言われた、って話も聞いたことあるし」
「うっそぉ~!」
「カメラがナンパの小道具。写真を撮るより、女の子を釣るアイテムになってるカメラマンって、いるのよね~。なんだか、がっかり」
「『綺麗に撮ってやるから』、なんて言って口説くならわかるけど… プロの世界でもそうなの?」
「まあ、ね。似たようなものかな。
撮影のときは、たいていクライアントやエージェントの人も観てるから、そんなに露骨な態度とられることはまずないけど、モデルなんてただの『パーツ』か『素材』で、自分は芸術作品を生み出してるつもりの、アーティスト気取りのカメラマンは、よくいるわね。
そんな『上から目線』で撮影されちゃ、例えお仕事でも、こっちも気分が萎えるわ」
「やっぱり、そんなものなのね」
「でも。川島君は違ったの」
「え?」
「あたしのこと、いっしょに作品を創り上げていくパートナーとして。でも、あくまで『モデルとカメラマン』として。『自分の恋人の親友』として。理想的な接し方をしてくれた」
「そ… そう」
「川島君って、なんだか安心できるのよね」
「安心?」
「クルマのなかとかでふたりきりになっても、不安を感じないの」
「ふ~ん…」
「いろいろ聞いたわよ」
「えっ? なにを?」
「さつきのこと。川島君、嬉しそうに話すのよ」
「ほっ、ほんとに? なんの話ししたの?」
「さつきの小説の話とか、文学の話とか、恋愛観とか。今までさつきとしかそんな話はしなかったから、川島君の口から聞くのは視点がちょっと違ってて、とっても新鮮だったわ」
「川島君、どんなこと言ってたの?」
「たくさん話しすぎて、ひとことじゃ言えないけど…
ただ、川島君はさつきのこと、ほんとに大事に思ってるんだって、つくづく感じちゃったかな。なんだか妬けちゃた」
そう言って、みっこはクスッと笑いながら、続ける。
「ぶっちゃけ、最初に誘われたときは、かなり悩んだのよ」
「悩んだ? なにを?」
「川島君はさつきの彼氏だし、あたしは、文哉さんのことが好きでしょ。こういう言い方って失礼かもしれないけど、『変なことになったら困るな』って、最初に誘われたとき、思ってたの。でも、全然そんな心配なかったわ」
「…」
「あなたたちって、『離れていても、お互いを思いあってるんだな』って実感できたのが、川島君と長崎に行ったときの、あたしのいちばんの収穫だったかもね」
「…」
「ふふ。それだけ言いたくて、こんなところにきちゃった。さ。リハがはじまるから、もう行きましょ!」
みっこはそう言って素早く立ち上がると、パンパンとスカートについた草切れを払った。だけどわたしは、いろんな思いが交錯して、胸が熱くなって、なかなか動きだせない。
『仲直りしたら?』
とか言うような押しつけがましいことを、直接言わないだけに、みっこがわたしと川島君のことを、ほんとに気にかけてくれているんだと、心から感じる。
そして、わたしたちが上手くいくことを、心から望んでくれている。
なんだか恥ずかしい。
そんなみっこを、ずっと疑っていて。
『あたしが好きなのは… 文哉さん』
って先週の夜、みっこから告白されても、心のどこかで、『みっこは嘘をついているんじゃないか?』とか、『ほんとは川島君が好きなのを、隠してるんじゃないか』って、疑ったりもしていたけど、それはわたしの思い違いだった。
『相手の
だなんて、藤村さんの奥さんのことを、ボカした言い方するもんだから、てっきりわたしは、自分のことを遠回しに言われているのかもしれないと、勘ぐっていた。
でも、そうじゃなかったんだ。
つづく
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