第41話 杞人天憂

 

 俺達が取った部屋はポーターの二人組みと『魔獣』に襲われていたカインに

 提供する事になり、残っていた空き部屋を借りると俺とテレジアは荷物を持って

 部屋に移動した。


「あたしシャワー浴びるわ ケイゴは今回無理ね」


 俺はマジックボアの戦闘で両手が火傷し皮が剥けている状態だった。汚い話だが

 風呂なんて一年や二年入らなくても死にはしない。


 テレジアはシャワー室へ入ると水の音がし中から話しかけてきた。


「明日はどうする? 二~三日は大人しくしてないと駄目よ」

「ああ わかっている 明日は武具屋に行くぞ」

「武器買うの?」

「いや グローブを買う」

「牙から出る『サンダー』の対策ね?」

「ああ それと武器を特注だ」

「特注? 高いんじゃない?」

「そんなでも無いだろう 剣を作ってもらう訳じゃないしな」

「ふーん 『フラッシュ』で灯り付けといてくれる?」

「ああ」


 俺はショルダーポーチから『フラッシュ』を取り出し解放して部屋の壁に設置

 してある器具に『フラッシュ』を取り付けた。


 俺はマジックボア捕獲用の武器を考えていた。今回のパターンで狩るとすれば

 足に打撃を加えて動きが鈍ったところで、下顎から生えている牙を折り、口の

 中に「ボム」を食らわす。

 一発で処理できなかった事を考えれば生け捕りには有効だ。


 長い棒、鉄パイプよりもう一回り太い棒がいいだろう。その片側にボートで使う

 オールの様な物を付けてもらい、逆側には五十センチもあればいいだろう筒の

 様な物を付けてもらい牙を制御する。出来れば短い、筒の様な物を付けた道具

 を追加で注文する事になる。


「はあ さっぱりした あら? 飲んでないの?」


 テレジアがシャワーから出てきた。


「ああ 戦闘で割れちまった…… 瓶の破片は待っている間に捨てたよ」

「そうなんだ? ウルナはあんまり好きじゃないのよね?」

「ああ んじゃ 買ってくるか 行ってくるよ」

「じゃあ あたしも行くわ」


 俺とテレジアは、酒を買いに部屋を出ると隣の部屋のドアが少し空いていた。

 部屋から明かりが漏れている。


「あ そういや あいつらに鍵渡してないわ 預けてくるよ」

「うん あたしもカインさんに鍵を預けてくるわ」


 俺は隣の部屋をノックして声をかけた。


 コンコン

「オットー 起きてるか?」

「はい まだ起きてます どうしたんですか?」


 オットーは、小さいテーブルで何か書き物をしていた。ソフィアはベッドの上で

 すでに寝ていた。


「鍵渡してなかったろ ほら ちゃんと鍵して寝ろよ」

「あ わざわざすいません でも本当に泊まってしまって良いんでしょうか?」

「もちろんさ 後で金払えとか そんな事言わないよ 安心して使えよ」

「ありがとうございます」

「俺達は酒買ってくるから あっ どの辺に売っていた?」


 俺はオットーに酒が売っている場所を聞いた。だいたいの場所さえ分かれば

 テレジアもいるし買えるだろう。


 パタン

 テレジアもカインの部屋から出てきた。


「渡してきたのか?」

「ええ 少し汗をかいてたから拭き取ってあげてたの」

「そっか こっちはオットーに酒の売っている場所 聞いといたぞ」

「オッケー じゃあ 行きましょ!」


 俺とテレジアは宿を出た。俺は歩きながらテレジアに尋ねた。


「なあ ゴム無いか? ゴム」

「なんのゴム?」

「注文する武器にゴムを巻きたいんだよ」

「あっ なるほどね! わかったわ 明日探しましょう」


 テレジアは俺が何をしたいのか悟ったようだ。


 俺達はオットーに教えてもらった酒屋に着くとカーキーと、つまみを買い宿に

 戻った。部屋に着くと椅子に座って酒を飲む。


「ケイゴは一杯だけにしときなさい 怪我してるんだから」

「ああ そうするよ ところで家が診療所ってどういう事だ? 実家は医者か

 何かだったのか?」


 テレジアは黙っていた

「……」

「ああ すまん 言いたくなかったらかまわない スルーしてくれ」

「……ううん そうじゃないの ちょっとだけ田舎を思い出してた」

「……」

「あたしね 両親が居ないのよ…… おばあちゃんとおじいちゃんに育てられて

 色んな事を学んだわ おばあちゃんが薬師でね うちの村に医者はいなかった

 けど変わりに おばあちゃんが村の医者代わりだったわ 病気や怪我をした

 人の治療も見てきた 草木と医療に関する知識は おばあちゃん仕込みなの」

「……そうだったのか 悪かったな 嫌なこと思い出させて」

「ううん ケイゴには話しておきたかった あたしのパートナーですもの!」


 テレジアはニッコリ笑って俺を見た。


「…ああ テレジアは俺のパートナーだ」


 俺は照れ隠しの為、背中を向け酒を飲んだ。 


「なあ どっちに寝る? 俺は手前でいいのか?」


 俺は唐突に聞いた。……返事が無い。


「……」


 (別に何もしないんだが…… 体が痛くて床に寝たくないんだよなあ…)


 俺は返事が無いので振り返ってみた、するとテレジアは真っ赤な顔をしてキョド

 っているではないか……


「……だっ 大丈夫だよ ほら 何も出来やしないよ」


 俺はグルグルに巻かれた包帯の両手をあげてテレジアに見せた。


「……ううん いいの 『フラッシュ』は消してね…」


 そう言うとテレジアはコップに入っている酒を一気に飲み干し自分の顔を両手で

 パチンと叩き、毛布の中に潜っていった……

 俺は言われたとおり部屋の壁に設置した『フラッシュ』を外してシャワー室へ

 放り込んだ。


「よし 寝るか おやすみ」

「……おやすみ」


 テレジアは、か細い声で返事をした。

 俺は、ベッドに横たわりテレジアに背を向けて寝る事にした。

 疲れきった体に布団の柔らかさが俺の眠気に拍車をかける。


 (ああ 今日は乗り合い馬車で身体中痛かったところにマジックボアとの戦闘

 とか……疲れたわ まじで……疲れ…た……)


 俺は物の五分も経たないうちに熟睡していた。


 ―― 翌朝、まだ寝ている俺の両手の包帯を交換していたテレジアの目の下には

 浅黒いが出来ていた……

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