12月を忘れないで 4

 二階の部屋の大きな窓から見える景色は、ホテルの青々とした庭。

その向こうにはコバルトブルーの海と、真っ白な砂浜が広がっている。


「素敵な眺めね」

「まるで絵みたいだな」

バルコニーに出たわたしは、海を眺める。

川島君はわたしをうしろから抱きしめて、頬を寄せ、同じ景色を見つめながら言う。彼の腕に、わたしは自分の手を重ねた。

「風が渡ってくるわ」

庭の熱帯樹が、向こうから順に、さわさわと葉をそよがせ、青い芝生のざわめきが、波のように近づいてくる。

しばらくして、わたしのうなじを、ゆるやかな空気の流れが、ふわりと通り過ぎていった。

風の行方を、わたしは目で追う。

それは部屋のなかへと入っていき、カーテンを揺らす。

カーテンのそばのベッドには、窓越しの九月の日射しがこぼれていて、真っ白なシーツに、まるで溶けてしまいそうな陽だまりを作っていた。


「静かね」

「そうだな」

「風のそよぐ音しか、聞こえない」

「ああ」

「ベッドにできた陽だまりが、きれい」

「あったかそうで、いいな」

「わたし、このなかで川島君に、抱かれてたいな」

「さつきちゃん、今日はなんだか、大胆だな」

「素直なのよ」

「うん。いいことだよ」

「川島君の誕生日だけじゃなく、わたしの誕生日にも、抱いてね」

「いつだって、ぼくはさつきちゃんを、抱きたいよ」

「12月になって、雪が降ったら、また今日みたいに海を見て、このホテルに来て、暖めあいたいな」

「そうしよう」

「約束、できる?」

「できるよ」

「忘れないでね」

「ちゃんと心のなかに、メモったよ」

「川島君…」

「ん?」


わたしは瞳を閉じて、キスをせがんだ。

川島君はわたしを抱きしめ、あたたかなくちづけをくれる。

唇が離れると、わたしは彼の胸に耳を当ててみる。

トクン、トクンと、心臓の音が規則正しく、響いている。

そういえば、モルディブでも、川島君の心臓の音を聞いたっけ。

あのときのわたしは、ただ夢中で、川島君を受け止めるのに、精いっぱいだった。

わたしはただ、川島君から求められるだけだった。


でも今は、少しだけわかったような気がする。

わたしは川島君がほしい。

離れたくない。

心も、からだも。

川島君を求めている。

求められるだけじゃなく、求めなきゃ、大切なものは手に入れ続けては、いられない。


わたしは彼のシャツのボタンをはずし、あらわになった胸元に、キスをしながら言った。

「抱いて」

「さつきちゃん?」

川島君は意外そうにわたしを見おろし、それでも優しいまなざしを投げかけ、両腕でわたしを包むように抱いてくれる。

そのままわたしたちは、陽だまりがいっぱい差し込んだベッドのなかに、からだを預けた。




 川島君も、今日のわたしはどこかいつもと違うと、思っているかもしれない。

わたしだって、思っている。


ディズニーランドのこととか、東京でのこととか、みっこのこととか…


東京からの帰りの新幹線で、わたしはいったいどのくらい、それらのことを考えただろう。

こうして今日、川島君に会うまで、わたしは数えきれないくらい、わたしと川島君、そしてみっこのことに想いを巡らせ、悩んだ。


川島君に訊きたいことは、いっぱいある。

ほんとうはわたし、納得なんて、してない。

川島君が、ほんとはだれとディズニーランドに行ったのか、訊きたくてたまらないし、東京ではみっこといったいどのくらい会っていたのかも、訊いてみたい。

だけど、そういう言葉を口にしてしまえば、わたしが恐れていたことは現実になって、わたしが大事に両手のなかに包んでいた幸せは、粉々に砕け、手のひらからみんな、こぼれていってしまいそうな気がする。

だから、わたしは結局、自分の気持ちは、心のなかに仕舞っておくことにした。

わたしは、川島君との未来を、築いていきたい。

だけどそうするには、川島君を約束で縛ることしか、思いつかない。



川島君がわたしのなかに入ってきて、溢れるほどいっぱいに広がる。

わたしは恍惚に浸りながら、彼の背中に腕をまわしてからだを開き、川島君を受け入れる。

めまいのような眩しさに、かすかに瞳をすかすと、逆さに見える大きな窓からは、九月の澄んだ空に、刷毛で掃いたような、真っ白な筋雲が流れているのが見えた。


「秋が、見える」


朦朧もうろうとした心地のなかで、わたしはうわごとのように、つぶやいた。

それは、これからの淋しい季節への、予感。


でも今は、川島君のぬくもりのなかにいる。

いつまでも、いつまでも、こうして川島君のぬくもりに触れていたい。

そう願いながら、わたしは川島君の背中を、ぎゅっと抱きしめた。



いつまでも、この幸せが続きますように…

12月の約束を、わすれないで…


END


12th Jul. 2011 初稿

11th Jan. 2018 改稿

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