旅の恥切り貼りプロジェクト 時効ですよ! 

西乃 まりも

第1話 桂花陳酒と私

 のっけから酒の話です。お酒、みなさまはお好きですか? 私は子持ちになってからはめっきり飲まなくなりましたが、独身の頃はまあまあ飲んでいました。結婚の報告をするために実家に帰省する前日にも、うっかり焼酎を飲み過ぎて深夜ふらふらになって帰宅。翌日、酒が残った状態で旦那のお父様に空港まで送っていただいたのですが、あれ、車内が絶対酒臭かったはず……。実際、どうだったんだろう。尋ねてみる勇気など、当然ながら微塵もありません。

 昔は一人で旅行することが多かったせいか、旅先でお酒を浴びるほど飲む、ということはほとんどありませんでした…が。一度だけひどい酔い方をしたことがありました。

 それは、中国・北京でのこと。

 大学4年の冬、高校時代からの友人F子と二人で、当時北京に留学中だったM子のもとを訪れました。それは私にとって、初めての海外旅行でもありました。M子が何から何までナビゲートしてくれたので、かなり気楽に、色んなところを回りました。地方から来たおのぼりさん中国人向けの観光ツアーに混じって、八達嶺とは別の謎の長城スポットに連れて行かれたり(修行かと思うくらい急な階段をひたすら登らされました)、ものすごく精巧な蝋人形がずらりと並ぶ怪しげな館に連れて行かれたり、世界の著名な都市のミニチュアが置いてあるだけの殺風景なテーマパークに連れて行かれたり。テレビでよく見る有名な観光地にも行きましたが、思い出深いのは、むしろそういう珍妙なスポットだったりします。宿は大学寮のゲストルームをお借りして、お勧めのお店でおいしいものを連日食べ…、とにかく浮かれていました。現地に友達がいる旅は楽だし最高です。めちゃ楽しかったのです。

 で、最終日。いよいよ翌日は帰国というお別れの日。宿泊先の大学寮の部屋でM子が手にしていたのは、紙コップと「桂花陳酒」の瓶。

「最後の夜だし、パーッと飲もうよぉ」

 M子、どぼどぼと原酒を紙コップに注ぎます。イヤ待て、それはそうやって飲むものなのか? 当時の私が少しでも疑問を持ったかどうか、正直記憶が定かではありません。とにかく旅行が楽しくて、我々の盛り上がりがピークに達していたのは確かです。注がれたお酒を飲みながら談笑している間にも、M子はケラケラと笑いながら「もっと飲んで~」と酒をなみなみ注いできます。いやいや。だから、このお酒ってそんなにがぶ飲みするもんじゃないよね? 


 ここで確認。桂花陳酒のアルコール度数、どれくらいでしたっけ?

 ウィキペディア様からの引用がこちらです。


 桂花陳酒(けいふぁちんしゅ/けいかちんしゅ)とは、白ワインにキンモクセイの花を3年間漬け込んだ中国の混成酒である。甘味が強く、香り高い。アルコール度数は13 - 18%。他の中国果実酒同様、サワーやロックで飲むのが一般的である。


 ……サワーやロックで飲むのが一般的である。

 要するに、ストレートでがぶ飲みする類の酒ではないんですよね。しかも我々、お酒が強いわけでもなんでもないし。

 そもそも恐ろしい勢いで酒を注ぐこの友人M子、大学のサークルで飲みすぎて寝ゲロしちゃった、などと豪語する女…。そのノリに乗せられるとひどいことになると気づかなかったのは、やはり旅行でハイになっていたからなのでしょうか。

 一番最初に潰れたのは、友人F子でした。気がつけばものすごく青い顔になっていて、ベッドにつっぷしてしまって。急性アル中になったかと思って、本気で焦りました。その頃にはさすがにヤバイと気づきましたが、自分も頭がふらふらで、ひどい状態になっていて。どうしていいか分からずただおろおろとF子の背中をさする私の傍らで、泥酔したM子は紙コップ片手にけらけらと高笑いを続けた挙句、さっさと寝てしまいました。ひどい。眠るM子を横目にF子を介抱しつつ、酔った頭で考えます。こんな状態で、明日無事に空港にたどり着き、飛行機に乗れるんだろうか…。後悔先に立たずです。


 結局、その翌日、最悪なコンディションのまま北京の空港をあとにしました。帰路の飛行機の中がやたらめったら臭い気がして「くさい」「くさいよね」とF子と言いあっていましたが、それはきっと飛行機のせいではなく、昨夜の自分たちが犯した過ちのせいだと思います…。ちなみにこの出来事のせいで、桂花陳酒の匂いがまったくダメになってしまい、あれ以来一度も口にしていません。

 おそらくこれから先も飲むことはないでしょう。

  

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