Fashion Plate 3

「いらっしゃい、美湖ちゃん。お待ちしてましたよ」

奥から出てきた五十がらみのオーナーらしい、品のある綺麗な女性が、そう言ってみっこに会釈した。

『美湖ちゃん』って…

ここはみっこの知り合いのお店だったのか。

みっこも親しげな微笑みを返す。

「お久し振りです伊藤さん。今、こちらの方の店舗の視察中だなんて、ラッキーでした」

「ええ。明後日までいて、そのあとは東京に戻りますよ。でもびっくりしましたよ。美湖ちゃんが福岡の大学に進学しているなんて。よく淑子さんがお許しに…」

「ママのことはいいです」

みっこは彼女の話を遮った。

「それより今日は特別な日なんです。だからよろしく」

「はいはい。美湖ちゃんにはかないませんね」

『伊藤さん』と呼ばれた女性は、ニコニコ微笑みながら答えた。

ふたりはしばらくなにか話していたが、「決まったら呼びますね」と言って、みっこはまた服を見はじめた。


なんか、場慣れしてるんだな~。

サングラスたちと行ったフレンチレストランでも感じたけど、みっこはこういう高級っぽい場所でも、品よく堂々とふるまえる。自分の身の丈に合ってないようで、ビビってるわたしとは、なんだか距離を感じてしまう。


「このお店って、ノスタルジックな雰囲気のワンピースが多いのよ。生地や細部のデザインに凝っていて、今じゃほとんど見られない様な素材とかを、探し出してきて使ったりしているの。あまり派手さはないけれど、その分いくつになっても着られるようなデザインと素材だから、値段よりお得なのよ」

そう解説しながら、みっこは店内を回る。

『ブランシュ』は10メートル四方のこぎれいなブティックで、通りに向いたフランス窓と、二階へ上がる螺旋階段らせんかいだんが洒落ている。ショー・ウインドにはローズピンクの豪華なドレスが、ダウンライトにほんのり照らされて浮かんでいる。

トルソーに飾られた服も、確かに派手さはないけど、どこかレトロ調で懐かしい。襟元や袖のレースの使い方が絶妙。ボタンの形もハート型とか貝殻型とか凝っていて可愛い。服にはあんまり詳しくないけど、こういうのは好みかなぁ。やっぱりわたしだって女の子だから、こんな素敵な服を見ていると心が浮き立つ。でも簡単に買えるような値段じゃないだろうし、怖いから値札は見ないことにした。


「美湖ちゃんのお友達の方ですね」

みっこが二階の服を見に行っている間に、伊藤さんが声をかけてきた。

「みっ… 森田さんの。はい、そうですけど」

彼女は微笑みながら、丁寧に挨拶をして下さる。

「これを機に、以後おつきあい下さいね」

「あっ、はい…」

「なにしろ、美湖ちゃんがお友達を連れてきたのは、小学生の時以来ですもの」

「そんなに古いつきあいなんですか?」

「ええ。お母様の淑子さんがモデルをされていた頃からのつきあいですから、もう30年になりますね。もちろん美湖ちゃんはまだ生まれてなかったですよ。あの頃の私達は洋裁学校のデザイナー志望と、かけだしのモデルでしたの」

「森田さんのお母さんって、モデルだったんですか?」

はじめて聞いた。

みっこのお母さんがモデルやってたなんて。

「あの頃の淑子さんはたいそうお綺麗で、身長も高く、パリのコレクションのステージにも立った、一流のファッションモデルにまでなったのですよ」

「へえ。すごい」

「淑子さんは美湖ちゃんの教育にも本当に熱心で、厳しい方でした。

美湖ちゃんには小さい頃から、ご自分の服は自分で選んで買うよう、躾けられてました。そうすることで、美湖ちゃんの感性を養われようとしたんでしょうね。ピアノやバレエも習わせて、美湖ちゃんはかなりの腕前でしたよ。私もまた、美湖ちゃんのピアノを聞いてみたいものですわ」

そう言いながら伊藤さんは、過去を懐かしむ様な瞳になり、「では、ごゆっくり」と言って、奥へ引っ込もうとした。わたしは思わず引き止めた。

「あの…」

「なにか?」

「えっと… 『友達を連れてきたのは小学生以来』ってのは、どういうことですか?」

伊藤さんは少しためらう様子を見せたが、おもむろに話しはじめた。

「あれは、美湖ちゃんが小学校4年生くらいの頃でした。バレエやピアノの発表会で、私がドレスをお作りしたのですが、その採寸や試着の時に、お友達とご一緒にお店に見えたことがあったんです。

でも、そのお友達とは仲たがいされた様子で、『ここに友達連れてくると嫌われる』とおっしゃって、それからはいつもおひとりでいらっしゃいました。

そのお友達はやきもちでも焼いたのでしょうかねぇ… 寂しいことですね」

ポツリとそうひと言つけ足すと、伊藤さんは仕事に戻っていった。


…なんだか複雑。

こんな話、聞かなきゃよかった。

情けないような、腹が立つような、なんとも言えない、もどかしい感情がわき上がってくる。


そりゃわたしだって、みっこのことが羨ましいときもある。

美人でスタイルがよくて、お母さんがファッションモデルで、しかもピアノやバレエがうまいお嬢様とくれば、それは女の子の『なりたいドリーム』をみんな詰め込んだようなもの。

だけどわたしは、みっこに対する嫉妬とか羨望よりも、大事な友達だと思う気持ちの方が強い。

なのにみっこはわたしに、自分のことを話そうとしない。

弱さを見せようとすることも、ない。

ここへ来るときだって、西蘭女子大の志望動機も、将来なりたいことも、結局みっこは誤魔化して、話してくれなかった。

みっこにとって、わたしはどんな存在なの?

当たり障りのないことしか話せない、うわべだけのつきあいなの?


夏の海での、あのもやもやが甦ってくる。

やっぱり、わたしとみっこって、片思いの友情なのかもしれない。


つづく

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