リングの牙と呼ばれた男

チャンスに賭けろ

プロローグ

「おい田沢、さっきの超日本の後楽園ホールの記事あがったか?」


「あと10分ほどでそちらへ送りますんで! ちょっと待ってください!」


彼は携帯電話に頭をさげ、リングの撤収作業の始まった後楽園ホールを後にした。

週刊リングサイド編集部員の田沢は、多忙であった。

一時期、冬の時期と呼ばれたプロレス。

しかし今、それは超日本プロレスの復活により、払拭された。

その人気は、女性や子供のライト層をとりこんで、全国へ拡大中だ。いまやプロレスは一大ムーブメントと化しつつある。


そんなプロレスも一時期、冬の時代と呼ばれた時代があった。

田沢は思い出す。2000年の暑い夏を。

あのすべてが狂ったような暑い夏――。口に含んだ、馬の小便のように生ぬるいビールを噴出したほどの衝撃を受けた瞬間。


あれはリアルだった。

あれがリアルでないなら、何がリアルであるのか。


プロレスは今、ブームだ。

だが、酒に酔うがごとく、狂ったあの夏はもう帰ってこない。


田沢は思い出す。

あのリアル・プロレスラー、牙と呼ばれた男の事を。


その暑い夏の記憶と共に……。

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