CANARY ENSIS 7

「…いいよ」

ため息が漏れるような、小さな声で、わたしは言った。

「え?」

「『おとなの階段』。いっしょに登っても。川島君となら…」

「さつきちゃん…」


わたし、川島君が大好き。

この人にならすべて、委ねられる。

ううん。

この人じゃなきゃ、イヤ。

ずっといっしょにいたい。

川島君といっしょなら、なにも怖くない。


わたしは川島君を見る。彼もわたしの瞳をじっと見つめている。

部屋のランプが瞳の中で揺らめいて、吸い込まれそうになる。

川島君はわたしの頬にそっと手を添え、ゆっくりと顔を近づける。

わたしは瞳を閉じた。


長いキス。

それは、これから起こることの前奏曲プレリュード

川島君はわたしの手をとってベッドにいざない、からだをゆっくりと横たえると、自分もとなりに寄り添った。

サンドレスの衣ずれの音と熱い吐息だけが、やけに耳に響いてくる。

川島君の手がサンドレスの肩ひもにかかり、ゆっくりとほどかれていく。

どう反応すればいいのかもわからず、わたしはなすがままにしていた。


「さつきちゃん。可愛いよ」

服の前がはだけ、あらわになった胸のふくらみを愛おしそうに見つめて、川島君は頬を紅潮させて言う。

「…いや」

反射的にわたしは拒んだが、その言葉が合図だったかのように、川島君はわたしの頬や唇、耳に、たくさんのキスをしていった。

ひとつキスをされるたびに、わたしの頭は痺れてぼうっとなってしまい、なんにも考えられなくなっていく。

「さつきちゃん。愛してる。愛してるよ」

耳元で何度もささやきながら、川島君はわたしの胸を、やさしく愛撫する。

大きな手が、ふたつのふくらみを暖かく包み込み、ゆっくりとたわませる。

敏感な神経が、わたしの中で甘くうずいて、くすぐったいような、それでいてたまらない心地。

「…んっ」

わたしは思わず声を漏らした。

「さつきちゃんの声、もっと聞かせてほしい」

うっとりと響いてくる、低い声。吐息が熱い。

川島君の唇は、わたしの首筋をなぞり、いつのまにか乳首を愛撫していた。

ドレスの裾もいつのまにかはだけているようで、川島君の熱い指が太ももを伝って、わたしの潤った部分に近づいてくるのを感じる。

「…恥ずかしい」

そう言ってわたしはからだを固くして脚を閉じ、小さな抵抗を試みたが、川島君はやさしくこじ開けていき、わたしの秘部を指でなぞった。

一瞬、電気が走ったような感覚に襲われ、わたしはからだを痙攣けいれんさせた。

自分の服を脱ぎ、川島君はぴったりとからだをくっつける。

熱くて固い彼のからだが、わたしの肌に重なる。

「肌がふれあうのって、とてもいいね」

川島君はささやく。

うん。

なんだかあったかくて、安心できて、彼のすべてを感じられるようで、嬉しい。


幸せ。


ずっとこのままで、いたい。



 わたしがちゃんと覚えているのは、そのあたりまでだった。

わたしはただ、黙って目をつぶり、ベッドに横たわって、川島君のするままになっていた。

彼の唇や指先が、からだの上を通り過ぎていくのを、わたしはただ、夢中で受けとめていた。

それがいつまで続くのか、どんな気持ちになればいいのかもわからず、本能のまま、彼の存在を感じていた。

川島君はわたしの脚の間にからだを入れ、潤った部分に自分の腰を当てた。しばらくそうしているうちに、不意に激しい痛みが、わたしのからだを貫いた。

「いっ… 痛いっ! 川島君っ?」

「さつきちゃん…」

あまりの痛みに、わたしは思わず川島君の腕を掴んだけど、彼はしっかりとわたしを抱きしめる。川島君は何度もわたしの名前を呼んだ。

「んうっ。川島君…」

激流に翻弄ほんろうされ、なにがなんだかわからないまま、わたしは彼にしがみつき、必死に歯をくいしばった。

川島君の吐息はどんどん速くなり、熱くなっていく。

真っ赤に焼けた熱いかたまりが、わたしの中で激しく脈打ち、意識が遠のく。

そのままわたしは、深い谷底に、どこまでもどこまでも落ちていった…



 ふと気がつくと、川島君はベッドの脇で、わたしを心配そうに見つめていた。

「もう… 終わったの?」

そう言うと、川島君は今まで見せたことのないような、とってもやさしい、あったかな微笑みを浮かべた。

「痛かった? ごめんね」

「…ん。死ぬかと思った」

「でもとっても感動したよ。さつきちゃんの声。すごく可愛いよ」

「え? わたし、声なんて出してたの?」

わたしは恥ずかしくなって、シーツで顔を覆う。

どんな声を出していたんだろ?

自分がなにをして、どうなったのか、まるでわからない。

「ありがとう。嬉しかった。ぼくの人生で最高の夜だったよ。さつきちゃんといっしょに、『おとなの階段』を登ることができて」

川島君はそう言って、わたしの髪をやさしく撫でる。シーツをかぶったまま、わたしはコクンとうなずいた。


今はまだ、よくわからない。

自分のしたことの意味とか、これからどうなっていくのかとか…

わからないけど、ふたりで今まで知らなかった、新しい扉を開いたのは確か。

わたしはそっと、となりに横たわる川島君のはだかの胸に、耳をあててみた。

“コクンコクン”と、規則正しい音がする。

なんだかとっても安心できる響き。


「わたし… ひとの心臓の音を聴いたの。はじめて」

「そう… そうだよな。ぼくも聴いてみていい?」

そう言って川島君は、わたしの胸に耳を当てる。

「さつきちゃん。生きてる」

「…ん」

自分の胸元にいる川島君がとっても愛しくて、わたしは彼の髪を、やさしく撫でた。

「なんだか、気持ちいいな。髪を撫でられるのって」

川島君はそう言って上半身を起こし、わたしの頭に腕枕をして、自分の鼻をわたしの鼻にくっつけた。

「ぼくは今、最高に幸せだよ。こうやって大好きなさつきちゃんと、肌を重ねられて」

そう言いながらわたしを見つめ、彼はやさしく髪を撫でる。

くすぐったいけど、気持ちいい。

なんだかとっても安心できる手触り。

昔,お母さんやお父さんが、お布団の中で、わたしの髪を撫でてくれた。

そんな懐かしい感触を憶い出しながら、わたしはいつのまにか眠りについた。


つづく

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