Vol.9 Moulin Rouge

Moulin Rouge 1


 12月7日金曜日。

その日の講義は午前中までで、いったん家に戻って支度をして、夜7時にみっことターミナル駅の西口で待ち合わせ。チラチラと降りだした雪を見上げながら、コートの襟を立て、駅前の雑踏の中でわたしはみんなを待っていた。

12月に入ってクリスマスや年の瀬が近くなったせいか、人も街も、なんだかあわただしく感じられる。

急ぎ足の人波が目の前をせわしなく通り過ぎていき、大通りで渋滞しているクルマの列も、ふだんより多いみたい。

そんな街の景色を見ながら、わたしはいつもとは違う緊張で、からだが震えるのを感じた。

今日はみっこだけでなく、川島君も来る。

それに、みっこの『ダブルデート』の相手…

気になる。

いったいどんな人なんだろう?

そんな面々と、はじめて行くディスコ。

わたしはちゃんと踊れるんだろうか。


「さつき~。お待たせ」

真っ赤なケープのハーフコートを羽織って、ギンガムチェックのマフラーを巻いたみっこが、人ごみの中から現れ、軽やかな足取りでこちらへやって来た。

「あれ? みっこ今日は、『すっごいカッコしてくる』って言ってたのに。

それって、いつも学校に着てくるコートじゃない?」

「あは。あんまりすごい服だから、コートで隠しとかないと、街なかじゃ恥ずかしいのよ」

そう言ってみっこは、ペロリと舌を出す。

太ももまでしかないハーフコートの下は黒のストッキングなので、コートより短い服なんだろうけど、どう『すっごい』のかまではわからない。

「どんな服着てるの?」

「見たい?」

「う… うん」

「ダメ。あ、と、で」

そう言って、みっこはわざとらしくコートの襟をぎゅっと締め、挑発的な笑みを浮かべた。こういう、相手をじらしているときのみっこって、獲物をねらう猫のように、いきいきとした目をするのよね。

「さつきもいい感じじゃない」

わたしのつま先から髪の毛までチェックする様に眺め、『合格』というように、みっこは微笑んだ。

『おしゃれしてきて』って言うから、わたしも今日はとっておきのワンピースを着てきたんだ。

ドルマンスリーブでローウエストの、ちょっと短めなピンクのワンピース。スカートの裾が広がって、フワフワと風に揺れている。

「こんなカッコでよかったのかなぁ?」

「ええ。さつきらしくって、いいわよ。ストッキングもラメとか入ってて、いつもより派手めだしね」

「ふつうのストッキングじゃ地味な気がして… ここに来る前に駅のデパートで買って、履き替えたのよ」

「さつき、やる気満々じゃない」

「そ、そんなこと…」

「あはは。いいわよ。今夜は楽しもうね!」

みっこはそう言いながら、わたしの肩に腕をまわして笑う。

なんだかドキドキしてきた。

はじめてのディスコ。


 そうしているうちに川島君がやって来た。今日はカジュアルなネクタイにベストを着ていて、襟を立てたロングコートを羽織っている。いつものデートより少しきらびやかな格好。わたしを見つけると、微笑みながら近づいてきたが、みっこを見て『あっ』といった表情を見せた。

「さつきちゃん、待った? そちらが…」

「あ、川島君。彼女が森田美湖さん」

「そうか。あの、森田さんか」

そう言いながら川島君は笑う。みっこはわたしをつついて小声で言った。

「さつき。『あの』ってなんなの? あなた、あたしのこと、なんて言ってるの?」

「心配しなくても、褒めてるわよ」

「ふうん?」

いぶかしげにわたしを見ていたみっこだったが、川島君に振り向くと右手を差し出し、挨拶した。

「はじめまして。あたしが『あの』森田美湖です。よろしく」

「え… あ、川島です。よろしく」

あわててポケットから手を出し、ぎこちなく握手をして会釈する。そんな川島君を見ながら、みっこはニッコリ微笑み、川島君も照れ笑いを浮かべた。


「おっ。みっこ、もう来てたのか?」

そうしているところに、背の高い細身の男の人が声をかけてきた。

「芳賀修二くんよ」

軽く手を振って彼に応えたみっこは、わたしたちを振り返り、その男性を紹介した。

『芳賀修二くん』と呼ばれた男の人は、わたしたちの輪の外で立ち止まり、無愛想に、ペコリとうなずいてみせた。


ええっ?

これがみっこの『彼氏』なの?


いかにも『スノッブ』といった感じの芳賀さんは、背が高くてスタイルもよく、鼻筋が通っていて目がくぼんだ、彫りの深い洋風な顔立ちで、かなりのハンサム。

皮のジャケットにピチピチの黒のスウェードパンツ。腰にはジャラジャラとチェーンがついていて、耳には銀のピアス。確かにカッコいいんだけど、わたしの思い描いていた『みっこの恋人』とは、なにか違和感がある。

みっこと芳賀さんが並んでいるさまも、どこかしっくりこない。

ほんとにこの人が、みっこの彼氏なのかなぁ…


「みっこ。今日はどこに行くんだ?」

芳賀さんはそう言うと、みっこの肩に軽く手を回す。その仕草はなんかチャラくて、あんまり好きになれない。みっこにはもっとおとなびた、落ち着いた感じの人の方が似合うと思うんだけどな。

「Moulin Rougeよ」

芳賀さんの手をやんわり払いのけながら、みっこは言った。


つづく

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