第20話 密葬

 あまりの翔平のはしゃぎっぷりに安田刑事が智章の特殊な体質についての追求の矛先を緩めて帰ってくれたのには感謝するが、やはり鬱陶しく感じてしまう。


「なぁ、親父が化けて出てこないかな?」


 蓮が期待して尋ねるが、小松原は酒井家の墓の近くで眠られる事で満足したのか、影も見えない。


「さぁ、小松原さんは嫉妬深いタイプじゃなかったから。きっと、お墓に入ってからも小松原さんは嫉妬する翔平さんをニヤニヤ笑っているんじゃないかな?」


 二人で、酒井家のお墓まいりしている薔子と翔平を笑って眺めている俊明を想像していると、百合が「何の話なの?」と話に加わった。


「蓮が小松原さんの墓を光龍寺に立てることにしたんだ。それで、翔平さんが嫉妬して、まぁ、それで婿養子になることになったんだけど……叔母さん、どうしたの?」


 話の途中から百合がシクシク泣き出したので、智章は驚く。


「薔子お姉ちゃんは両親や翔平さんだけじゃなく、小松原さんにも囲まれて死んでも楽しそうやねぇ。私は嫁に出たから、死んでからもお義父さんやお義母さんに気兼ねしながら小さくなっていなきゃいけないのに……賢治さん、私が死んだら酒井の墓に入れて貰うわ」


 新聞で婚家の墓に入るのを嫌がる嫁の話は読んでいた賢治だが、自分の妻に突然言い出されて驚く。


「それは嫁姑で揉めている家の話だろ?」


「あなたは何もわかっていないわ! 私が真理一人しか産めなかった事をどれだけ責められたか! 真理が医学部に合格してくれたから、やっと嫁としての勤めが果たせたとまで言われたのよ。死んでまで肩身の狭い思いはしたくないわ」


 賢治は決断が早かった。ぐちゃぐちゃ揉めたくなかったのだ。


「分った! 今の墓地は前から気に入らなかったんだ。光龍寺に新たに墓地を買おう。両親の墓は先祖代々の墓にして、私と夫婦墓なら良いだろう? 酒井の家の墓に参る度に、海を見下ろせるのが良いと思っていたんだ」


 夫婦が仲直りしたのでホッとした智章だが、やはり医者は金持ちだなと少しだけやっかむ。


「信高は喜ぶだろうけど……本当に鞆まで墓参りに来られるのか?」


 無縁仏にしないとは思うが、夏場はすぐに草が生える。毎月、参るのは無理だろうと心配する。


「智章兄さん、当分はここに住ませて貰っても良いかな? デザイナーズマンションを作るのも飽きたし、ここの洋館をリホームしたいんや」


「住むのは構わないけど、リホーム代なんて払えないぞ。俺は失業中なんだから……それに、門と壁を修理しなくてはいけないから、そちらに金がかかるんだ」


 ケチな智章に薔子と百合が呆れる。


「修理やリホーム代ぐらいお母さんの遺産で何とかなるでしょ。ケチな男はモテないわよ」


「薔子さん、それが違うんですよ。智章兄さんは、鞆中のプリンスと呼ばれていたんやて」


「鞆中のプリンス!」皆に爆笑されて、智章は腐る。


「なんか知らんけど、この家に居るとホッとするわ。親父も婿養子になれば良かったのになぁ」


 婿養子になるのは自分だと翔平が拗ねて、薔子に叱られたりして賑やかに夜は更けていった。


 保科夫婦も犯人が死んだのだから書類送検だけになりそうだと聞くと、家に帰った。薔子は疲れたからと、翔平に控えの間に布団を敷いて貰って横になる。


 智章と蓮は二人で仮通夜をすることにした。


「犯人の一勧が死んだのなら、遺体は返してくれるのかな? どうせ裁判にはならんのんやろうし……バチがあたったんかな?」


「さぁ、バチが当たったかどうかは分からないけど……小松原さんを間男と間違えたぐらいだから、かなり頭の中は混乱していたみたいだな。車の運転なんて無理だったんじゃないか?」


「まぁ、人を殺して動揺もしていたんやろうけど……でも、親父の財布やスマホや凶器は何処かに捨てたんだよな。それは犯罪の証拠を隠滅しようと考えたり、被害者の名前とか隠そうとしたってことことだろ? 軽い認知症って、どのくらい裁判に掛けたら責任能力が有るとされるんやろ?」


 弁護士の息子なのに法律が嫌いだった蓮は、考えても分からん! と匙を投げた。


「俺にも同じ血が流れていると思うと反吐がでる! あっ、あの子も同じ気持ちだろうな……」


「あっ、あの女子高校生かぁ……お寺の元住職が殺人だなんて、田舎で大スキャンダルだろうな……俺は、爺は許さないけど、孫娘まで恨むほどケツの穴は小さくないで。智章兄さんも心配なら会ったら良いんや」


 男気のある蓮は、犯人とその家族は別と割り切っているようだが、智章はそうは簡単には思えない。血が繋がっているからこそ、難しい。


「おばあちゃんが倒れた時にあの子が居たかもしれないんだ。きっと養子縁組をやめてくれと頼みに来たんだと思うけど……結局、俺がおばあちゃんが倒れた原因なのかなぁ」


「阿呆らしい! あの爺が勝手に養子縁組しようと言っていただけやろ。それを盗み聞きかなんかして、その子がこの家に来たとしても、暴力を振るったりはしないだろ。だから、倒れたのは年だからじゃないのか?」


 通夜の後で祖母に『まさか殴られたの?』と聞いて否定されていたので、そこは安心している。


「そうだな……おばあちゃんは、心臓を患っていたみたいだし……興奮したのが良くなかったのかも? わかんないや。おばあちゃんも肝心な事はだんまりなんやから」


 二人でぼつぼつ小松原の思い出話をしながら、ほぼ完徹した。



 朝から元気の良い翔平が作ってくれた味噌汁に、智章は頭から突っ込みそうになる。


「寝た方がええで……」そういう蓮も大欠伸が連続している。


「でも、青海波に挨拶に行くんだろ? あそこの若女将は同級生だから、一緒について行くよ」


 二人で小松原の荷物を受け取り、宿代を払いに行こうとしていると、こちらも元気な信高が朝刊を持ってやって来た。


「おはよう! えらい騒ぎだぞ」


 地方紙の三面記事だけでなく、他の新聞でも大きく取り上げてあった。蓮と智章は信高が持ってきた新聞を全て読む。


「どの記事でも竹内一勧の事故と関係つけているな。まだ犯人だと警察は発表していないみたいなのに……」


 新聞によって犯人として扱ったり、ぼやかしたりしていたが、亡くなった事は当然だが全紙が書いていた。


「鞆の浦は警察官でいっぱいだ。元住職が弁護士を殺したのだから、お寺関係も大騒ぎしている」


 智章は僧侶の信高に質問したいことがあった。


「なぁ、親が殺人を犯したりしたら、息子は住職を続けておられるものなんか? 檀家とかが首にするとかあるのか?」


「うう~ん、難しいなぁ。宗派にもよるだろうけど、本人が罪を犯した訳じゃ無いし……でも、前の住職だし……どの程度、住職と檀家が上手くいっているかにもよるなぁ。檀家が住職を首にすることはあるぞ。破壊坊主だと本山に陳情するんだ。でも、今回は住職が悪いのではないから……わからないわ」


 住職が首になるなんて、あまり考えたく無い事なのだろう。信高にしては口が重い。


「あのう、父の遺体が返して貰えたら、信高さんに葬式をお願いしたいのですが……それと、先の話ですが墓地も購入する事に決めましたので、よろしくお願いします」


『良いのか?』と智章に目で確認をする信高に頷く。


「それは勿論引き受けるけど、葬儀社には早目に電話をした方が良いぞ。警察から遺体を運ぶのも必要だから」


「密葬にするつもりだったけど、葬儀社も必要なんや」


「密葬なら葬儀社の簡単パックとかもあるみたいだぞ」


 密葬にするのは決めていた蓮だが、簡単パックという言葉に眉を顰める。


「何だかそれは嫌だ! でも大きな部屋にポツンとしているのも惨めったらしい。智章兄さん、この家で密葬をしても良いかな?」


 祖母の通夜と葬式で懲り懲りの智章だったが、座敷に寝かせてやりたい気持ちも理解できた。


「それは良いけど……あっ、日曜日は二七日なんだけど、大丈夫なのかなぁ?」


「うう~ん、何とかなるだろう。警察も犯人が死んだから、遺体も返してくれるだろうし……土曜に通夜をして、日曜に葬式。その夜に二七日! おっ、いける!」


 そう上手くスケジュール通りに行くのかと智章は不安に感じたが、警察から遺体を引き渡すと蓮に連絡が入った。


「それみてみろ、葬儀社に電話して引き取って貰わないといけないようになっただろ」


 ガハハと笑う信高に眉を顰めて、智章は祖母の葬儀で世話になった友愛葬儀社に電話を掛ける。




 それからは忙しくて、小松原俊明の死を悲しむ暇も無かった。


 霊柩車の手配が済むまで、蓮を連れて青海波に挨拶にも行った。


 こんな時に蓮は智章より世慣れており「ご迷惑をおかけしました」と丁重な挨拶と共に、お世話になった中居さんへと心付けも用意していた。


「若いのに立派やねぇ」


 麻衣子が荷物を中居さんと取りに行っている間に、智章に蓮を褒める。


「蓮は昔からしっかりしていたよ」


「あっ、こんな時に何だけど……アルバムが手に入ったんよ。ミカエル女子高に通っている生徒のママから借りたの。見てみる?」


「あっ、あの女子高生は……見せて貰おう」


 多分、自分の腹違いの妹だとは思っていたが、確認できるなら名前も知っておきたい。


 事務室で薄いアルバムを三冊捲る。高校卒業する時は個人の写真も撮るのだろうが、中高一貫校なのでクラス写真とクラブ写真だけだ。なので、一人一人の顔は小さいし、制服を着ているので個人差がわかりにくい。


「こまったなぁ……あっ、そうか!」


 同じ年頃の女の子ばかりで判別しにくかったが、下に書いてある名前で調べて行く。


「竹内……違う! ここにもあった! この子だ! 竹内茜……茜って言うんだ」


「その子なの?」と興味を持つ麻衣子に「俺の妹なんだ」と簡単に返事をする。


「えっ、妹なんかいたの?」


「まぁ、複雑なんだよ。麻衣子、お願いだから内緒にしておいてくれないか?」


 麻衣子も老舗旅館の若女将なのだ。秘密にしなくてはいけない事も心得ている。ポンと着物の胸を叩いて引き受ける。


「その代わり、同窓会の二次会まで残ってね」


 ウインクされてポッと頬を染める智章だったが、それからは笑っている場合では無かった。


 警察から遺体を引き取りに行き、安田刑事から凶器のノミが常夜灯の前の海で見つかった事を教えて貰ったが、財布とスマホは未だ見つかって無いので捜査中だと忙しそうだった。


「どうせ書類送検だけなのに、大変やなぁ」


 凶器が見つかった事で、竹内一勧が犯人だと確定したようだが、財布とスマホは盗まれたかもしれないと、鞆の浦で聞き込みをしていた。


 霊柩車で小松原を酒井の家に連れて帰ったのだが、坂の途中までしか入らない。


「この道幅は厄介やな」と蓮はぼやくが、確かに不便だけど智章は静かなので気に入っている。


 座敷には布団が敷いてあり、そこに葬儀社の人が小松原俊明を静かに横たえた。


 智章は、翔平が嫉妬して騒ぐのではと心配していたが、薔子がキチンと言い聞かせたのか、殊勝な態度で手を合わせる。


「何だか眠っているみたいやな」


 蓮が最期の別れができるように、親子二人だけにしてあげるが、やはり密葬でも決めなくてはいけない事がある。


「しまった! 親父の服……家まで取りに行く時間はあるけど……」


 チラリと顔を見られて、鍵を預かり智章は新幹線でとんぼ返りする羽目になった。蓮に指定されたスーツとシャツを持って帰り、葬儀社の人に着せて貰う。


「密葬なのに派手な棺だなぁ……でも、小松原さんに地味な棺は似合わないか……」


 龍が何匹も彫られた棺に派手なスーツで横たわった小松原は、ヤクザの幹部に見えた。


「親父らしいわ……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」


 慣れない念仏を唱えている蓮の一徹さに智章は、自分の意思を貫く強さが自分にも必要だと反省する。


 通夜と葬儀は、蓮と智章、薔子と翔平だけで終えた。


 葬儀には安田刑事や他の警察官が線香を供えに来たが、まだ財布とスマホ見つかっていなかった。


「もしかしたら盗まれたのかもしれないな。あれだけ海も捜索したのに見つからないのだから……」


 一勧が凶器のノミを海に投げ捨てる判断能力を持っていたとしても、小松原の名前やスマホの履歴を隠す為にわざわざスーツのポケットを探ってまで隠したとは思えなくなった。


「まぁカードは使わんやろうし、現金だけならしれている」


 蓮はこの件はあまり気にしていないようだ。それより、家を貸してくれた智章と薔子に感謝して、小さな箱に入った俊明を大阪に連れて帰り、事務所の人とお別れ会をする件の連絡で忙しそうだった。


「できたら、智章兄さんにも出席して欲しいんやけど……」


 弁護士や企業の社長などが集まる場所は、智章には荷が重かった。


「ごめん……こちらの新仏様の世話もあるし、小松原さんの仕事関係は華やか過ぎて無理だよ」


「まぁ、そう言うかなぁと思っていたし、ここは息子の俺が頑張るわ! とか言って、ほとんど事務所の人に丸投げやけどな」


 また直ぐに此方に来るといい置いて、蓮は大阪に帰って行った。


「やれやれ、これから二七日なのか……疲れたな」


 小松原の通夜と葬儀でくたくただが、今度は喪主として集まる親戚を接待しなくてはいけないのだ。


「今夜は百合夫婦だけやから、少し休んどき……小松原さんの事件で皆んな遠慮したみたいやわ。お母さんも本当はこんな葬儀を望んでいた筈やったのになぁ」


 ホッとして智章も部屋で休んだ。


『智くん、お疲れ様……』


 祖母の労う声が聞こえたような気がしたが、眠気が優って瞼を開けることができなかった。

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