Fashion Plate 4
「さつき、どう? このワンピース。ちょっと着てみない?」
そう言いながら、みっこは螺旋階段の中程から、わたしに服を差し出した。
「なんでわたしが着るの?」
もやもやを引きずっているせいか、わたしの声は少し無愛想だった。
「いいから、いいから」
「わけを言ってよ」
「いいじゃない」
「みっこはなにも言ってくれないのね」
「え?」
「わたし… 伊藤さんからいろいろ聞いたわ。モデルだったみっこのお母さんのこととか、ピアノやバレエ習ってたこととか」
「…」
「みっこはそんな話、してくれなかったじゃない」
「…そうね」
「みっこって、いつだって自分の話はしないよね。
海に行った時もそうだったし、ここに来る途中だって、わたしは自分の夢とか将来のこととか、悩んでることだっていろいろ話したのに、みっこはテキトーにはぐらかして、自分のことはなにも言ってくれなかった。
それって、なんか寂しい。
みっこももっと、いろいろ話してくれてもいいんじゃない?
わたしだって話してるじゃない。
まあ、わたしだって…
無理に聞こうってつもりはないけど。でも…」
感情に任せて口にしていた言葉が、しぼんでいく。
なんか、みっともない。
こんな『友情の押しつけ』みたいなこと言うなんて。
結局わたしって、自分と同じくらいの気持ちを、みっこにも持って欲しいんだ。
それくらい、わたしはみっこのことが好きなんだ。
でも、それが単に片思いの友情だとしたら…
こんなこと言うわたしに、みっこは
みっこは黙ったままうつむいて聞いていたが、ぽつりと言った。
「ごめんなさい」
「…」
「でも。言えないこと… ある」
わたしの知らない遠くを見ながら、彼女はかすかにまゆをひそめた。
「言いたくないとかじゃない。でも今は、まだ…」
ウインドゥに映る大通りに、彼女は目をやった。
たくさんの人が行き交っている。
いろんな服を着て、いろんな過去を背負って。
そうよね。
誰にだって、侵されたくないテリトリーって、あるよね。
わたしなんかに触れられたくない過去だって、きっとあるに違いない。
「わたしこそ、ごめん」
「ううん」
ホッとした表情でわたしを見つめ、みっこは口元を緩める。
「なにも言えなくてごめんね。あたし… まだ測れないの」
「測れない?」
「あたし、ひとりっ子だし、同年代の親しい友達って、ほとんどいたことがなかった。小学校の頃からずっと、クラスの女の子たちからは、なんとなく距離を置かれてたし。
だから、友達とはなにをやってどんなこと話すのか、よくわからない」
「そんな…」
「怖いの。自分の言葉や態度が。
さつきのこと、気がつかないうちに傷つけてしまうかもしれないって思うと」
「あは。なに言ってんの? 『生意気でわがままな小娘』が?
わたしのことなら気にしなくていいのに。わたしそんなにデリケートにできてないもん」
「もう。…そうなんだ」
みっこはくすっと笑う。
そのあとで、少し恥ずかしげにわたしを見つめ、真面目な顔に戻って言った。
「友達との距離って、意外と難しいものなのね」
『友達との距離』、か。
あんなにわがままいっぱいに振る舞っているように見えて、みっこはそれを恐れている。
彼女には、そんなアンバランスな一面がある。
出会った頃から感じていることだけど、みっこは陰と陽のコントラストがはっきりしている。
その『
「じゃあさつき。このワンピース着てみてくれない?
わたし、あなたにはこういう、シックでノスタルジックな服が似合うと思うの。それが理由よ。いいでしょ?」
そう言いながらみっこは改めて、服を差し出す。
「もう。みっこって意外としつこいのね」
「粘り強いって言ってよ」
「ん~。負けたわ」
そう言ってわたしは、みっこから服を受け取った。改めて見ると、それはとってもわたし好みの、素敵なものだった。
こんなブティックに来るのも、ブランドもののお洒落なワンピースを試着できるのも、滅多にないことだし、綺麗な服を見るとやっぱり、晴れやかな気持ちになれる。気分転換にちょっと着てみてもいいかも。
「へえ。とってもいいじゃない。思ったとおり、似合うわ!」
試着室から出てきたわたしを見て、彼女は嬉しそうに両手をポンと合わせた。
鏡の中の弥生さつき。
あなたは別の人みたい。
鏡に映ったその少女は、少し大人びた
くすんだ紅色のアンティークなセミロングワンピースは、質素だけど、襟元や袖口、ボタンにあしらわれたレースが、繊細で落ち着いたよそゆきの雰囲気を醸し出している。
胸元から腰にかけてのラインが、品よくボディのふくらみを見せて、コケティッシュ。
背中や肩に当たる生地の肌触りは、柔らかくて軽やかで、ほんのりと肌にまとわりつく感触が、さらさらしていて心地よく、初めて着る服なのに、なぜか懐かしささえ感じてくる。
からだの動きに合わせてふわふわ揺れるスカートが楽しくて、わたしは思わずからだを左右に振った。
「さつきって色白の可愛い系だから、こういうシックでふわっとした暖色系は馴染むわね。
モスリンのワンピースってわたしも初めて見たけど、ネルと違って軽くても張りがあって、あなたの雰囲気にとってもよく似合ってて、素敵よ」
「ほんとに?」
「お世辞なんか言わないわよ」
「こんな大人っぽい服が、似合ってる? わたし」
返事のかわりに、みっこは微笑んだ。
そう言えばわたし、今日で19歳になったんだ。
大学生になって、いろんな体験をして、去年よりたくさんのことを知っている。周りの人も少しづつわたしを、大人の女として扱うようになっている。
わたしも成長しないとな。
いつまでも子供っぽい友情じゃ、みっこに愛想つかされるかもしれないしね。
「あら。素敵」
タイミングを見計らってやってきた伊藤さんが、嬉しそうに微笑んだ。
「さすが美湖ちゃん。このモスリンのワンピースをよく見つけましたね。これは東北地方で細々と生産を続けているメーカーさんから生地を取り寄せて、『大人になった赤毛のアン』のコンセプトで作った、私のお気に入りの一点ものなんですよ」
「お気に入りだから、2階の奥のわかりにくい所にしまい込んでたってわけ?」
茶化すようにみっこが聞くと、伊藤さんも微笑んで答える。
「そう。お気に入りだから、本当に好いてくれる人に見つけてほしかったんですよ」
「伊藤さんらしいですね」
「美湖ちゃんが見つけてくれて、嬉しいわ」
「サイズもちょうどいいですよね?」
ワンピースの肩と袖に軽く手を触れながら、みっこは伊藤さんに訊く。
「そうね。腰の位置も合っているし、肩幅もぴったりだけど、少しだけウエストを詰めた方がよさそうですね」
そう言いながら、伊藤さんもワンピースのウエストをつまんだ。
「え? み… みっこ。どうして?」
わたしはあわてて彼女に訊ねた。なんでわたしに合わせて補正するの?
「さつきはこの服、気に入ってくれたんでしょう?」
「そりゃ、とっても素敵だと思うけど…」
「じゃ、決まりよ」
「決まりって」
彼女はニッコリ微笑む。
「『生意気でわがままな小娘』にも、こういうサプライズはさせて頂戴」
「サプライズ?」
「今日はさつきの誕生日だから」
「あ…」
「これがあたしからのプレゼント。Happy Birthday」
END
26th Jan. 2011 初稿
21th May 2017 改稿
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