狂おしいほどに、桜

玄武聡一郎

第1話 桜色の花吹雪に包まれて

 もう、この桜の木の前に立つようになって何年経っただろうか。


 いったい何度、この樹が落とす桜の花びらに、身を包まれただろうか。


 そっと樹の幹に手を添える。

 ごつごつとした樹皮の感触は、僕なんかよりも遥かに長い時間生きてきた、命の重みを感じさせる。


 手を滑らせると、そこには生々しい傷跡があった。

 深くえぐれて、樹皮の下の組織部分まで見えるその傷跡からは、鋭い刃物で、何度も何度も切り付けられたことが分かる。

 僕が、付けた傷だ。


 ごめんな、と心の中でつぶやく。

 二度、呟く。

 

 一つ目は、これまで沢山傷つけたことに対しての謝罪。

 そしてもう一つは、これから傷つけてしまう事への、謝罪。


 これで最後だから。

 なんの免罪符にもならない呟きは、とっぷり暮れた宵の闇に飲まれて消えた。


 すっかり手に馴染んだ鉈を構え、何度も打ち付けた桜の木の樹皮に対峙し、僕は目を瞑る。 

 鉈を振りかぶる瞬間、生ぬるい風が頬を撫でた。

 桜色の花吹雪が、僕を包む。



 瞬間、僕の脳裏を、まるで走馬灯のように今までの記憶が走り抜けた。


 僕がこの桜の木に初めて傷をつけた日。

 あの日僕は、まだ小学生だった。

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