vol.18 Rip Stick

Rip Stick 1


 憎らしいほどに、天気のいい朝だった。

11月3日。文化の日は、西蘭女子大学の文化祭。

雲ひとつない真っ青に澄み渡った空が、どこまでも高く続いている。

わたしは校門の前のバス停のベンチに、ひとりで座っていた。

目の前をたくさんの人が通る。

みんな、なんにも悩みがないように笑い、楽しそう。

風船がちっちゃな女の子の手を離れて、高い空に舞い上がる。

かげりひとつない青空の彼方に、吸い込まれていく。


「さつきちゃん。待った?」

ポカンと風船のゆくえを見つめていたわたしの肩を叩いて、声をかける男の人。川島君だ。

「ううん。わたしも今来たばかり」

風船から川島君に視線を移したものの、わたしはその瞳を見れず、ぎこちなく微笑んで答えた。


先週のダブルショック以来、川島君とはなんとなく、ギクシャクしてしまっている。

小説コンクールのことも、みっこのモデルのことも、頭では理解していて、納得もしているんだけど、心の奥のどこかに、まだ感情的なシコリが残っているみたい。

日曜日にせっかく川島君からかかってきた電話にも、居留守を使っちゃったし、そのあとのデートの誘いも、文化祭の準備や学校の課題を口実に、なんとなく断っていた。

今日の文化祭も迷ったんだけど、川島君が『ぜひ』って強く言うんで、渋々いっしょに行くことにした。


ううん。


川島君が嫌いになったわけじゃない。

いろいろあったけど、今でも彼のことは、心から好き。

だけど、なにかが邪魔をして、それを素直に表せなくなっちゃってる。

もしかしてわたしは、川島君を拒むことで、彼から強く必要とされるのを、待ち望んでいるのかもしれない。


川島祐二に小説コンクールで負けたこと。

モデルとはいえ、わたしより森田美湖が選ばれたということ。


このふたつの事件で、わたしの創作者として、女としてのプライドは、深く傷つけられてしまった。

『わたしはもう、川島君には必要じゃないのかも』とさえ、思うくらい。


わたしはみっこみたいな美人でもないし、スタイルもよくない。

小説を書くのは好きだし、プロになれるくらい上手うまいとうぬぼれていたけど、所詮しょせん、趣味でやってる川島君ほどの才能もなく、『小説家を夢見る』ただの平凡な女子大生。

そんなとりえのないわたしでも、川島君がほんとに好きでいてくれるのなら、追いかけて捕まえてほしい。

わたしをもっと強く、求めてほしい。

川島君から逃げるのは、そんな願望が無意識の底にあるからかもしれない。


「今日はぜひ、さつきちゃんといっしょに来たかったんだ。去年はひとりでさつきちゃんを探しまわって、ロクに催しも見れなかったから、そのリベンジにね」

セピア色に色づいたポプラの樹の並ぶ、ゆるやかな上り坂になっている校門までの道を、ふたりで肩を並べて歩き、川島君は弾んだ声でわたしに話しかける。

なのにわたしは、ふさぎ込んだ浮かない口調で、ひとことだけあやまった。

「…去年は、ごめん」

「いや。別にそういう意味で言ったんじゃないんだけど」

「…」

「さつきちゃん?」

「…」

「どうしたんだい? さつきちゃん」

「なにが?」

「最近おかしいよ」

「別に…」

「なんだか、楽しくなさそうだ」

「別に、そんなこと…」

「電話をかけても留守だし、かけ直してもくれないし、やっとつながっても黙んまりで、あまり話さないし、デートも断られる…」

そこまで言って川島君は顔を曇らせ、口を閉ざした。

「…さつきちゃん?」

彼はわたしを見つめ、真剣な顔になり、躊躇ためらうように訊く。


「もしかしてぼくと… 別れたい?」

「えっ?」

どうしていきなり、そんなことを訊くの?

そんなこと、考えたこともない。

わたしは強く、かぶりを振った。

川島君は不安そうな表情のまま、わたしの顔をのぞきこむ。

「ほんとに? でも、さつきちゃん。ぼくのこと避けてるだろ? 最近いろいろあったから、もうぼくのこと、嫌いになったのかなと思って…」

「そんなことない」

「ほんと?」

わたしは返事の代わりにうなずき、うつむいたまま、訊ねる。

「川島君こそ、わたしとは別れたいんじゃない?」

「そんなこと、あるわけないよ」

「わたしのこと、まだ好き?」

「『まだ』じゃない。ずっと好きだよ」

「ほんとに?」

「いつか海で約束したじゃないか。来年も再来年も、さつきちゃんの誕生日には花束を贈るって。ずっとずっと、さつきちゃんのことは、好きだよ」

「…ん」

そう言ってうなずいた瞬間、涙がこぼれそうになる。

川島君はそんなわたしの手を、ぎゅっと握りしめて、明るく言った。

「大丈夫だよ。なにも心配いらないって。今日は天気もいいし、思いっきり楽しもうな。今までのモヤモヤを全部吹き飛ばすくらいに、な!」

「うん」


わたしはやっぱり、この人が好き。

ディズニーランドのことや森田美湖のことなど、いろいろ不安で、訊いてみたいことはたくさんあるけど、それは今は置いといて、彼の言うとおり、今日こそは楽しい一日を、川島君といっしょに過ごしたい。


つづく

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