Audition 4

RRRRR… RRRRR… RRR…


そのとき、ローチェストに置いてあった電話が鳴った。

みっこは紅茶の入ったメリオールをテーブルの上に置くと、急いで電話に出る。


「はい」

「そうです。お世話になっています」

「はい… はい… わかりました。ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


はきはきとした業務口調から、それがビジネス関係の電話だと想像つく。

「はい。失礼します」

電話を切ったみっこは、わたしたちにVサインを送って、ニッコリ微笑む。

「やったわ」

「え? みっこ、なんだったの?」

「あたし、今年のアルディア化粧品の、夏キャンモデルに決まったわ」

「ええっ? アルディア化粧品の?!」

「『夏キャン』って、サマーキャンペーンのことでしょ? みこちゃん、すっごぉい!!」

「サマーキャンペーンでブレイクしたモデルさんって、みんな有名になってるじゃない。みっこすごい!」

「みこちゃんもこれでもう、トップモデル間違いなしね。ヴォーグの表紙もいけそうじゃん!」

突然のできごとに興奮し、わたしとナオミは口々に叫んだ。みっこも嬉しそう。新しい紅茶をみんなのカップに注ぎながら、はずんだ声で説明してくれた。

「去年の暮れに東京でオーディションがあってね。あたしも応募してたの。アルディア化粧品のお仕事は、以前もしたことあったし、化粧品のCFモデルなら身長条件もゆるいし、いけるかなって思ってたけど、ほんとに決まって嬉しいわ」

「でもみっこ、オーディション受けたなんて、ひとことも言ってくれなかったじゃない」

「だって、落ちたら恥ずかしいもん」

みっこは本当に嬉しそうに、ニコニコと満面の微笑みを浮かべながら、新しい紅茶の入ったカップを、口元に運んだ。


そうかぁ。


去年、『あたし。やっぱりモデルをしたい!』って宣言してから、もうみっこはアクション起こしていて、確実にモデルの仕事を再開させていたんだ。

アルディア化粧品のサマーキャンペーンモデルに選ばれて、そこから人気が出て、女優やタレントになったモデルさんは、たくさんいる。

みっこも頑張ってるんだから、わたしも負けられない。

小説書きを、もっと頑張らなくちゃ。

「みこちゃん、ロケはどこでするの? やっぱり外国?」

「まだそこまでわからないわよ」

「いいな~。絶対外国よ。きっとパリよ。パリって化粧品の匂いがぷんぷんするってイメージじゃない」

「ナオミの妄想って、すごいわね」

「CMっていつ頃から流れるんだろ。わたし絶対ビデオにとるわ!」

「もうっ。さつきまで」


みっこのオーディションの話で、わたしたちのお茶会はいっそう盛り上がった。


 

「ねぇ。さつきの方はどうなってるの?」

「え。なにが?」

「小説講座のコンクール」

会話が一段落しておしゃべりが途切れ、それぞれ思い思いに雑誌を見たり、おかしを食べたりしているとき、ふと、みっこがわたしに訊いてきた。

「もうすぐ後期の講座が終わって、コンクールの締め切りなんでしょ? 小説の方は進んでる?」

「そうねぇ… 実はそのことで今、いろいろ悩んでたんだ。

前が最終選考にまでいったでしょ。だから今度こそ、なにかの賞に入りたいんだけど、いまいちパッとしたストーリー、思いつかないのよ」

「大丈夫なの?」

「ん~… あまり時間がないから焦るばっかりで… だけど今はなんか、煮詰まっちゃってるのよね~。ううっ」

「頑張ってよね、さつき」

「ねえみっこ。なにかいいネタない?」

「ネタって言われてもねぇ… 寿司屋じゃないんだし」

「それ、ギャグのつもり?」

「あ。すべった?」

「はは。いっそのこと、みっこをモデルにして書いてみようか? 生意気でわがままな小娘モデルの話」

「あ。それいいわね。そのかわり入賞して賞金とかが入ったら、半分いただくわよ。あたしのモデル料は高いんだから。覚悟しててね」

「みっこ、せこい~!」

「あははは」

わたしたちは顔を見合わせて笑う。

ナオミは『何ごとか』と、雑誌から顔を上げて、こちらを見た。


「だけどさつき、いいお話しが書けるのなら、あたしなんでも協力するわよ。さつきには絶対、自分の夢を実現してもらいたいもの」

「ありがとう、みっこ」

お礼を言うわたしに、みっこはほのぼのと微笑んだ。

彼女のこんなやすらかな微笑みを見ていると、こっちまで癒されてくる。

去年はいろんなことがあって、その度に辛そうなみっこも見てきたけど、そんな冬の季節は、もう終わったのかもしれない。


「ねえ。みっこにはもう、見えるようになった?」

カーテン越しの柔らかな光に、ふんわりとしたシルエットを描いているみっこを見つめて、わたしは訊いた。

「ん? なにが?」

「去年のわたしの誕生日に、みっこは言ってたじゃない。

『あたし… 今はまだ、なんにも見えない』って…」

みっこはなにかを憶い出すように、ティーカップの方へ軽く目を伏せると、そのときと同じ台詞を言った。

「さつきはあたしが、なにになればいいと思う?」

「モデル」

「ふふ… ありがと。頑張る」

「でもこれからは、みっこも東京で仕事することが多くなるんでしょ? 学校にはちゃんと来れる?」

「…わかんない。けど、あたし、西蘭女子大学ここが大好きだから、できるだけこちらでの生活をメインにするつもりよ」

「みっこがモデルで忙しくなっても、今までみたいにつきあっていければいいんだけど…」

「バカね。なに言ってるの。さつきこそ売れっ子小説家になっても、あたしを忘れないでね」

「あはは… それって、いったい何年後の話だろ? って言うか、そんな日が来るのかな?」

「夢の実現には時間もかかるけど、いっしょに頑張ろうね。さつき」

「そうだね。そしていつまでも、友だちでいようね」

「…ん」

みっこはそう言って、わたしの瞳を見つめた。


『なにかが変わっていきそう』


そんな予感が、わたしの中にあった。

彼女がモデルの仕事をはじめれば、今までのように、頻繁には会えなくなるだろうし、今は学校があるからこちらにいても、卒業後は東京に戻ってしまうだろう。

それは寂しいことだけど、いつか川島君が言っていたように、『お互いが相手のことを思いやってさえいれば、ターニング・ポイントなんて来ない』って、わたしも信じている。

だってわたしは、いつまでもずっと、みっこと親友でいたいから。

みっこ以上に印象的で魅力的な友達は、もうできないと思うから。


「なんか静かになったと思ったら、ナオミ眠ってるんじゃない? やっぱり疲れたのかなぁ。かなり厳しくレッスンしたものね」

みっこがそう言って、床に転がっているナオミに毛布をかけてあげながら、微笑んで彼女を見つめる。

ナオミはファッション雑誌を枕に、両手にクッションを抱えて、安らかな顔でうたたねしていた。


END


25th Jul. 2011初稿

30th Nov.2017改稿

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