第七色 ④

 「色彩分与しきさいぶんよか……」

 露草つゆくさは考え込むように口にした。

 「やっぱり珊瑚さんごさんから色を分けてもらうのってダメなんですか?」

 琥珀こはくは不安そうに露草を見る。

 「全く出来ないことはないと思うが、珊瑚は色の調節が出来ないだろう。それに半分はニンゲンだから、上手く出来る保証がない」

 「無理にとは言わねぇよ。それよりも肝心の珊瑚はどこにいんだ? さっきから姿が見えねぇけど」

 七両しちりょうは辺りに顔を向けるが、珊瑚の姿はない。

 「今は外に出てもらっている。使いを少々な」

 「珊瑚に頼んだのかよ?」

 七両が不満そうに口にすると、

 「外に出たのはいいが、一人で帰って来れなかったのが恥ずかしかったらしくてな。少し歩いて、周りに何があるのか知っておきたいそうだ」

 「もういっそ今日は一日休業でいいんじゃねぇのか? 昨日も夜通し診察してたんだろ?」

 露草は少し驚いた表情を作ってから、

 「そうしたいのはやまやまだが、だからと言って養生所ここを空けるわけにはいかん」

 「珊瑚さんに何を頼んだんですか?」

 琥珀が尋ねると、

 「浅葱あさぎのところに薬を調合してもらうように頼んでいたんだが、それを取りに行ってもらった。ここから近いしな」

 七両は説明を聞いた後、立ち上がった。

 「七両、どこ行くの?」

 「浅葱んとこだ。面倒なら、お前先に帰ってていいぞ?」

 「ううん、僕も行く」

 七両と琥珀は露草の養生所ようじょうしょを後にした。


 ※※※


 「浅葱いるかな?」

 「店にいなくても、家ん中にはいるだろ」

 そう答えた後、七両は足を止めた。

 目の前には横長の大きな建物がある。店の前にぶら下がっている紺色の提灯には白色で『薬』の文字が書かれている。

 七両が店の引き戸を開けた時、

 「へい、いらっしゃい!」

 威勢のいい声が聞こえて来た。

 もちろん浅葱のものではない。第一、彼はそんな接客の仕方はしない。

 「よう、浅葱。珊瑚って名前の子供来てないか? 露草先生んとこの居候いそうろうだ」

 「ああ、来てるよ。ちょうど彼女に薬を渡したところだ」

 浅葱が顔を向けた先には珊瑚の姿があった。ちょうど小上こあがりに腰を下ろしていて、隣には常磐ときわそらも座っている。

 「珊瑚さん!」

 「琥珀」

 琥珀は珊瑚に駆け寄ると、

 「ここに来る前に先生のところに行ったんだよ。ところで、それ何の薬なの?」

 「火傷したところに塗る薬よ。前から足りなかったみたいで、それでここにもらいに来たの」

 珊瑚は持っていた陶器のフタを開けて、中身を見せた。中には黄緑色の練り状の薬が入っている。

 (うっ、臭い!)

 青臭い独特の臭いが琥珀の鼻をつく。

 「迷っていたから連れて来たんだよ」

 「やっぱりか。そんなことだろうと思ったぜ」

 常磐ときわの説明の後、七両が溜息混じりにそう口にした時、

 「おい、俺のことは無視か?」

 納得のいかない様子で山吹やまぶきが割って入って来た。その様子を見て常磐が笑いを堪えている。

 「常磐、何笑ってんだよ!」

 「別に笑ってないよ、相変わらずだなぁと思ってさ。大体、こんなのはいつものことじゃないか?」

 常磐は両手を左右に振っているが、まるで否定になっていない。

 「いつもだぁ? 冗談じゃねえや」

 そんな二人のやり取りを浅葱と空は苦笑したまま見守っている。

 七両はといえば、山吹と常磐から視線を外すと、玄関の引き戸を開けて外に出て行った。

 七両が外で煙管を吸っていると、突然店の引き戸が開いた。中から出て来たのは空だ。

 「ねぇ、七両。ちょっといい?」

 彼女の顔には困惑の色が濃く浮かんでいる。

 「あの女の子のことなんだけど……」

 「あいつが珊瑚だ。この前、紫紺しこんが探していた子供」

 それを聞いて、彼女の顔がますます曇る。

 「心配すんな。あの後、紫紺と珊瑚を先生んとこに連れて行ったんだ。今は先生が面倒見てる」

 「そうなの。それなら、よかったわ」

 空がほっとして笑みを浮かべた時、

 「え?  色彩分与しきさいぶんよ?」

 珊瑚の驚いた声が外まで聞こえてきた。

 七両と空が店の中に戻ると、

 「うん。珊瑚さんの色が必要なんだけど」

 琥珀が大真面目に頷いているのが見えた。

 「どうやってやるのよ、それ? あたし、そんなのやったことないよ?」

 珊瑚は意味が分からない様子で琥珀を見ている。

 「ねぇ七両、珊瑚って色彩分与は出来るのかい?」

 常磐に訊かれて、

 「先生の話じゃ、全く出来ねぇ訳じゃねえらしいけど、どうだろうな?」

 「珊瑚さん、どうする? 嫌なら無理しなくても……」

 琥珀が言い終わらないうちに、珊瑚が口を開いた。

 「ううん、やってみる。でも」

 「でも?」

 琥珀や常磐が首を傾げると、

 「ここじゃなくて、もっと広いところがいい。上手く色を出せるか分からないし、売り物の薬を汚してしまうかもしれないから」

 それを聞いた浅葱は頷いてから、

 「分かった。必要な物を取って来るから、ちょっと待っててくれ」

 彼はそう言い残して、向かいにある別の部屋に入っていった。少ししてから戻って来ると、

 「お待たせ。準備出来たよ。外に出よう」

 浅葱が母親と弟に店番を頼んだ後、みんなで近くの広場に向かった。

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