Sweet Memories 2
そう思って川島君の話を聞いていると、彼の言葉のひとつひとつが、わたしの胸の奥にびっくりするくらい自然に入ってくる。
男の人と話していて、こんなことは初めて。
なんだか嬉しい。
少し照れたように頬を赤らめながら、川島君はクッキーをつまんだ。
「はは。理屈っぽいことばかり話してしまったな。ごめんな。今日は弥生さんから、小説講座のことを聞くだけだった筈なのに」
「そんなことない。川島君のいうこと、よくわかるわ」
「ほんと?」
「でも、意外だった」
自分の気持ちをかすかに匂わせるような言葉を、わたしは伝えたかった。
「高校の頃は、川島君がわたしとおんなじことを考えてるなんて、思いもしなかったから」
「ぼくは思ってたよ」
「え?」
その言葉にわたしの方が驚かされる。思わずわたしは、川島君の瞳を見つめる。
彼もわたしの瞳を見つめていた。
心の奥まで見透かされてしまいそうな、まっすぐな視線。
説明するように、川島君は言った。
「弥生さんって、しっかりしてたもんな。おとなしかったけど、自分がなにをすればいいか、わかってるみたいだった。人生に確かな目標を持っているっていうか、いろいろ深い話ができるんじゃないかなって、感じていた」
「そ、そんなこと思ってたなんて。あっ、あの… ありがとう」
わたしが真っ赤になってあわてるのを見て、彼はクスッと笑う。
川島君って、いつも落ち着いている。
同級生の男子ってなんだか子供っぽいんだけど、川島君は大人びてるっていうか、言動のはしばしに余裕を感じられる。
そういえば高校の頃から、この人が怒ったりあわてたりしてるとこって、見たことがない。
いつだってどこでだって、いつも落ち着いてて冷静で、そのくせ近寄りにくいってわけじゃなく、川島君は誰にでも、親しげに微笑みかけていた。
行動力もあって、なにかイベントがある度に、中心になって進めたりしていた。
だから、クラスの男子にも女子にも人気があって、いつだってクラス委員や幹事とかに選ばれていたっけ。
「そういえば、弥生さんとこうしてゆっくり話しするのって、初めてだね」
「そうね」
「弥生さんは、男子とはあまりしゃべらなかったみたいだからなぁ」
「わたし… 男子って、苦手だったから」
あ…
どうしてこんなことが、するっと言えるんだろ。
「はは。うちのクラスの男子、休み時間も教室で野球したりプロレスしたりさ。かなり野蛮だったから、女子から見ればやっぱり、ドン引きだったよな」
「そんなことないけど… わたし男兄弟とかいないし、男の人のこと、よく分からないの」
「それはまずいな」
「え?」
「男なんて、いきなりオオカミに変身したりする、ガサツで危険な生き物だからな」
「えっ… そ、そうなの?!」
「なんてね。女の子をそうやってからかったりするのも、悲しい男の性かもしれないな~。まあ、そんなことで喜ぶような、単純なイキモノなんだよ。男って」
「もうっ。それってただ、イジワルなだけじゃない?」
「ごめんよ」
「あ、はははっ」
軽く舌を出す川島君を見て、わたしは思わず声を出して笑った。自分でもびっくりするくらい、自然な笑み。
川島君となら、構えずに話ができる。
わたし、どうしてこんないい人に、今まで話しかける勇気がなかったんだろ。
「高校生だった頃に、こんな風に話せたらよかったのにね」
わたしの口から思いもかけず、そんな素直な言葉が溢れてくる。なんだか彼の前で、ようやく自分らしくなれたみたい。
「そうだな。高校の時は話せなかったくせに、卒業して再会したりすると、意外なくらい話せるもんだな」
「ほんと、不思議ね」
わたし、ずっとこんな風に川島君と話がしたかった。
何度そうしたいと思って、手紙を書いたかしら?
その度に、机の奥にしまいこんで渡せなかった、わたしの想い。
こうして今、川島君と話しながら、わたしの心は次第にあの頃…
高校生だった頃に戻っていった。
あの頃…
わたしは紺のブレザーに赤いチェックのプリーツスカート。川島君は詰め襟の黒い学生服だった。
二年間同じクラスで、席が隣同士になって勉強したこともあったっけ。
彼が教科書を忘れてきて、机をくっつけて、わたしのを見せてあげたこともあった。あとで、わたしの気持ちを知ってる友達にからかわれたな~。だけど川島君とは、そんなときでもほとんど話せなかった。
でもわたしは、けっして『根暗の無口な女の子』なんかじゃなかった。
それなりに友達もいたし、クラスの中でもワイワイ賑やかな方だったと思う。
仲のよかった友達は5人。
学校帰りによく『とらや』って甘味屋や『モロゾフ』のケーキ屋なんかにみんなで寄って、とりとめもない話ばかりしてたっけ。
タレントや好きなミュージシャン。新しくできた喫茶店。誰かの持ってきた可愛い小物や、新しく買った服。昨日見たテレビ。だけど、いちばんの話題はなんてったって、『好きな人』のことだった。
「松本君がバレーボールの授業のとき、すごいスパイク決めてたわ。さっすがバレー部キャプテンね」
「広瀬君、今日も遅刻して校門で生徒手帳取られてたわよ。相変わらずドジなんだから」
「そういえば富村君、授業中とかでもいつもはるみの方見てるじゃない。絶対あなたに気があるって」
「知ってる? 有田くんが後輩の吉永さんから告白されたって!」
「うっそぉ! あの人3組の真野さんとつきあってるんじゃない?」
「それを知っててラブレター出したっていうから、その子もすごいよね」
女の子同士の情報ネットワークって、信じられないくらいに広くて、わたしも川島君の血液型とか誕生日、身長体重座高から視力、好きなタレントや、昨日食べた学食のメニューまで知ってたっけ。
だけどどんなに情報を集めたって、ほんとの川島君には少しも近づけなかった…
「なに考えてるんだい?」
川島君の声が、わたしを今の自分に引き戻した。
「うん。高校の頃のこと」
「たった半年前なのに、なんだかすごく昔のことに感じるな」
「うん」
「去年の秋の体育祭。フォークダンスのこと、覚えてるかい?」
「ファイヤーストーン囲んで、三年生だけで踊ったね」
「実はね。みんな自分の好きな女子と踊りたくて、必死で順番考えていたんだ」
「へえ。男子でもそんなことするの?」
「みんなダンスなんかイヤだとか、めんどくさいとか言ってたけど、ほんとはすごく楽しみにしてたんだよ」
「そういえば女子も、好きな人と踊る順番回ってくるかどうかで、みんな大騒ぎしてたわ。だけどお目当の人と踊ってても、まるでバイ菌触るみたいに、相手の指先に、ちょこっとだけ手を載せてるだけだった」
「そうか~。みんな、イヤな振りしながら、相手のことしっかり意識してたのか」
「…」
思わず赤くなった頬を川島君に見られたくなくて、わたしはうつむいた。
自分もそうだったもの。
川島君と踊る順番が回ってきたときも、わたしはイヤそうに彼の指先をちょこんとつまんで、そこに全部の神経を集めてた。そしたら川島君が『そんなんじゃ踊れないよ』と言って、わたしの手をギュッと握ったんだ。わたし、びっくりしちゃって息が止まりそうだった。あれはわたしにとって『大事件』だったのよ。
でも…
川島君は踊りたい人、いたのかな?
そういえばあの頃、どんなに女の子ネットワークを駆使しても、川島君が好きだった人のことはわからなかった。
あんなに明るくてつきあいがよくても、川島君は自分のことはあまり進んで話さなかったみたいで、けっこう『謎』が多かった。
だから、ちょっとでも親しく話している女の子がいたら、すぐに、『川島君はその子のことを好きなんだ』って,噂が立っていたな。
わたしが知っているだけでも、2人の女の子が川島君に告白していたし、『他の学校の女子から告白された』って話も聞いたことがあった。
川島君のまわりには、いつでも女の子の影がまとわりついてて、なにもできないくせにわたしはやきもきしていた。でも、川島君はその誰ともつきあわなかったみたいで、みんなで『不思議ね~』って言って、川島君の好きな人を探っていた。
そんなある日。
あれは…
共通一次試験が終わった翌日の、雪の降る放課後のことだった。
つづく
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