講義室の王女たち 6

 おおよその計画が決まったあと、みんなとはカフェテリアで解散して、わたしはみっこと、校門から続く大通りのポプラ並木を通って帰った。冷たい木枯らしが秋の終わりを告げるように、首筋をかすめていく。

真っ赤なハーフコートのポケットに手を入れて歩きながら、みっこはポツリと言った。

「ありがと。さつき」

「え? なにが?」

「あのとき、あたしのこと、叱ってくれて。『いつまでも殻に閉じこもってて、いいの?』って」

「別に、叱ったわけじゃ… わたしの方こそ、みっこの気持ちも考えずに、あんなこと言っちゃって…」

「ううん… 嬉しかった」

そう言うと、みっこは晴れ晴れとした笑顔をわたしに向けた。

「あたしほんとに、さつきの言うとおりだと思うもの。なにもかも捨てて新しい場所に来たっていうのに、古い自分のなかに閉じこもったままだった。こんなんじゃ全然、リセットした意味ないよね」

「みっこ…」

「これからは少しずつでも、前に進んで行かなくちゃ」

「そう? よかった」

「あたし… 待ってたのかも」

「え? なにを?」

「あたしの背中を押してくれる、なにかを」

「なにか…」

「自分ひとりの力じゃ、できないこともあるんだって。やっとわかった」

「そうね。特に自分のことって、自分だけじゃどうしようもないときって、あるよね」

「嬉しかった。さつきに背中、押してもらって」

「う、うん。どういたしまして」

「ふふ。 撮影の日が楽しみ」

「うん。わたしも」



 そして撮影当日。

由貴さんが心に描いていたような晩秋の綺麗な光が、旧校舎の埃をかぶった教室に溢れ、その中に、わずかに生成りがかった白いドレスをまとったみっこがたたずんでいた。長いチュールのトレーンを軽々となびかせて、光の中を舞う。

絹のようにつややかなストレートヘアが、軽やかな動きに合わせて、サラサラと流れる。

光を完璧に計算して、みっこはいちばんドレスの映える場所に立つ。髪に綺麗なエンジェルリングを作りながら、ドレスの裾をつまんでわずかに会釈する。

それはまるで、わたしの書いた小説のタイトルじゃないけど、『講義室の王女』のように、優雅で美しい光景だった。

由貴さんはそんなみっこを、『取材用に買った』という一眼レフカメラで、夢中で撮っていた。

被服科のミキちゃんは、コサージュやはしごレースのリボンなんかを手作りして持ってきてくれて、ドレスやみっこを飾ってくれたし、ナオミも小物を配置したりレフ板を当てたりして、撮影の手伝いを懸命にやってくれた。


 そんな光景を見ていて、わたしは先日の、西田教授の研究室でのできごとを思い出した。

そりゃ、わたしたちはまだまだ子どもで考えも甘いし、あの若い講師の言うように、『文化的貢献』なんて、なんにもできないかもしれない。

だけど、みんなそれぞれ、なにかを求めて、追いかけて。自分の打ち込めるものを探してる。

『女子大生』って肩書きは、長い人生のほんの一瞬でしかない。

その一瞬の間に運よく、一生かけて自分の求めるものが見つかればいいけど、もし見つからなくても、まだまだ先は長いし、なにも悲観することはないわよね。


「さつき、なに考えているの?」

撮影が終わって、みんなとファミレスで打ち上げをしたあとの帰り道、とりとめもなくそんなことを考えていたわたしに、みっこは訊ねた。

「うん。こないだの西田教授の研究室でのこと」

そう言って、わたしはあのときの会話を、みっこに話した。


「みっこは、今の女子大生を見てて、どう思う?」

軽く腕組みしながら、みっこは少し考えて言った。

「ん~… なんか、もったいない」

「もったいない?」

「女子大生でいられるのって、そんなに長い時間じゃないでしょ。なのに、目先の楽しい誘惑に目移りしちゃって、なにか大事なことを忘れてる気がする。忘れたまま、漠然と毎日を過ごしてる気がして、なんか焦っちゃう。まあ、それは自分のことなんだけどね」

「そうよね~。その『大事なことを忘れてる』って感覚。なんとなくわたしにもあるなぁ。でも、なにを忘れているのかは、全然わからないんだけど」

「まあ、熱中するなにかが見つかれば、そんな感覚もなくなるかもしれないけど…」

そう言いながら、みっこはなにかを思いついたように、ぱっと瞳を輝かせた。


「ねえ、さつき。今度ディスコに行かない!?」

「ディスコ? いきなりなんなの? その会話の流れ」

「こないだの学園祭のダンパじゃ、全然踊れなかったし。あたしはきっと踊りに飢えてるの」

「フォークダンスで踊ったじゃない?」

「違うわよ。もっと、こう… 自分のぜんぶを出し切る感じで…」

「みっこ、『踊るの好き』って言ってたもんね」

「そうなの。自分のからだでなにかを表現するのって、大好き!」

そう言ってみっこは両手を広げ、クルクルとまわった。ハーフコートがふわりと舞い上がり、プリーツのミニスカートがひらめく。


「さつきは行ったことある? ディスコ」

「ディスコ? な… ないわよぉ」

「じゃあ、行ってみようよ。西田教授の言うような『今どきの女子大生』ってのも見られて、いろいろ参考になるかもよ。知らない世界を見ておくのも、小説家の勉強よ!」

「え~? まあ、そうだろうけど…」

ディスコってものの存在は、テレビなんかのメディアの映像でしか知らない。

ワンレングスの綺麗なお姉さんたちが、お立ち台の上で、パンツが見えそうなくらいピッチリした超ミニのボディコンを着て、ファーのついた扇子を持って踊り狂ってるイメージ。

それはもしかして例の講師が言うように、マスコミがそういう、『特別な』女子大生だけを『スポイル』してる姿なのかもしれない。

だったらみっこの言うとおり、この目で実際のディスコを見ておくのは、悪いことじゃないかも。


「そうねぇ。行ってみてもいいかな」

「やったね。じゃあ… 12月7日とかどう? ちょうど金曜日だし、遅くまで騒げるわ」

「12月7日ね。うん。いいよ」

「川島君も誘ってみたら?」

「川島君も?」

「そ。せっかくディスコに行くのなら、やっぱりペアで行きたいじゃない」

「そうか…」

「ダブルデートなんてどう?」

「ダブルデート!?」

思わず聞き返す。みっこ、いつの間に彼氏なんてできたの?

「み、みっこ、恋人いるの? まさか、上村君?」

「まあ、それはいいじゃない。その夜までのお楽しみ」

「…」

「じゃあ、7日の夜7時に、駅の西口で待ち合わせで。OK?」

「う… うん」

「あたし、すっごいカッコしてくるからね。さつきもおしゃれしてきてね」

「えっ! すっごいって…」

「じゃあ、今日はここで。おやすみなさい」

「お、おやすみ」


質問する隙も見せず、みっこはさくさくと段取りを整えると、ハーフコートをひるがえして、街の雑踏の中にまぎれていった。


12月7日の夜。はじめてのディスコか。

いったいなにが、起こるんだろ…


END


4th Apr, 2011初稿

2th Nov..2017改稿

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