Love Affair 2
わたしのもやもやをよそに、川島君は会誌の説明を続けていた。
「…だから、コピー1枚10円で計算すれば、100ページの本でも、2丁付けで一冊当たり500円程度で印刷できるはずだよ。紙代やいろんな雑費を入れても、会費は1000円あれば充分だろう」
「写真とかもあるんだろう? コピーじゃ綺麗に出ないんじゃないか?」
松尾さんが疑問をぶつけてきた。
「うちの学校にappleの『Macintosh IIfx』があるんだ。写真をスキャナで取り込んで、それをレイアウトして版下用にプリントアウトしようと思ってる。先生から使用許可ももらったし、パソコン操作の練習にもなるしな」
「川島。初めての割に段取りがいいな」
「はは。でもこれからどうなるかわからないぞ。原稿が揃ったのはいいけど、文字は自分たちで手入力しなきゃならないから。これからが大変だ」
「わたし、キーボードなんて触ったことないわよ」
「わたしは情報処理科だけど、家にパソコンはないから、学校でしか作業できないわね」
みさとさんと紗羅さんも、会話に加わってくる。
「そうだな。自分でパソコン一式買えればいいんだけど、値段が高すぎるから」
「『Macintosh IIfx』なんて、本体だけで100万以上だろ。20MBのメモリ増設して、スキャナとかモニターとか周辺機器まで入れれば、150万円。軽くクルマが買える値段だよな」
「う~ん。自分専用のコンピューターなんて、まだ夢見たいな話だな」
ため息つきながら、川島君と悠姫ミノルさんが顔を見合わせる。コンピューターのことなんて全然わからないので、わたしは遠慮がちに訊いた。
「入力って?」
「ああ。今度の同人誌はある程度、パソコンで作ろうと思ってるんだ。だから文字も活字にできるんだよ」
「ワープロみたいなもの?」
「まあね。『PhotoShop』とか『FreeHand』とかのグラフィックデザイン用ソフトを使って、パソコン上で文字をレイアウトしたり、書体や大きさを変えたり、画像の配置とか加工もできるんだよ」
「へえ~。それを使えば、市販の本と同じ様なものができるの?」
「内容とセンスの問題はあるけど、技術的には同じだな」
川島君の答えを補足するように、悠姫ミノルさんが言う。
「出版社も今、どんどんMacを導入しているけど、それと同じシステムだから、同じ様な本ができるよ。微妙にソフトの違いはあるけど。
『Adobe』社もドロー系のDTPソフト出してるけど、『Illustrator』はまだテキストの編集が面倒で、『FreeHand』よりは使い勝手が悪いかな~」
「すごいですね! コンピューターで同人誌作るなんて。なんかハイテクです」
「ビジュアルアーツ専門学校生なら、そのくらいできないとな」
ちょっぴり誇らしげに、川島君が言う。
「わ~、楽しみ。わたしもワープロほしいんだけど、高いから買えなくて。自分のお話しが活字になるってのに憧れてたんだ。嬉しい~」
「期待しててくれよ」
感動するわたしに、川島君はVサインで応える。
「ふうん」
盛り上がっていたわたしたちの隣で、わたしの原稿を読み終わった志摩みさとさんが、感心したように言った。
「弥生さん。とっても素敵なお話し書くのね。この主人公の『パセリ』ちゃんに感情移入しちゃって、なんだかホロっとしてきちゃった」
「え? そうですか?!」
「すごく面白かったわ。他にも今まで書いたものがあるんだったら、見せてほしいんだけど、どう?」
「ええ。今度の集会の時に持ってきます」
わたしの声は、きっと弾んでいたと思う。
人から褒められるのは、やっぱり嬉しい。
『じゃあ、わたしのも読んで感想聞かせてね』と、志摩さんも微笑みながら言う。
川島君と創作活動をいっしょにできるのは嬉しいことだけど、こんな風にだれかと作品を見せ合ったりするのは、創作意欲を刺激されてモチベーションもテンションも上がってくる。最初は不安だったけど、やっぱりこのサークルに入れてもらって、よかったかな。
「えみちゃん、遅いわね」
ハンバーガーを食べながら、持ち寄った作品や編集の話なんかをしているとき、不意に、志摩みさとさんが漏らした。
わたしはドキリとした。
『えみちゃん』って、まさか…
みさとさん、彼女のこと知ってるの?
しかし、蘭恵美さんのことを知ってるのは、彼女だけじゃないみたいだった。
「えみちゃん、今日は学校に寄らないといけないんだってさ。もうすぐ来ると思うよ」
川島君が原稿に目をやったまま、コーヒーを飲みながら話す。彼の口から「えみちゃん」という親しげな呼び方を聞くと、やっぱり心がざわついてしまう。
「やった。きゃわゆい女子高生の制服ミニスカ姿が見れるな」
「ミノル、よだれたらすなよ」
「まあ、えみちゃん美少女だしね。男どもが鼻の下伸ばすのも、無理ないか」
「それを知ってて武器にするタイプだものね。彼女」
紗羅さんが、冷静に分析する。
みんなの会話に、わたしは心臓の音が速くなるのを感じながら、口をはさんだ。
「あの… えみちゃんって?」
「ああ。ぼくの高校の時のクラブの後輩だよ」
「すっごいわがままな子なのよ。可愛いから許すけど」
川島君のあとに、志摩みさとさんがつけ足した。
「あ。写真見ます? 川島が撮ったやつ」
そう言いながら、松尾さんが封筒から数枚の写真を取り出した。
それは、綺麗な夕焼けの海に、ひとりの少女が佇んでいる写真だった。
真っ赤な景色の中に、小さく写った少女の後ろ姿。
だけどそれは、川島君の心のなかの海に、入ることを請われた女の子。
次の写真は彼女のアップ。レンズを通して川島君を見つめて微笑む表情が、ふたりの距離の近さを語っていた。
まさか…
こんなところで、蘭さんといっしょに活動することになるなんて…
もしかして、このサークルにいる限り、わたしは川島君と蘭さんをずっと端から見ていることになるの?
そんなこと、今のわたしに耐えられる?
「お。噂をすれば、だな。こっちこっち!」
川島君がそう言って、店に入ってきた制服姿の女の子に手を振った。
川島君…
わたしのときは気づいてくれなかったのに。
彼女… 蘭恵美さんが、こちらにやってくる。
制服のミニスカートから伸びる、すらりとした綺麗な脚。
栗色の長い猫毛が、透きとおるくらい白い肌によく映えていて、お人形みたいに可愛い。
わたしに気がついた蘭さんは、怪訝そうな表情をした。
「ああ、はじめてだったね。彼女は高校の時の同級生で、弥生さつきさん。さつきちゃん、彼女が蘭恵美ちゃん」
「…はじめまして」
「は、はじめまして」
こちらの出方を計るようにぎこちなく、蘭さんは会釈する。わたしもおどおどと挨拶を返した。
これが、運命のいたずら?
こうして蘭さんと、直接話すことになる日がくるなんて、あの時は思いもしなかった。
そう…
あの、雪の降りしきる冬の日の放課後には。
「川島先輩から、お話しはうかがってました。弥生先輩、小説お書きになるんですね」
なにかを警戒するような顔で、蘭さんはわたしを見つめながら、無愛想に言った。
「書くってほどじゃないけど」
「わたしは文才なんてないけど、去年からずっと川島先輩のモデルとして、作品づくりに協力してるんです。先輩ってふだんはとっても優しいけど、写真撮る時は鬼になるんですよ。笑っちゃいますよね」
『笑っちゃいますよね』と言った彼女の口調は、どこかつっけんどんだった。
その言葉のはしには、『自分の方がずっと川島君のことを知っていて、請われてモデルをしている』という、優越感みたいなものが漂っていた。
わたし、バカだった。
本屋での奇跡の再会に浮かれて、運命の赤い糸みたいなものを感じていたけど、川島君はわたしが知らないところで、確実に、この子といっしょの時間を重ねてきたんだ。
だけどわたしは、それを責めることも、嘆くこともできない。
それこそみっこが言ったとおり、わたしにはそんな『資格』なんてない。
だって、わたしと川島君は、ただの『友達』だから…
はぁ…
なんだか凹んでしまう…
みんなの輪の中に加わった蘭さんは、ひときわ華やかで可愛らしく咲き誇る、大輪の花だった。
悠姫ミノルさんや松尾さんは、蘭さんを囲んで浮かれている様子で、心なしか川島君も、さっきまでより表情が明るい。
「ね。えみちゃんって、男子に人気あるでしょ。まるでアイドルみたいに甘やかされてるのよ」
蘭さんを囲んで盛り上がっている男たちに聞こえないように、志摩さんはこっそり耳打ちしてきた。
「そ、そうですね。蘭さん、可愛いですから」
「確かにね~。川島君でなくても、モデルをお願いしたくなるわよ」
「そうですね」
「水着の写真も見せてもらったけど、えみちゃんって細くて脚も長くて、素敵だったわ。その魅力を本人もよくわかってる感じ」
「水着…」
川島君、蘭さんの水着姿を撮ってるんだ。
水着姿を男の人に見せるなんて、しかもそれを撮らせるなんて、ふつうの関係じゃできないはず。
やっぱりふたりは、恋人同士…
「弥生さん?」
いけない。
つい視線が、川島君と蘭さんを追っている。
せっかくこんなに
「あっ。なんだか見とれちゃって。ほんとに蘭さんって、可愛いですね。つい、目が吸いついてしまいますよね」
そう言って、わたしは取り繕う。
蘭恵美さんを交えた集会の続きを、わたしは本心を悟られないようにして過ごした。
つづく
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