Vol.8 講義室の王女たち
講義室の王女たち 1
火曜日1限目の講義は、少し眠いけど充実した時間。
秋の光はガラス窓越しにふんわりと、講義室の中に柔らかな日だまりをつくり、すり鉢状になった広い講義室に、西田教授の低い話し声だけが響いている。
前から5列目くらいの席に、わたしはみっこと並んで座り、講義を受けていた。
カーディガンの袖をつまみながら、みっこはノートにシャープペンを走らせる。カリカリというペンの芯が軋む音と、シャツの袖の
「そういえば。さつき」
ふと思い出した様に、みっこがペンでわたしをつついて、ささやいた。
「おとといの文化祭の夜は、先に帰ったでしょ」
「ごめんね。あのときは急いでて」
「ううん。それはいいんだけど。川島君に挨拶できなくて残念だったな」
「川島君、まだ晩ごはん食べてなかったし、安心したらおなかすいたって言ってたから」
「あのあと、どこかに寄ったの?」
「うん。ファミレスに寄って帰ったの」
「ふうん。でも、なんかすごいよね、川島君も。ごはんも食べないで、9時間もさつきのこと探し回ってたなんて」
「もう、わたしも感激しちゃって…」
おとといの夜のことを思い出し、わたしは動悸が高まるのを感じる。あれから何回、その夜のことを思い出して、感動に
言葉にできないくらい幸せな気持ちで満たされ、心がはちきれそう。そんなわたしを見て、みっこは『ほぅ』とため息ついて言う。
「あたしも、軽くなったかな」
「軽くなった?」
「あたし、けっこうさつきのこと、けしかけてたし… 地下街でお別れの電話した日なんか、すごく責任感じてたのよ」
「あは。でもみっこがいろいろアドバイスしてくれたから、わたしも勇気がわいてきたのよ」
「そっか… だといいんだけど」
「みっこの推理、結構当たってたわよ」
「どこが?」
「川島君と『紅茶貴族』で恋話したこと言ったじゃない。そのときみっこ、『川島君はあなたに告白しようとしたのよ』って言ってたけど、あの時ほんとに、『今がチャンスだ』って思ったらしく、『セリフが喉まで出かかった』って、打ち明けてくれたの」
「さつきのこと、『色っぽい目で見てた』って言ってたものね。きっと話の流れで、告白できそうなタイミングねらってたんじゃない?」
「川島君、それまでも何回かカマかけたらしいけど、わたしの反応がそっけなかったから、『片想いだ』って思ってたんだって」
「へえ。さつきって意外と完璧に、友だちを演じてたんだ」
「そうかな? 絵里香さんや
「あぁ。川島君が鈍感なだけだったのね」
「あは。お互いに鈍感だったみたい」
「でも、川島君もさつきの瞳を見て、『今日こそは』って思ったんでしょ? やっぱり、恋する乙女の瞳は、誘惑のオーラで溢れてるのね~」
「もう… 川島君、わたしの
だけどわたしが、『ただの男友達と恋愛話なんかしてて、人に誤解されたらイヤ』とか、『川島君と蘭さん、お似合いよ』とか、挙げ句の果てには、川島君の恋を人ごとみたいに応援してるようなことを言うから、かなり揺れていたらしいわ」
「さつきだって、川島君のちょっとした言葉でへこんでたじゃない? 『同級生』だとか『完璧にぼくの片想い』だとか。それって、なんだか少女マンガの定番すれ違いコメディよね」
「え~。わたし必死だったのよ、これでも」
「そういえば、川島君の告白の途中、さつき、『待って』って止めたんでしょ? それはナシかな~」
「だったみたい。『もうダメだ』って絶望で、目の前が真っ暗になったって」
「さつきもけっこう、NGワード連発してたんじゃない?」
「う。確かに… でも、みっこも関係してるのよ」
「え? あたしが?」
「蘭さんとトラブって、モデルがいなくなった川島君に、『モデル級の子、紹介しようか?』って言ったんだけど、それがいちばんショックだったって」
「それってもしかして、あたしのこと?」
「そうよ」
「あ~、それはキツいな~。好きな子から『別の女の子紹介する』って言われるのって」
「わたし、そこまで考えてなくて…」
「でもまぁ、それを乗り越えて結ばれたんだから、とにかくよかったじゃない」
「ありがと」
「とうとうさつきも、大人の階段登るのか~」
「なにそれ。わたしたちまだ、なんにもしてないし…」
「あら? そんな意味で言ったんじゃないんだけど。さつきって意外とエッチね~」
「もうっ。みっこの方こそ、あのあと上村君とどうなったのよ?」
「さつきとおんなじよ。みんなでファミレス行って、そこで解散」
「電話番号とか聞かれてないの?」
「聞かれたけど、とりあえずはペンディングかなぁ?」
「ペンディング?」
「そのうち、あたしの方から連絡するって言ってるの」
「みっこは上村君のこと、どう思ってるの?」
「ん~… いい子なんだけどね…」
「だけど?」
「ちょっと物足りないかな。やっぱりふたつも年下で、高2ってのは」
ジリリリリリリ…
「では今日の講義はこれで終わり。来週は180ページからだからね」
みっこと話し込んでいるうちに、終業のベルが鳴り、西田教授がパタンと分厚い本を閉じて、告げた。そういえば今は講義中だっけ。わたしが西田教授の講義もうわの空でおしゃべりに夢中になるなんて、滅多にないことだわ。
教授はめがねを直しながら本を小脇に抱え、講義室を出ようとしたが、ふと立ち止まって、わたしの方を見た。
「弥生君。今日の昼休みは時間とれるかね?」
「あ… はい。大丈夫です」
とっさにそう返事をして、思わず頬が火照る。
「じゃあ、昼食の後にでも私の研究室に来てくれないか? 南棟の302号室だからね」
そう言って、教授は講義室をあとにした。
つづく
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