Carnival Night 5

   First when there's nothing

   But a slow glowing dream

   That your fear seems to hide

   Deep inside your mind


途中で曲が小さくなり、スーツを着た女の人が、ステージの中央のスポットライトに浮かんだ。

「本日のご来場ありがとうございます。

これよりNinteen Ninety Seiran Women's University Fashion Showを開催いたします。

今年のテーマは『Four Season』。

被服科の31チーム125名が咲かせた四季の華、どうぞご覧下さい」


挨拶が終わると曲のボリュームが再び上がり、会場いっぱいに響き渡る。

曲がノリのいいパートに入ったとたん、会場のライトがいっせいに輝き、ステージの中央にカラフルな衣装をまとった女の子たちが次々と現れた。

きゃあ! 本当に本格的なファッションショーなんだわ!

わたしはドキドキしながらステージを見つめた。

モデルたちがスカートの裾をひらひらと翻し、次々とランウェイを進んでいく。カメラのストロボがバシバシと光り、シャッターとフィルムを巻き上げるモータードライブの音が、甲高い金属音を上げる。


「No.1 スプリングカーニバル。チーム『GoGoHeaven』 モデル、河合奈保美」

作品紹介のナレーションが入ると同時に、ステージでモデルがくるりと回る。

わぁ。最初からナオミじゃない。

彼女はランウェイを弾むように歩くと、センターステージでクルクルと二回転する。

ハードチュールたっぷりの、チューリップを逆さにしたようなポップなスカートが、ふわりと広がる。見るからに春らしくて明るい色。

ナオミって、遠くの2階席から見ても目立っていて、とってもステージ映えする。華やかで印象が強いだったんだ。

「No.2 ボン・ボヤージュ。チーム『マヌカンピス』 モデル、姫野愛子」

「No.3 ルージュ。チーム…」

こうして明るい色の春のファッションが続いたあと、BGMは『TUBE』に変わって、夏の装いになった。

5番目に出たナオミは、原色のサマードレスの前ボタンを開けて、インナーには派手な花柄のハイレッグのビキニ。ビーチボールのような巨乳を弾ませ、モンローウォークで『しな』を作りながらランウェイの先まで進むと、ドレスの肩を抜いてターン。大きく開いた背中がとってもセクシー。

やっぱりこの子はすごい。

したたかというか大胆というか…

とにかく自分のからだを魅せるのがうまい。彼女が出てくると、カメラのシャッター音もいちだんと高まった。


 秋のファッションのBGMは竹内まりあ。

枯葉模様のカントリー調のドレスに、ちょっとせつないキャンパスソングが似合っている。

さすがに『西蘭女子大のミスコン』といわれるショーだけあって、モデルはみんな綺麗でスタイルがよく、目をかれる女の子たちばかり。

だけどわたしは今、このステージの上に森田美湖がいないことが、とても残念だった。

確かにパンフレットのプロフィール写真は、どの女の子も綺麗に写っているけど、実際に服を着て歩き、ポーズをとった時、やっぱりみっこにかなう女の子はいないと思うからだ。

それほどまでに、この前みっこが見せてくれたウォーキングは、印象的で美しかった。


「残念ね。わたし、みっこがモデルしてるとこ、やっぱり見たかったな」

わたしは彼女を振り向いて言った。

みっこは真剣な眼差しでステージを見つめていた。両手はひざの上に置かれて、ギュッと握られている。

まばたきもしない。

そのまま1分… 2分…

「みっこ、ずいぶん真剣に見るのね」

「え? あ… ああ。そうね…」

みっこはチラッとわたしに視線を投げかけたが、すぐにステージの方に戻した。しかし、それも長くは続かず、突然立ち上がった。

「さつき。もう出よ」

「え? まだ終わってないわよ」

わたしはステージに目をやる。純白のウエディングドレス姿のモデルたちが、次々とステージに上がっている。

「さつきは最後まで見てていいわ。あたし、外で待ってる」

わたしにかまわず、みっこは出口へ向かう。わたしもあわてて席を立った。

「み、みっこ」

フィナーレの近づいたクライマックス。会場いっぱいの拍手が鳴り渡る中を、わたしとみっこは退場した。


「…ごめん。さつき」

「なにが?」

「あたし、どうしようもなくわがままで」

「いいのよ、もう。わたしが無理に誘ったんだし」

「そんなことないんだけど…」

そこまで言って、みっこは黙り込む。

会場の外はすっかり日が暮れていて肌寒く、キャンパスには色とりどりのイリュミネーションが、まるで地上に堕ちた星屑のように散らばって、冷たくまたたいていた。

しばらく無言のまま、わたしたちはそんなキャンパスを、あてなく歩いた。


「みっこはファッションショーとか、きらいなの?」

中庭まで来た所で、わたしは訊いてみた。かなり間を置いて、みっこはかぶりを振った。

「…ううん。あたし、お洋服は好き。一着一着に作ってくれた人の愛情と情熱を感じるし、それを着こなすことに、誇りと満足感… みたいなものを感じる。

変? そういうの」

「ううん。みっこらしい答えだなって思う。いつかあなた言ってたじゃない。『オシャレって、お金で買える物じゃない』って。

あの話を聞いていて、わたし、あなたがファッションをとっても大切に考えているのが、よくわかったもの」

そう言いながら、わたしは気がついた。


『みっこはモデルって仕事を憎んでいたの? それとも愛していたの?』

という疑問の答えに。


『着こなすことに、誇りと満足感… みたいなものを感じる』


みっこの答えは、ファッションを見ている側の感覚じゃなく、着る側、モデルとしての感覚。

彼女はきっと、モデルって仕事を愛しているんだ!


「あたし… わかってた。こんな気持ちになるの。

…やっぱり、捨てられない」

そうつぶやいて立ち止まり、みっこは夜空を見上げた。虚空こくうの中に、なにかを求めているような横顔。

みっこはファッションモデルになるように育てられたし、彼女自身もモデルという仕事を愛しているのなら、どうして今、それを拒んでいるの?

「わたし、どう考えても、みっこがモデル嫌いだって思えない。あなたがモデルになりたくない理由って、なんなの?」

みっこは少し驚いたようにわたしを振り返り、なにかを探るように、しばらくわたしの瞳をじっと見つめる。

「もう、さつきには言わないとね」

そう言ったみっこは、突然、中庭の噴水に向かって走り出した。


「あたしねー」

途中で振り向いて、みっこはわたしに叫んだ。


「あたし。モデルになれないの!」

「えっ?!」

「モデル失格なのよ!」

「どうしてっ?」


わたしは彼女を追いかけた。

みっこは噴水のそばに立ちすくんだまま、アップライトに照らされて、まるで巨大なカリフラワーのように白く浮かび上がった噴水を、ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、じっと見つめている。

「みっこ…」

「…165センチはなきゃ、いけないの」

「え?」

「身長がね、最低でも165センチはないと、ほとんどのステージじゃ、オーディションを受けることさえできないのよ」

「そうなの?」

「あたし、157センチしかない」

「あ…」

みっこはくるりと背を向けた。

「ふふ… ばかみたいでしょ。この十数年間、友だちも作らずに親の言うとおり、一生懸命モデルのレッスンに打ち込んでいたのに、いちばん肝心の身長が足りなかったなんて。

そういう、努力とか才能とか以前で、モデルができないなんて。

あたし… 今まで、いったいなにやってたんだろ」

「みっこ…」

「だからあたし。なくした18年を取り返すことにしたの」

みっこは噴水のふちに腰をおろし、ゆらゆら水面みなもに揺れる光のかけらを、じっと見つめている。

彼女のシルエットが、波紋であいまいに揺れる。

「ほんとはね。パパもママも、西蘭女子大進学、大反対だったの。九州の、それも四年制の大学に行くなんて、『モデルになりません』って言ってるようなものだもの。

でも、あたし、来ちゃった。

あたし、大学生活で自分を変えたかったの。

今までずっと自分が囲まれてきた環境を、すっかり変えてみたかった。

友だちとケーキ屋さんに行ってみたり、夜ふかしして恋の話をしてみたり…

そんな風にして、すごしたかった。

もう、モデルのことは考えたく、ない」

「…」

そうだったんだ。

入学式の日、みっこが思い詰めたような表情をしていたのは、そんな経緯いきさつがあったからなんだ。

みっこが今まで、自分の話に触れたがらなかった理由も、これでやっとわかった。

だけど…


わたし、どうしても納得できない。


今、雑誌とかで活躍しているモデルさんだって、身長がそんなに高くない人だっているし、モデルになる気があるのなら、ステージモデル以外にも、いろいろと道はあるはず。みっこならそのくらいのことは、わかっているだろうに。

身長のことだけじゃない、なにか別の大きな出来事が、みっこの心を固く閉ざさせた原因として、あるんじゃないの?


森田美湖とつきあいはじめて半年。

その間の彼女のいろんな言葉や行動を、わたしはジグソーパズルのかけらを集めるように、心のなかでつなぎ合わせてみた。

だけど、今の彼女の告白を埋めてみても、まだなにか肝心なところがポッカリ抜けていて、全体の絵が見えないような気がする。


「みっこはもう、モデルにならないの?」

「ならないんじゃなくて、なれないの」

「違うわ。『なりたくないのか?』って、訊いてるのよ」

「…」

言葉に詰まって、みっこは瞳をそらした。

あの日、誕生日の買い物に行くときに、みっこの言った台詞を、わたしは思い出す。


『さつきはあたしが、なにになればいいと思う?』


きっとみっこは、『モデルにならない』って決めただけで、彼女の心は、まだ迷宮の出口を見つけられないで、さまよっているんだろう。

モデルの仕事を愛しているけど、それを受け入れてもらえないから、みっこはモデルを拒むことでしか、自分を楽にできないんだ。


あ…


『…さつきはもう、川島君に関わりたくないんでしょう? だからお別れを言ったのよね。

あたしがモデルと手を切ったのも、それとおんなじ理由よ』

この前、被服科の小池さんからモデルに誘われていたとき、モデルをやることを勧めたわたしに、みっこはそう言った。

あのときは、川島君に別れを告げたわたしをからかったのかと思って、ムカッときただけで、それ以上深くは考えなかったけど、もしかしてそういう意味を込めていたのかも。


好きなものや人から拒まれたとき、自分もそれを拒まないと、存在を保てない。

それは、わたしもみっこも同じなのかも…


「カーニバルだわ」


空を見上げて、みっこはポツンと言った。

「え?」

「そうよ! あたしの大学生活は、ぜーんぶ毎日が壮大な実験なのよ。

すごいじゃない! これはあたしの今まででいちばん豪華なカーニバルなんだわ!」

みっこはそう言ってくるりと回ると、わたしを見てニコリと微笑む。

「ど… どうしたの? カーニバルってどういう意味?」

「いいじゃないさつき。あたし、やっとわかったんだから!」

「なんなの? わたしは全然わかんないよ」

「いいのよ、もう。あたし決めたんだ! カーニバルなら、うんと楽しまなくちゃって。学園祭の夜は長いわ。後夜祭にそなえて、なにか食べに行こ! そして今夜は思いっきり楽しもうね!」

そう言ってみっこは、足取り軽くかけ出した。

「待ってよ、みっこ!」

わたしはあわてて彼女のあとを追った。みっこにはいつだって振り回されてばかり。

わたし、この子がなに考えているのか、よくわからなくなるときがある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る