Love Affair 3

   affair3


「みっこ、どう思う?」


夜にひとりで部屋のなかに閉じこもっていると、考えがどんどん闇に沈んでしまう。

思いあまって、わたしはみっこに電話してみた。

その日の集会のことを、事細かに話す。みっこは確認するように言った。


「ふたりとも、『恋人同士です』って、カミングアウトしたわけでもないし、それらしい態度もとってないんでしょ?」

「まあ、そうだけど。水着写真を撮ったりしてるのよ」

「そんなの、モデルだったらふつうなんじゃない?」

「そっ、そんなものなの?」

「…多分ね。それだけじゃ、川島君とえみちゃんがつきあってる証拠にはならないわ」

「そうかなぁ?」

「やっぱり、まずはえみちゃんが『彼女』なのかどうか、はっきりさせることよね」

「『えみちゃんは彼女?』って、川島君に聞くの?」

「うわっ。すっごい直球勝負。『そうだよ』って打ち返されたら、もうゲームセットじゃない」

「じ、じゃあ、どうすれば」

「会話の流れの中で、さりげなく、自然に聞き出せるといいんじゃないかな?」

「ん〜。わたしそういうの苦手だけど… でも、聞き出せたとして、やっぱり恋人同士だとわかったら、どうするの?」

「さつきはどうしたいの?」

「う… ん」

「それでもやっぱり友達でいたいの? だったら、あなたの気持ちは、完璧に隠しておいた方がいいかもね。その上で、チャンスを待つことかなぁ」

「『チャンスを待つ』って、ふたりが別れるまで待ってるってこと?」

「それだけとは限らないけど… ほんとにふたりが恋人同士だったらの話だけど」

「その仮定、もうやめよ。なんだかせつなすぎて」

「そうよね。まずは事実の確認からよね。それにあたし、えみちゃんもだけど、その『志摩みさと』さんって人も、気になるかなぁ」

「え? 志摩みさとさんが? 確かに彼女、美人だし、なんだか放っとけない雰囲気があるけど」

「まあ、一応マークしてた方がいいかもね。男の人ってそういうフェロモン系には、弱いみたいだから。一般論だけど」

「お、脅かさないでよ」

「だから一般論だって。ふふ。でもさつきだって、なんだか守ってあげたくなるタイプなのよね」

「じゃあみっこは、『攻めてもらいたくなる系』?」

「ん~。それってなんだか複雑。女の子として… まあ、今はさつきの恋の話なんだけどね」

「そうかぁ、志摩みさとさんかぁ。

確かに、あの距離の近さは、ふつうじゃないかも」

「とにかく、いろいろはっきりさせた方がいいんじゃない?」

「でも、それも怖いのよね… どうしよう…」

 

そんな、埒のあかない堂々めぐりな会話をしながら、わたしはみっこを夜遅くまでつきあわせてしまった。とりあえず今は自分の恋愛でいっぱいいっぱいで、みっこには迷惑かけるけど、わたしの話を熱心に聞いてくれる彼女に、今は甘えたかった。


   affair4


 次に川島君に会ったのは、小説講座の開催された金曜の夜。

いつものようにふたりは講座の帰り道に、『紅茶貴族』でお茶を飲みながらおしゃべりしていた。

もう見慣れた店内に、いつものアールグレイ。川島君といつものような文学やサークルの話。

今まではそれで満足していたんだけど、今日はなんだか落ち着かない。

みっこの言うように、あららぎさんのことを訊いてみたい。

ふたりの関係を、はっきり知りたい。

川島君と話しながらも、わたしはどんなタイミングで蘭さんのことを切り出そうか、内心焦っていた。だけどわたしはみっこみたいに、会話のイニシアチブをとるなんてできないし、気ばかり焦るだけで、彼の話もうわの空だった。


「そうそう。今、学校のパソコンでみんなの原稿入力してるところだけど、さつきちゃんの小説の入力終わったから、校正しといてくれる?」

そう言って川島君は活字になったわたしの原稿のプリントを取り出した。

「わあ。こうして活字で読むと、自分の文章も客観的に見れる気がするわね」

「最後の余韻がよかったな。『パセリ』ちゃんのその後がいろいろ想像できるようで」

「あ、ありがとう」

「次はどんなの書く予定?」

「ん~。まだわかんないけど…」

と思案しながら、頭のなかにアイディアがひらめいた。


「…今度は、恋愛小説を書いてみたいと思ってるの。でもわたし、男性心理とか、よくわからないから、川島君に教えてほしいの」

小説の話題にかこつけてこのまま恋愛話に持っていって、うまいこと蘭さんのことを聞き出そう。

そんなわたしの思惑に、川島君は気づくこともない様子で、乗ってきてくれた。

「恋愛小説か… 面白そうだけど、ぼくの乏しい経験じゃ、たいしたアドバイスもできなさそうだな」

「そう? でも川島君って高校の頃、すごいモテてたじゃない?」

「ぼくが? そんなことないと思うけど」

「クラスの女の子が、川島君の噂してるの聞いたこともあるし、『川島君が好き』って女子も、いたのよ」

「へえ。そうなんだ」

「それに… わたし、見たことあるのよ。川島君が、蘭さんと下校してるとこ」

さりげなく切り出したつもりだけど、今の台詞、語尾が震えていたような気がする。

どんな反応が返ってくるか、不安でたまらない。

わたしの心臓の音は、川島君に聞こえてしまいそうなくらい、激しく高鳴っていた。でも川島君は、わたしの気持ちにはまったく気づかないみたいで、なんでもないように言った。

「あぁ。えみちゃんには高校の時からモデルやってもらってるから、いっしょに帰ることもあったな」

「川島君と蘭さん、お似合いだったわよ」

作り笑顔を浮かべて、わたしは努めて明るく話した。なんでこんな、心にもないこと言っちゃうんだろ。

しかし川島君は、急に表情を曇らせた。

「イヤなんだよな。そういうの」

「え?」

わたしはドキリとした。もしかして、川島君の気に障るようなこと、言った?

「えみちゃんのことは、ぼくは純粋に作品づくりのための、カメラマンとモデルの関係と、割り切っているんだ。

なのに、いっしょに帰ったとか、写真撮ったとかだけで、彼氏だの彼女だのいう奴もいて、『ヌード撮ったか?』とか『ヤったか?』とかくだらないこと訊いてくる奴までいる。

ぼくは恋愛と作品づくりは、別のものと考えてるんだ。そういう興味本位な視線で見られるのって、イヤなんだよ」

「ごっ、ごめんなさい。わたし」

「あ… さつきちゃんのこと言ってるわけじゃないよ」

うつむいているわたしを見て、川島君はフォローを入れてくれた。


そうか…

蘭恵美さんのことは、川島君はただのモデルとしか見てないのか…


ほっとすると同時に、なんだか拍子抜けしてしまった。

高校時代のあの、わたしの運命を変えたと思った大事件は、実はなんのことはない『オチ』がついていたってことか。

今までずっと悩んでたのが、バカみたい。

もっと早くこんな風に、川島君にほんとのことを聞けたらよかったんだけど、挨拶する勇気さえなかった当時の自分には、無理な話よね。

まあ、川島君のご機嫌損ねるようなこと言ってしまったのは失敗だったけど、とりあえずふたりの関係の確認はできたので、よしとするかな。


なんだか… 希望が見えてきた気がする。

川島君と蘭さんの噂を周りから散々聞かされてきて、その度に胸が引き裂かれる思いにかられてきたけど、ふたりは実は、恋人同士なんかじゃなかったことを、川島君本人の口から聞けて。


 気持ちが明るくなったせいか、わたしは少しおしゃべりになった。


つづく

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