Vol.5 Love Affair
Love Affair 1
affair1
「じゃあ。11月18日の12時に、
「いいよ」
「盛り上がるらしいのよ、うちの学校の学園祭。模擬店もたくさん出るし、ライブやほかの大学との合同イベントとかもあったり。なかでも被服科のファッションショーは大学のミスコン替わりで、かなり有名らしいのよ」
「楽しみだな。あと三週間か」
川島君とふたりで過ごす、昼下がりのカフェ。
セピア色のざっくりとしたカーディガンに白いシャツ。テーブルに頬杖ついて、彼がコーヒーを飲んでいる。
わたしといえば、向かいの席に座って湯気の立ってるカップを両手で包みながら、じっと彼のこと、見つめている。手のひらにじんわり伝わってくる、ぬくもり。
いいな。こういうの。
窓いっぱいの光に包まれて、ふんわりとしたパステル画のようで、さりげないけど、あったかい…
もう、ずっと前から、わたしはこんな景色に憧れていた。
川島君と同じテーブルを囲む。
なんでもないような言葉をかわす。
未来のことを約束する。
川島君が微笑むのを見ている。
彼の瞳を、じっと見つめている。
そんな瞬間が、好き…
ひと月前まで、わたしにとって川島君は、手の届かない存在だった。
恋をしてもただ見ているだけの、遠いあこがれの人。
でも今は、とっても身近な人になっている。
こうしていっしょにお茶したり、ご飯食べたり、趣味の話をしたりして、同じ時間をいっしょに過ごし、お互いの心を少しづつ溶かしあっているように感じる。
かけがえのないこの瞬間を、わたしは手放したくはない。
コーヒーにミルクを入れながら、川島君はおどけて言った。
「せっかくだから同人誌のメンバーも誘おうか?
みんな女子大なんて行ったことないだろうから、いい経験になると思うよ。特に野郎どもにはね」
「え? そうね。みんなといっしょだと、楽しいよね」
「だよな。男が女子大に入れるなんて、レアな体験だし」
「あ~。川島君、なんだかおじさんっぽい発言」
できるだけ明るく装いながら、わたしもミルクピッチャーをカップに傾けた。小さなカップのなかで、ミルクが渦を巻いて散りながら、沈んでいく。
『川島君は、わたしとふたりだけでいたいわけじゃないんだ…』
一瞬にして溶けてなくなる、わたしの甘いひととき。
わたしの憧れているものは、ただの幻想だって、思い知らされる一瞬。
わたしと川島君は、ただの友達。
コーヒーよりも苦い…
「今度の日曜日の同人誌の集会。1時に駅前のマックに集合だよ」
「うん。わかった」
「初めて会うメンバーで、ちょっと緊張するかもしれないけど、みんないいやつばかりだから。さつきちゃんはいつも通りにしてればいいよ」
「そうね。楽しみにしてる」
「さつきちゃんも、作品できてたら持ってきてくれ。締め切り過ぎたんで、そろそろ編集にとりかからなきゃいけないし」
「うん」
自分の気持ちを悟られまいと、わたしはできるだけ明るく答えた。
affair2
10月も終わりに近づいた日曜日の空は、真っ青に澄みわたっていて、あかね色に染まった樹々の葉と、綺麗な補色を描いている。
休日の駅前の『マクドナルド』は、雑多な人たちでいっぱいだった。
わたしが店に着いたときは、もうみんな集まっているようだった。
川島君は奥のボックスソファーに陣取っていて、4~5人の男女と話に夢中で、すぐには気づいてもらえなかった。
「川島君。ごめんなさい、遅くなっちゃって」
遠慮しながらみんなの席へ近づいていき、声をかける。ソファーには鞄や資料、作品なんかが散乱していて、腰をおろす場所もなさそう。
「あっ、さつきちゃん。ごめんな、気がつかなくて。みんな今来たとこでバタバタしてて。紹介するよ」
そう言いながら川島君は座席の荷物を脇に寄せ、テーブルのコーナー越しにスペースを作ってくれる。みんな、いっせいにわたしに注目した。ん~、ちょっと恥ずかしいな、こういう瞬間。
一見して大学生とわかる、洗いざらしのジーンズをはいた、太めのオタクっぽい男の人と、背が低くて眼鏡をかけた、ちょっと神経質そうな男の人。ロングのカーリーヘアの細くて綺麗な女性に、小さくて可愛いショートヘアの女の人。みんな原稿を読んでいたり、テーブルにノートを広げて、ペンでメモしたりしている。
「はじめまして。わたし『
最初に自己紹介してくれたのは、カーリーヘアの綺麗な女性だった。
わぁ、この人、声が素敵。
ふんわりとした空気を
全体から漂ってくる雰囲気が、コケティッシュっていうのかな?
もうひとりの女性が、どちらかというとクールで知的なイメージなのと対照的に、あどけなくて甘さたっぷりな、砂糖菓子みたいな感じ。
そんな彼女に続いて、他のメンバーもそれぞれ挨拶してくれた。
「こんにちは、『
「俺はペンネーム『
「松尾です。中学時代の川島の同級生。あ、まだペンネーム考えてなくて、松尾は本名。よろしく」
「松尾以外は、みんなぼくと同じ専門学校生なんだ。専攻は違うけどね」
最後に川島君が説明してくれた。みんな親切そうな人たち。これならうまくやっていけそうかな。
自己紹介も早々に、川島君は訊いてきた。
「さつきちゃんは、原稿仕上がった?」
「うん、なんとか。まだちゃんと校正してないから、誤字脱字があったらゴメン」
そう言いながら、わたしは夜なべして完成させたばかりの原稿用紙の束を、川島君に差し出す。
「よかった。これでだいたい原稿は揃ったな。これから編集作業か。半月くらいで編集終わらせて、印刷して… 12月の頭には完成させたいな」
わたしの原稿をテーブルの上で揃え、確かめるように目を通しながら、川島君はこれからの予定をざっくり話した。
「ねえ。印刷はどうするの? あ、わたしにも読ませて」
川島君のとなりに座っていた志摩みさとさんが、彼の方にからだを寄せ、わたしの原稿を覗き込みながら訊く。
「学校のコピー機を借りるよ」
「コピー誌かぁ。オフセットにできないかなぁ」
「オフセット印刷はお金がかかるから、しばらくはコピーで我慢だよ。どうせ20部程度しか作らないし」
「同人誌イベントとか出ないの?」
「イベントかぁ。それもいいかもな」
「わたし、いろいろ調べてみるね。売れる本を作ろうよ」
「じゃあそっちの方は、よろしく頼むよ」
そう言って、川島君は彼女の目を見つめる。なんだか優しい瞳。
志摩みさとさんの話し方は、こんな事務的な内容でも、なんだかしっとりした口調で、その綺麗な甘い声が、耳の奥の脳細胞にねっとりからみつく感じ。いわゆる『フェロモン系』ってやつかな。
いいな。
こういう、天然で色気を出せる女の人って。
みっこの時もそうだったけど、こんな魅力的な女性と知り会うと、つい、目で追ってしまう。
それにしても、ふたりの距離が近い。
川島君の腕に胸が触れそうなくらい近寄って、志摩さんはわたしの原稿を横から読んでいる。だけど、川島君はそんなこと、全然気にしていない様子。
う~ん。
この距離感…
このふたりって、どういう関係なんだろ。
ほんとにただのサークル仲間なのかな?
他の女の人に優しい視線を向ける川島君をはたから見るのは、やっぱり心おだやかでないかも。
特に、相手がこんなに綺麗で魅力的な女性なら…
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます