「雨音の静寂」

@pocket_hakase

第1話

部屋の中はすでに薄暗くなっていた。

傷心旅行に出てもう三日目になる。言ってしまえばこんな旅行はただの逃げだ。好きになったあの子に告白する前から失恋したこの気持ちを整理したいだけのことだった。そんなものは今思い返せば、旅行なんてものに来なくても自分の部屋でできたはずだ。

民宿の一室でウダウダ考えた結果がこんなものだった。うす暗くなった部屋には窓から薄く光が差し込んでいるだけだ。外は雨が降り出したらしく、窓に雨粒が吹きつけられる音がする。

「明日、帰ろう・・・」

気持ちを改めるために声に出した言葉が、三日誰とも話していなかったせいかかすれて小さく部屋に響いた。誰からも返事はない。部屋には1人きりなのだから返事などあるはずもない。だけど、たしかに自分は返事を待っていた。誰かからの返事を確かに待っていた。自分の奇妙な心境にとまどった。窓に雨が当たる音を聞いていると単純なことだと分かった。どうしようもなく自分は寂しいのだ。雨音しか聞こえない部屋で静かに振動音が響いた。目がくらむ程の明るい画面を見て少し躊躇した。画面に表示されているのは傷心旅行の原因となったあの子の名前だ。正直、出るか迷った。

「もしもし・・・」

「あ、もしもし、なんか三日も行方不明だって聞いたから心配して電話したんだけど。」

「そんな、大げさに騒ぐことでもないだろ。俺なんかが少しいなくなったて気にする奴なんてどこにもいないさ」

「そんなことはないと思うんだけどな・・・。そっちも雨降ってる?」

「たぶん降ってると思う」

「それでいつ帰ってくるの?」

「それは分からないかな、明日かもしれないし帰らないかもしれない」

なんとも言えないモヤモヤした気持ちでそこまで話すと急に沈黙が訪れた。やけに雨が窓を叩く音が大きく聞こえる。

「あのさ・・・」

「うん・・・」

「俺、お前のこと好きだったんだ・・・」

「うん、知ってた」

大きな雨粒が窓に打ちつけられる。五月蠅く窓は鳴く。

「私もキミのこと好きなんだけど・・・知ってた?」

世界から音が消えた。一瞬、何を言われたかわからなかった。いや、何度も自分がこぼした本音とその返事が噛み合ったことが信じられなかった。想像もしなかった返事。望んでいた返事。諦めきっていた返事。

「あのー、もしもーし、聞こえてる?」

「あ、あの、俺明日帰るよ」

そのあと短い言葉だけで会話をして電話を切った。真っ暗になってしまった部屋の明かりをつける。眩しさに目を細めながらも窓を大きく開けた。

雨はもう降っていなかった。

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