気になるあの娘に熱烈求愛! これが俺の日常譚
里場 茂太郎
1st season
序章 恋の始まり
0-1
俺はあの日初めて、人が恋に落ちる音を聞いた。
あれは一月の出来事だったか。
三学期が始まり、高校一年生もいよいよ終盤に差し掛かってくる時期の話である。
その日は記録的な寒さで、この地域では珍しく雪がチラついていた。
部活動を終えた俺は、白い息を弾ませながらいつも通りの通学路を歩いていた。
見慣れた景色の筈なのに、帰路に就く俺は新鮮な気持ちを抱いている。
西の空に傾いた太陽の赤い光が、町に長い影を落としていた。空から緩やかに落下する雪は舞い散った桜の花弁のようで、夕日を反射して照り輝いている。
その風景はもう、俺の乏しい語彙力では表現できないくらいに美しかった。
しんと冷えた空気は透き通っていて、遠くの景色まで見渡すことができる。身も凍えるような冷風も、部活直後の上がった体温のおかげでどこか心地良い。
俺はなんだか気分が良くなって、軽快な足取りで塀に囲まれた路地を進む。
雪でテンション上がるなんて子供かよ。と、さっき友人に呆れられたが、そうじゃない。俺はいつまでも童心を忘れない純粋な高校生だ。
部活仲間と「子供は風の子ぉ!」とか奇声を上げながら上裸で校庭を走り回り、先生に大目玉食らったときは、さすがに自分でも頭おかしいと思ったけど。
でも。下手に大人ぶって斜に構えてるよりは、自然なままの方が全然いいだろ、たぶん。
だって高校生だもの。俺は今を大事にしたい。それに学校以外ではそんな奇行に走ったことはないから、きっと大丈夫さ。
とにかく、俺は今を楽しく生きていたいんだ。高校生、最高。
なんて、そんな割とどうでもいいことを考えていると。
ニャーニャー。
不意に脇道から猫の声。そちらに視線を移すと、段ボール箱に入った子猫とその前にしゃがみ込む少女の姿が目に入った。
一目見た瞬間、俺はそれが誰であるのか理解する。
高校の制服に身を包んだ彼女。その髪は金色で、西日を反射して輝いていた。
うちの高校に金髪の女子生徒は一人しかいない。
彼女の名前は
はっきり言って、良い印象はこれっぽっちもなかった。
目を引くその金髪は当然、人工的に染められたもの。うちの高校は校則が緩いので、その点においては問題ないのだが、ちょっと近寄り難い雰囲気がある。
というか、ストレートに言ってしまえばただのヤンキー。
制服のブレザーの代わりにいつも黒いパーカーを着ていて、耳たぶには赤いピアス。
彼女は美人であることは間違いないのだが。
何て言えばいいかな……。『高嶺の花』とか『綺麗な薔薇には棘がある』とか。たぶん、そんな感じだ。
目付きが悪く、いつ見ても顔をしかめていて愛想の欠片も無い。委員会ではいつも一人で、教室の端の席に座って窓の外を眺めていた。
話しかけられても最低限の受け答えのみ。滲み出る「話し掛けんなオーラ」も相まって、もう誰も彼女と関わろうとはしない。
俺も一回だけ話し掛けたことがあるが、もう緊張と恐怖で冷や汗だらだらだった記憶しか残っていなかった。
そんな彼女が今、捨てられた子猫を目の前にして固まっている。その場にしゃがみ込んで、至近距離から猫をじっと見つめ続けていた。
ひょっとして取って食おうってんじゃ……。
彼女が口を大きく開け、助けを求めて鳴く子猫を食べようとするイメージが頭に浮かぶ。
うん、ごめん。失礼を承知で言うけど、別に違和感無いや。
吉永さんはまだ動かない。その横顔はいつものようにしかめ面。子猫も不思議そうに彼女の顔を見つめ返すばかり。
いつまで経っても動かない状況に、俺は痺れを切らして吉永さんに話しかけようとした。その瞬間だった――。
「ニャー」
沈黙を破り、鳴き声を上げたのは吉永さん。
大事なことだからもう一度言うぞ。鳴いたのは吉永さんだ。
「ニャーニャー」
いきなり、猫語で猫と会話し始めた吉永さん。
一瞬前までの不機嫌そうな表情はすっかり消え失せ、代わりに柔和な笑みを浮かべている。
鋭かった目元は柔らかに細められており、キュッと結ばれていた唇が緩んで、薄く弧を描いていた。
いつもの彼女からは到底想像できない可憐な笑みに、俺の目は釘付けになる。
その天使のような笑顔を見た俺は――。
――ズッッッッキュウウゥゥゥゥゥウウウウウンッッ!!
あ、ほんとにこんな音するんだ。
全身を衝撃が駆け抜ける。
心臓をブチ抜かれた俺はその場にひっくり返りそうになった。
俺は生まれて初めて『恋に落ちる音』の存在を認識すると同時に、その音を確かにこの耳で聞いた。
そして、この瞬間こそが、俺の人生初の恋の始まりになったのである。
この日を境に俺は、吉永さんの全てが可愛く見えてきた。
その不愛想な態度も、修羅のように鋭い目付きも、氷刃のように鋭利で冷たいその口調も。全部が超可愛い。
俺はどちらかと言えば控えめな性格だと思っていたのだが、あの日以来俺は自分でも驚くくらい行動的になった。
吉永さんの許に積極的に話し掛けに行くようになったし、彼女の一挙手一投足に一喜一憂するようになった。
恋って凄い。
そんな俺を見て友人たちは皆口を揃えてこう言う。「気持ち悪い」と。
うん、知ってる。
正直に言うと、俺も友人の立場だったらドン引きするレベルだ。はっきり言ってしまおう、俺はかなり気持ち悪い。
でも、それが恋ってモンだろ?
なんてったって病なんだから。ちょっとくらい暴走気味でもいいじゃないか。
吉永さんを捕まえて、どうこうしようって訳じゃない。俺はただ、好きな女の子と楽しくおしゃべりして一緒に過ごしたいだけだ。
べ、別にやましい気持ちなんて、すす、少しもないんだからね!?
とにかく。俺はただ、好きな女の子ともっと仲良くなりたいだけなんだ。その為なら俺はたとえプライドを投げ捨てることになろうとも何だってする。――否、してる!
これは、俺が好きな女の子に熱烈な求愛をするだけの物語。ただの日常譚だ。
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