Rip Stick 2

 たこ焼きに焼き鳥、フライドポテト。

色とりどりのノボリの立った、賑やかな模擬店から漂ってくる、美味しそうな香り。

虎縞とらじまのビキニ姿の『ラムちゃん』や、メイドさんの衣装をまとって、黄色い声を張り上げている、コスプレをした呼び込みの可愛い女の子たち。

そんなお店で川島君は、いろんな食べ物を買ってくれる。

道ばたの大道芸にはいっしょに拍手を送り、わたしが行きたいと言った展示やイベントにも、快くつきあってくれて、いっしょに楽しんでくれる。

言ったとおり、今日の文化祭で過ごす時間が楽しくなるよう、川島君はいろいろ気を遣ってくれた。

そうやって尽くされると、わたしのわだかまりも少しずつ解けていき、川島君に向ける笑顔も、自然なものになっていくのを感じる。


よかった。

今日こうして、川島君とデートできて。



「よう、おふたりさん! 元気そうじゃないか」

「お邪魔してるわよ。川島君」


模擬店の店先でふたりでクリームソーダを飲んでいるとき、そう言ってわたしたちに声をかけてきた人たちがいた。

振り向くとそこには、ディレクターの藤村さんとカメラマンの星川先生が、にこやかな表情で立っている。川島君は驚いて訊いた。

「星川先生。藤村さん。もう来られたんですか?」

「早い便で着いたんだよ。その分、ステージが終わったらすぐにでも帰らなきゃいけないけどな。ファッションショーの時間には、まだだいぶあるな」

「えっ? みっこのファッションショーを見に来られたんですか?」

わたしも驚いて藤村さんに尋ねる。

「そうだよ。みっこちゃんから招待券をもらったんだよ。

大学の文化祭とはいえ、彼女がステージに立つのなんて、ほんとに久し振りだからね。しかも注目の若手デザイナーのブランドって話じゃないか。今からショーが楽しみだよ」

「開演は6時からだけど、3時からリハーサルがあるんです。もうすぐ楽屋に入るはずだから、藤村さんも行きませんか?」

そう誘ったが、藤村さんは首を横に振った。

「まあ、今はばたばたしているだろうから、終わったあとにでも、ゆっくり挨拶するよ。さつきちゃんもショーの手伝いするんだね。みっこによろしく伝えといてくれよ」

「ショーは一般も撮影OKなんでしょ? わたしは観客席からこっそり、撮らせてもらうわ」

そう言いながら星川先生は、肩からかけたカメラバッグを、ポンと叩いた。

「先生。カメラ一式持って来られたんですね。そんなデカい一眼レフに長玉くっつけてちゃ、『こっそり』じゃないですよ」

川島君が星川先生を冷やかすと、先生はにこにこ微笑みながら応える。

「ショーもだけど、今日は川島君の返事も聞きたかったのよ」

「え? わざわざ、恐れ入ります」

星川先生の視線に少し照れるように、川島君はかしこまって言った。いったいなんの『返事』なの?

藤村さんはそんなふたりの事情を知っているらしく、鷹揚おうように笑いながら言う。

「ははは。先生はすっかり彼のこと、気に入ってるな」

「ええ。わたし、才能のある人って、大好きだから」

星川先生も、やわらかく微笑みながら、そう応えた。


いいなぁ…

わたしもだれかに、そんな風に言われてみたい。

チラッとわたしの方を一瞥して、星川先生は言った。

「ま。それはあとでいいわ。またファッションショーのときにでも会いましょ」

「じゃ、おふたりさん。またあとで」

意味ありげにそう言い残して、ふたりは雑踏のなかに紛れていった。


「『返事』って、なに?」

ふたりの姿が見えなくなって、わたしは訝しげに川島君に尋ねる。川島君は、ふたりが消えた先を見つめたまま、答えた。

「ん? ああ… ちょっとね」

「ちょっと?」

「…あとで話すよ」


悪い予感がする。

わたしは問い詰めるように訊いた。

「まさか… 川島君、『星川先生の所に就職する』とか、言うんじゃないでしょうね?」

「…そんなこと。違うよ」

「ほんとに?」

「ああ」

「じゃあ、いったいなんなの?」

「落ち着いた時にでも話すよ」

「今言ってくれたって、いいじゃない」

「だから。あとで言うから」

しつこく食い下がるわたしに、一瞬川島君はイヤそうな表情を見せ、それでも気を取り直すように微笑んで言った。

「そんなことより、今日はお祭りを楽しもうよ」

「川島君、なんにも言ってくれないのね」

やっかみを込めながら、わたしは辛い口調で彼に当たった。


川島君が星川先生に見込まれて、藤村さんたちと親しくしているのを見るのは、わたしにはあまり気持ちのいいものじゃない。

さっき、星川先生はわたしのことを、まるで部外者を見るように、一瞥した。

わたしだけのけ者にされて、邪魔者扱いされて、みんなで勝手に話しを進められるのって、会話の輪に入れない僻みかもしれないけど、実に不安で、不愉快。

こうしてせっかく彼といて、少しは楽しい気分になりかけても、すぐにちょっとしたことで、気持ちがすさんでしまう。


「…ぼくだって、なんでもかんでも、さつきちゃんに話すってわけじゃないよ」


気まずい沈黙のあと、川島君はわたしの言葉に、低い声色で応えた。


えっ?

意外な反応。


つづく

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