Carnival Night 4
「こんなものかしらね」
中庭の噴水のふちに腰を下ろし、行きかう人たちを眺めながら、わたしはため息混じりにつぶやいた。
「学園祭っていったって、結局自分の彼氏見せびらかしたり、テキトーに遊び相手の男を見つけるだけの場所みたい」
「みんな、今が楽しければいいのよ」
「なんか、刹那的」
みっこもわたしのとなりに座って、人ごみをじっと見つめながらつぶやく。
「カーニバルって、そんなものかも知れない。ね」
はぁ…
なんだかまた、気持ちがカサカサしてきた。
こんな時は、口調も
「なんか、バカみたい。みんなテキトーに彼氏作って、バブリーなクルマで遊びまわって、おねだりして高いブランド品買ってもらって…
相手のこと、そんなに好きじゃなくても『ま、いっか』って割り切っちゃって。そんな軽い気持ちでつきあえるなんて、信じられない」
「そうね」
みっこは噴水の方にからだを向けると、池の水をパシャパシャかきまわす。飛び散った水玉が、陽の傾きかけた逆光にキラキラ輝いて宙で踊る。わたしはそれを見つめながら、続けた。
「カレシを持つってこと自体がファッションなのよ。そして、ファッションにはやっぱりブランドを求めるでしょ。高年収とか高身長とか高学歴とか高級車とか。わたし、そんなのついて行けない」
「そんな『ファッション』のために、たいして好きでもない人とエッチするくらいなら、ひとりでいる方がマシよね。気持ちよくないもん」
「わあ。みっこダイタン発言!」
「そう?」
みっこは頬に手を当てて、クスリと笑う。
「あたし。ファッションって、怖いと思う。夢中で追っかけてるうちに、見えない大きな流れに呑み込まれてしまって、自分をなくしちゃう。
そんな人たちより、見た目は地味でも、自分をしっかり見つめて、流されないで生きている人の方が、あたしはカッコいいって思う」
「そうよね。やっぱり自分を持ってる人の方がかっこいいよね!」
「さつきって、そういうタイプなのよね」
サラッと言って、みっこはわたしを見つめて微笑んだ。
「ちゃんとした信念を持ってて、自分のやりたいことが見えてる。そんなさつきって、とっても魅力的よ」
「みっこ…」
なんだか、気持ちのいい風が、もやもやと淀んでいた黒い霧を吹き流していくみたい。
落ち込みかけていたわたしに気づいて、みっこはそんな風に言ってくれたのかな?
でも、今のわたしにはそれがすっごく嬉しい。
みっこはわたしの手を取り、パンパンと軽くたたきながら言う。
「ま。
「『流行に乗れない地味女』って、みっこもそうなの?」
「あら? あたしってかる~いギャルに見える? ショックだなぁ~」
「あは。みっこって見かけによらず、重い女。だもんね」
「え~。うそ~? それもちょっとショック!」
みっこはそう言いながら、明るく笑った。
やっぱりこんな彼女を見ていると、沈んだ気分もまぎれるかなぁ
学園祭のメインイベントのひとつ、「1990西蘭女子大学ファッションショー」は、5時から本館大ホールで開催される予定になっていた。
「ね、みっこ。ファッションショーは、見に行くでしょ?」
「そうねぇ…」
「西蘭の被服科ってレベル高くて、ファッションショーもかなり本格的って話よ。学校の課題とかじゃなくて、このショーのために創作した衣装なんだって」
「ふうん」
「ふうんって… みっこ興味はないの?」
「そんなことないけど」
「じゃあ、見に行きましょうよ!」
「…そうね」
「もう始まっちゃうわよ!」
「ええ…」
さっきまで明るい顔をしていたみっこは、ファッションショーの話題になったとたん、顔色を曇らせ、返事も歯切れが悪くなった。
「さつき…」
「なに?」
「…ううん。なんでもない」
ファッションショーの開かれる大ホールは、もうほとんど満席だった。
アリーナのような作りのこのホールには、1階に400席ほどの客席がセットされていて、正面ステージから20メートルほどのランウェイが、センターステージまで突き出している。その左右の脇には三脚に据えられたビデオカメラや大きなカメラを構えた人たちがずらっと並び、ショーの始まるのを待っている。
会場内はまだざわついていた。
1階はもう席が空いてなく、わたしたちは2階のうしろの方にやっと席を見つけると、入口でもらったショーのパンフレットを広げた。
「ねえ、知ってる? 三年の小池さん。今年は出品取りやめだって」
「ええっ。ショック! わたしあの人の服、楽しみにしてたのに!」
わたしたちの前の席に座っていた、ワンレングスにボディコンで身を固めた上級生らしい女の子たちが、そんな話をはじめた。
小池さんって、こないだみっこをモデルに誘ってきた人よね。
彼女たちの話は続いた。
「それがね。彼女、一年生にモデルを頼んだのはいいんだけど、見事にフラれちゃったらしいのよ。だから製作中のドレスを、みんなショーから削ったんだって。もうほとんど完成してたっていうじゃない。もったいない話よね~」
「ええーっ! 小池さんのモデルを断ったの?! なんか生意気じゃない? どんな子?」
「もり… なんとか言ってたな。すっごい美人だって言ってたけど…」
「そうよね。西蘭のファッションショーって、ミスコンと同じだもんね」
「でも、わたしもチラっとその子見たことあるけど、そんなにたいしたことなかったわ。背が低くて服も地味だし。小池さんが執着する気持ち、わかんないな~」
「なに? 小池さん、そんな子のためにショーやめちゃったの?」
「全部その子のイメージで作ってたから、今さら他の子に着せたくないんだって」
「でも、服は何人かのチームで作ってるんでしょ? ほかの人たちは出品したかったんじゃない?」
「だってあのカリスマ小池よ。彼女が『出さない』って言えば、だれも逆らえないわよ。
パターンとか縫製やってる人は、残念がってたらしいだけど」
「最悪。ふざけてるわ! そのモデル。でも小池さんも、そのモデルでなきゃダメだったんなら、服作りはじめる前から、ちゃんとキープしとくべきだったんじゃない?」
「そうよね~。まさか断られるなんて思ってなかったから、先走りすぎたのかもね。なんたって毎日ファッション・コンクール入賞者だから」
「にしても、やっぱり小池さんの服、見たかったな」
彼女たちの話を聞いていて、自分がとってもすまないことをしたような気分。
「みっこぉ…」
わたしは小声で、となりのみっこにささやいた。
彼女はなにも言わない。ただ黙って、手元のプログラムに視線を落としている。
そのうちブザーが鳴って天井のライトがしだいに暗くなっていき、騒がしかった場内も少しづつ静かになってきた。
「はじまるわ。さつき」
みっこはプログラムを閉じる。おしゃべりをしていた前の席の女の子も、ステージに目をやった。
会場が暗転したなか、『FLASH DANCE』のイントロが、高らかに鳴りはじめた。
つづく
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