ENDLESS SUMMER
茉莉 佳
ENDLESS SUMMER
1日目
“ドーーーン”
蒸し暑い夏の夜の出来事だった。
腹にパンチを喰らった様な衝撃が走り、ものすごい重低音が渦を巻き、部屋の家具や窓ガラスがビリビリと震え、俺の寝ているベッドを揺らした。
「な、なんだ、、?」
不意をつかれて、俺は飛び起きた。
半分眠ったままの
俺の部屋は九州一の大都市の中心近くにある、マンションの12階だ。
いつもなら、深夜でも都会のイリュミネーションが、宝石の様に窓の外を埋め尽くしているのに、まるで墨を流した様に、外は漆黒の闇だった。
「停電… か? どこかに雷でも落ちたのかな? それとも地震?」
そう考えながら、寝ぼけ
暗闇の中に、ポツポツと水滴が見える。
雨が降りだしたのか。
そのうち、大きな黒い雨粒が激しくサッシを叩きはじめ、どちらが空でどちらが地上かさえもわからないほどになった。
「かなり激しいな。まあ、どうせゲリラ雨だろう。夏にはよくある事だ。出勤の時に降ってると面倒だから、朝までに止むといいがな…」
“ザーザー”という、ノイズの様な雨音に包まれながら、俺はベッドに戻って横たわり、真っ暗な部屋の天井を見上げながら、漠然と考えていた…
が、それも長くは続かず、すぐに意識が遠のき、深い眠りへと引きずり込まれていった。
夜中の雷や停電が嘘の様に、翌日は朝から快晴で蒸し暑く、真夏を謳歌するかの様に、真っ青な空には大きな入道雲が湧き上がっていた。
街の景色は特に変わった所もなく、大雨や雷の爪痕らしきものは残っていない。
いつもの朝と同じ様に、窓の外にはゴチャゴチャとビルが建ち並び、大通りにはクルマがひしめき、遠くに見える海には小さな島がポカンと浮かんでいて、その間を貨物船が白い航跡を残しながら浮かんでいる。
いつもと同じ景色。
そして、いつもと同じ単調な一日が、今日もはじまった。
いつもの様に俺はケトルでお湯を沸かしながら、食パンにトマトソースを塗ってチーズとベーコンを載せ、それをオーブンで焼く間にテレビをつける。
昨夜の出来事をどこかの局でやってるかなと思ったけど、どの局もそんなニュースはやってなかった。
あの落雷(?)と停電は、夢だったのか?
それともなにかの勘違い?
俺はチャンネルをいろいろ変えてみた。
しかしどの局もいつもの様に、くだらない政党間の駆け引きと、どうでもいい様な芸能人のゴシップ、泥仕合みたいな隣国との外交のニュースを、さも一大事と言わんばかりに、キャスターがヒステリックに喚いてるだけだった。
まあ、朝のテレビなんて、どうせ出勤までのペースメーカーみたいなものだ。
ニュースを軽く聞き流しながら、俺はピザトーストをインスタントコーヒーといっしょに腹のなかに流し込み、ワイシャツの袖に腕を通してネクタイを首にかけ、ズボンプレッサーから出したばかりの、ホカホカのスーツのパンツに脚を突っ込むという、いつもの朝のルーチンを機械的にこなした。
鏡に向かって歯を磨きながら、先週の事を思い出し、つい、にやけてしまう。
大学を卒業して、ひとり暮らしをしながらこの街で働きはじめて、もう7年。
それなりに仕事は頑張っているし、趣味でやってるテニスも、最近は所属しているテニスクラブ内のランキングで、トップテンに入るくらいには上達した。
そして…
クラブ内で知り合った女の子。
仁科ありさ。
スレンダーなボディーで、長い手足をいっぱいに伸ばしてコートを駆け回る姿に、俺は一目で惚れてしまった。
長い髪をポニーテールに結び、ぱっちりと冴えた大きな瞳で、ネット越しに俺を見つめるありさ。
ラケットを振り抜く度に、ボリュームのある胸がプルプル揺れる姿が、なんとも魅力的だった。
もちろん、そんなエロい見た目だけでなく、コートを出れば意外と純情で恥ずかしがりやで、でも、だれにでも明るく接していて、都会の女性っぽくない素朴な性格も、男たちのハートを鷲掴みにしていた。
そんなライバルの多い激しい競争を勝ち抜いて、俺はありさとつきあえることになった。
そして…
先週のデートでプロポーズして、OKもらえたんだ!
幸せは、お金じゃ買えない。
愛する人と、いつまでもいっしょにいる事こそが、自分にとっての幸せだ。
俺の胸元で頬を染めてうなずくありさを思い出すと、つい顔がやに下がってくる。
ユニットバスの小さな鏡には、頬の端が緩んだ、だらしない俺が写っていた。
「今から仕事だ。気を引き締めなきゃな!」
鏡に向かってそうひとりごとを言うと口をすすぎ、頬をパシパシと叩く。
このワンルームマンションでひとりで暮らす暑い夏も、今年が最後。
来年の春にはきっと広々とした快適な新居で、ありさと甘い生活を送っている事だろう。
朝の連続ドラマがはじまると同時に、俺はテレビを消して部屋を飛び出した。
ビルの外に出ると、無意識に空を扇ぐ。
真っ青な夏空は、その爽やかな色とはうらはらに、焦げそうな程の熱線を浴びせてきて、まるで全身を炎で焼かれてるみたいに暑かった。
「ったく、朝からなんだ? この蒸し暑さは!」
愚痴をこぼしながら、俺は大通りのバス停へ急いだ。
くっきりと影を刻んだ炎天下のバス停には、すでにいつもの顔ぶれが並んでいた。
前髪の後退したすだれ頭の初老のオヤジに、メガネをかけて折り目をキチンとつけたスーツを着た、神経質で
服装は地味なのに、ブランド物のバッグだけがやたら目立つ中年の女性。
すらりとした美脚を強調するかの様に、いつも挑発的なミニスカートを履いている、若いOL。
バスのなかでもいつもと同じ顔ぶれが、いつもと同じバス停で乗り降りしてくる。
みんな顔見知りではあるが、だれとも一度も話した事はない。
バスに15分程揺られ、ターミナル前の目抜き通りで降り、駅前の一等地にある15階建ての大きなビルに、俺の勤める会社のオフィスがある。
バス停からオフィスビルに入るわずかな時間も、太陽はほとんど真上から照りつけ、さっきよりも日射しは威力を増してきて、スーツに包まれたからだを、ジリジリと焦がす。
顔にあたる日差しは『暑い』というより、『痛い』くらいだ。
「おはよう。今日も暑いなぁ~」
「おはようございます、葛西さん。暑いですね」
受付嬢の篠崎陽菜との短いやりとりが、たいていその日最初の会話だ。
彼女とはお天気の話くらいしか言葉を交わさないが、ありさとラブラブになるまでは、俺は密かにこの子に目をつけていた。オフィスの受付嬢に抜擢されるだけあって、篠崎陽菜は色白小顔でストレートのロングヘアが魅力的で、笑顔の素敵な抜群の美人だった。
篠崎陽菜の顔を見て和んだあとは、エレベーターで8階まで上がり、自分の課のドアをくぐる。
そこから先は戦闘モードだ。
俺の一挙手一投足が、上司や同僚、OL達の評価を決めているのを、心しておかなくてはならない。
営業スマイルでクライアントと接し、同僚とも上司とも、男女の区別なく愛想よく話す俺だが、それは表面的なつきあいで、お互いのプライバシーには、あまり立ち入らない。
唯一、同じ大学出身の同僚の村井智夫だけが、俺とありさとの馴れ初めやいきさつを知っていて、ため口で話し合える存在だ。
「よう葛西。おまえ来週からの盆休みはどうする?」
村井が書類の束を整理しながら、パソコンのモニタ越しに話しかけてきた。
「ああ。まだ考えてないけど… お互いの実家に、挨拶に行かなきゃいけないかもな」
「もうそこまで話が進んでるのか? ありささんとは」
「いや。今度のデートで話すつもりだよ」
「そうか。そう言えばお前の実家は日田近くのぶどう農家だったよな」
「ああ」
「嫁が『どこか連れてけ』ってうるさいんだけど、おまえの所でぶどう狩りとかできるか?」
「いいんじゃないか?
『今年は夏が暑いから、ぶどうの出来がいい』って、お袋も言ってたし、俺から聞いといてやるよ。ついでに近くの温泉で一泊すれば?」
「この真夏のクソ暑い時期に温泉? 俺たちを蒸し焼きにする気か。ははは」
「それもそうだ。はははは」
村井は3年前に『デキ婚』で結婚した。
村井の『嫁』とは、結婚式と子供を見に行った時くらいしか会った事がないが、もちろん俺のありさの方が美人だし、スタイルもいいし、胸もでかい。
「そう言えば昨夜、すごい雷が落ちて、停電しなかったか?」
夜中の事をふと思い出し、俺は村井に聞いてみた。
「雷? いや。気づかなかったな」
「あんなにすごい音だったのにか?」
「きっと疲れてぐっすり寝てたんだろな。全然気づかなかったぜ」
「そうか… ニュースでもなにも言ってなかったし、ネットにもそれらしい記事はないし… 気のせいだったのかも」
そんな世間話をしながら、俺はパソコンの画面をネットから仕事用のソフトに切り替えて、クライアントに提出する資料の作成を始めた。俺の仕事はルート営業だが、午前中はたいていデスクワークで、得意先を回るのは午後からの事が多い。
その日は1時過ぎて、会社を出た。
相変わらず、日差しが突き刺さる様に痛い。
まず、ターミナルビルに寄り、最上階のレストラン街で適当な店を見繕って、そこで少し遅めの昼食をとる。
今日、初めて入った店のパスタは、旨味の濃厚なソースが、生パスタに絡み合って美味。久々に、また食べたいと思える店だった。
ありさはイタリアンが大好きだから、今度連れて来よう。
一日の仕事を終えてオフィスビルを出たのは、もう6時を回った頃だった。
仕事に熱中していたせいか、気がついたら退社時間になっていた。
それでも午後からの外回りのせいで、ワイシャツは汗でベトベト。
相変わらず日差しは強いままで、暑さはちっとも和らいでくれない。
「くそぅ。夕方だってのに、いつまでも暑いな」
ひとり愚痴りながら、俺は帰りのバスに乗り込む。
行きと違って帰りは時間がマチマチなせいか、知ってる顔ぶれに出くわす事はあまりない。
帰りのバスでは、仕事を終えてほっとした反面、なんとなく孤独感が募ってくる。
だれも待つ人のいない、明かりのついてない部屋に帰るのは、気が滅入るもんだ。
『仕事終わって家に帰ってるとこ。今夜もまたコンビニ弁当』
バスに揺られながらスマホを取り出し、ありさへメールを送って、俺は寂しさを紛らした。
降りる頃にレスが来る。
『お疲れさま。いつもコンビニ弁当だと、栄養偏るよ』
…そうだな。
外食やコンビニ弁当より、ありさが作ってくれるメシがいい。
ぶっちゃけ、お袋の年期の入った手料理と較べると、ありさの料理もまだまだ修行が必要だけど、それでも『レシピ+愛』の手料理は格別だ。
休みの日などにたまに家で作ってくれる事があるが、さりげなく俺の嗜好を察知して、好みに合わせながらも、栄養のバランスを上手くとれる様にと、献立に気配りがしてある。
結婚すれば、そんなありさの手料理が毎日食べられると思うと、嬉しくなってくる。
男はやっぱり、胃袋掴まれると弱いんだよな~。
部屋に帰る前に、近くのコンビニに寄って、ハンバーグ弁当を買う。
あまりの暑さに、思わずビールにも手が伸びてしまう。
部屋に帰るとさっさと暑苦しいスーツを脱ぎ、シャワーで汗を流す。
夏の間はわざわざバスタブにお湯を溜めなくても、これだけで充分だ。
気持ちのいい水の流れに身をまかせながら、頭からシャワーを浴び、シャンプーのボトルをプッシュしてゴシゴシと髪を洗い、顔やからだも洗って、俺は一日の汚れを落とした。
風呂が終わると、ボクサーパンツだけを穿いて冷蔵庫からビールを取り出し、テレビをつけてコンビニ弁当を広げ、録画していた映画を観ながら食べ物を口に運び、ビールを喉に流し込む。
今日も熱帯夜だ。
クーラーが壊れてるんじゃないかと思うくらいだ。
昼間の日差しの熱がまだ壁や床に残っていて、蒸し暑くて寝つけない。
寝る前にもう一度シャワーを浴びて少しは涼しくなったが、それも気休めに過ぎない。
俺は何度も、ベッドの上で寝返りを打った。
そうやって悶々としていると、スマホからメールの着信音が聞こえてきた。
『もう寝た? わたしは今髪乾かしてるとこ。おやすみなさい』
ありさからのメールだった。
ありさも俺と同じ様に、ひとり暮らしをしている。
ターミナルから地下鉄で10分程走った、湖を抱えた都心の大きな公園の側にある、ワンルームマンションの7階だ。
12帖程の洋室には白いスチールのベッドが置いてあって、その脇にはローチェストと小さなテーブル。
クッションやベッドカバー、カーテンは、淡いオリーブグリーンとくすんだ水色で、落ち着いた雰囲気を醸している。インテリアや小物も地味だけど、シックでさりげなく趣味がいい。
そんな部屋でお気に入りのクッションにもたれながら、ありさが長い髪にドライヤーを当ててメールを打つ姿を、俺は想像した。
細い肩ひものキャミソールに、シルクのショートパンツ姿で、長い脚を床に投げ出しているありさ。
薄いキャミソールは彼女の豊かな胸の形をつややかになぞり、濡れた髪がうなじに貼りつく。
その姿は色っぽい。。
そんな最愛の恋人をベッドのなかで想像しながら、俺は次に彼女に会えるのを心待ちにして、いつの間にか深い眠りに落ちた。
こうしていつもと同じ、平凡な一日が終わった。
2日目
翌朝も、いつもと同じ一日がはじまった。
朝早くから夏の日差しが部屋を焦がし、気温が急上昇していく。
窓の外は抜ける様な青空で、その向こうには天まで届く程の巨大な入道雲。
俺はオーブントースターでピザトーストを焼きながら、テレビをつける。
いつもと変わらない政治の駆け引きと、芸能人のどうでもいい様なゴシップ。泥仕合の外交のニュース。
それを軽く聞き流しながら、パンをインスタントコーヒーといっしょに腹のなかに流し込み、ネクタイを首にかけて、ズボンプレッサーから出したばかりの、ホカホカのスーツパンツに脚を突っ込むという朝のルーチンを、機械的にこなしていく。
バス停にはいつもの顔ぶれ。
すだれオヤジに几帳面アラフォー、ブランドおばさん。美脚OL。
「おはよう。今日も暑いなぁ~」
「おはようございます、葛西さん。暑いですね」
会社に着いて、受付嬢の篠崎陽菜と交わす会話も、昨日と同じだ。
「よう葛西。盆休みのぶどう狩りの件だけど、実家に聞いてくれたか?」
「あ、いや。今度聞いとくよ。すまん」
「別にいいって。ヒマな時にでも頼むな」
オフィスに入るといつもの様に、同僚の村井と他愛のない会話をし、午前中は資料作成、昼食をどこかの店で摂って、午後からは外回り。
焼けつく様な日差しの炎天下を、汗だくになって市内の得意先を回る。
そして、いつもと同じくらいの時間に、仕事を終えるのだ。
あまりにいつもと同じ過ぎて、こうして退社時間になっても、今日一日なにをしたかさえ思い出せない。
ちゃんと仕事した筈なんだけど、終わってしまえばなんの印象も残っていない。
楽しい時間は過ぎるのが短く感じるが、思い出としていつまでも深く心に刻まれる。
つまらない時間は過ぎるのが長く感じ、過ぎてしまえば記憶さえも残らない。
人間の脳なんてそんな風に、案外いい加減にできているのかもしれないな。
3日目
水曜日の朝も、いつもと同じ様にはじまった。
窓の外の大きな入道雲。
朝食のピザトーストに、インスタントコーヒー。
テレビからはいつもと同じ様なニュース。
バス停ではいつもと同じ顔ぶれ。
会社に着いて受付嬢の篠崎陽菜と天気の話をし、同僚の村井と他愛ない会話をする。
相変わらず一日中、気温は高く日射しは刺す様に痛い。
ただ、今日の俺は会社が引けても部屋には帰らず、都心から少し離れた運動公園へ向かうバスへ乗り込んだ。
毎週水曜日は、その運動公園にあるテニスクラブに、ありさと通っているのだ。
一旦部屋に戻ると、練習開始の時間に間に合わないというのもあるが、俺はスーツのまま、テニスクラブへ行く事にしていた。
スーツフェチのありさは、実は俺のスーツ姿が大好きらしい。
特に、片手でネクタイを緩める姿に、すごく萌えるという。
休日のデートでスーツを着る事などまずないから、この時くらいはありさ好みのスーツ姿を見せて、ポイントを稼ごうというわけだ。
クラブハウスの更衣室で、いつものTシャツとパンツに着替え、専用ロッカーからラケットやタオルの入ったバッグを取り出し、俺はコートに出る。
仁科ありさは先に来てもう支度を整えていて、何人かの男女に囲まれながら、コートサイドで談笑していた。
胸元にブランドロゴの入った、丈の短いペールラベンダーのテニスウェアが、からだにぴったりフィットしていて、胸の曲線を強調している。ショートパンツのせいで、脚の長さが際立って見える。
傍目からみるありさはスレンダーで身長も高く、ひいき目でなく他のどの女達より、ひときわ存在感があって輝いていた。
周りの男たちはみな、そんなありさの肢体を盗み見て、媚を売っている様だが、彼女は男達の下心に気づく様子もなく、屈託のない微笑みをだれにでも投げかけている。
その光景を見ながら、不意に俺は不安を感じた。
ほんとにありさは、俺の事を愛しているのだろうか?
俺とつき合いながらも、実はこの男達の誰かと、こっそり会っていたりしてるんじゃないだろうか?
俺の事は、ただの遊びじゃないんだろうか?
俺たちはほんとに、結婚するんだろうか?
そんな不安は杞憂でしかないはずだ。
そう思いながらも、こうやってありさが男達に囲まれている所を見たりすると、嫉妬で焦ってしまう。
だが、こんなネガティブな感情をありさにぶつけるのは、逆に彼女の愛情を萎えさせるだろう。
だから俺は、できるだけ寛大でいる事にしている。
俺は敢えてありさ達の話の輪へは加わらず、彼女の視界に入る手前のベンチに座り、靴の紐を締め直した。
ありさは俺を見つけるとベンチから立ち上がり、男達の間をすり抜けて、こちらへ歩み寄ってきた。
ふふん。
ザマミロ。
ありさはお前らより、俺を選んだんだ。
優越感にひたる一瞬…
俺って意外と性格悪いかも。
「
そう言ってありさはぼくに、他の誰にも見せる事のない、愛情と親しみにあふれた微笑みを向けた。
ありさはぼくにだけ、ファーストネームで呼びかける。
『稜哉さん』
この、すっかり心を許している様な無防備な微笑みと、少し舌足らずで甘えた様な呼びかけが、恋人である俺と、その他大勢モブキャラの男達との、決定的な違いなのだ。
このテニスクラブではまだ、ふたりの関係をカミングアウトしてはいないが、みんなも俺達の仲は薄々気づいているみたいで、俺とありさが話している間に割って入ってくる、チャレンジャーな男(女もだが)はいない。
いつもの様に、ネットを挟んでみんなで乱打し、コーチから指導を受けながら、各自の課題に沿った練習をして、最後はワンセットマッチのミニゲームを、適当なメンバーと行う。
自分の課題にしていたファーストサーブの確率も、今日はかなり調子がよく、面白い様に決まって、コーチの褒め言葉ももらった。
ミニゲームも絶好調。
自分のサービスゲームを落とす事なく、実力の伯仲した相手のサービスを破り、6-2で快勝した。
テニスが終わると、たいてい気のあった仲間同士で、遅い夕食やカフェに寄る。
会社での人付き合いは、いろんな打算やしがらみがあって慎重になりがちだが、趣味のサークルではそういう利害関係を考えなくていいから気楽だ。
軽くシャワーを浴びて再びスーツを着込み、キチンとネクタイを締めた俺は、ありさを含めた男女7人くらいのいつもの仲間とつるんで、行きつけにしている近所のファミレスで、しばらくテニスの話や世間話をして、楽しい時間を過ごした。
会話の途中、俺はふと、いつかの出来事を思い出した。
「そう言えば一昨日の夜中、凄い雷が落ちて停電しただろ? だれか覚えてないか?」
そう訊いてみたが、みんなは怪訝そうに顔を見合わせるだけで、覚えている奴はいなかった。
やっぱりあの出来事は、俺の錯覚か、夢だったのかもしれない。
夜10時くらいに解散。俺はみんなと別れて、ありさとふたり、帰途についた。
他人の目があるうちは、ありさも分別をわきまえてベタベタしてこないが、ふたりきりになるととたんに、『甘えたモード』に突入する。
「稜哉さん。今度の日曜はどこに行く?」
地下鉄の中で他人の目があるにもかかわらず、ありさは並んで座ってる俺の手に軽く指を絡ませ、俺の瞳を覗き込みながら、甘える様に訊いてきた。
「日曜? そうだな…」
「会えるんでしょ?」
「当たりまえだよ。毎週日曜日はありさとのデートに空けてるんだから」
「わたし、買い物に行きたいな」
「買い物?」
「式の準備とか新居の準備とか、いろいろあるでしょ。今から少しずつ見ておきたいし」
「そうか」
「あと、久し振りに天神に寄って、バーゲンの残りでも見よっか。いいものがあったら、稜哉さんに買ってあげる」
「え~? 俺、残り物?」
「ウソウソ。秋物見に行くのよ」
「こんなに暑いのに、もう秋物かぁ」
「いや?」
「嬉しいよ。ありさが選んでくれる方がセンスいいしな。じゃあ今度のデートは街で買い物だな」
「ええ。それにしても暑いわね、今年は」
「節電でもしてるせいか、冷房も弱いしな」
「でも、もう夜だってのに、いつまでも蒸し蒸ししちゃって」
そう言いながら、ありさはブラウスの胸元をパタパタと扇ぐ。
その様を見ながら、俺は思わず息を呑んだ。
ブラウスがはためくたびに、隙間からありさのふくよかな胸の谷間が覗くのだ。
淡いピンクの花柄模様のブラに包まれたありさの胸は、ふたつのふくらみがぴったりとくっつきあって、深い谷間を刻み、からだの動きに合わせる様に、フルフルとわずかに揺れている。
触りたい。
今すぐその胸の谷間に顔を埋めて、ありさを味わいたい!
地下鉄を降り、ありさのマンションに着いた頃には、すっかり汗だくになっていた。
ありさのブラウスの背中にもうっすらと汗が滲み、コロンに混じった汗の香りが、微かに漂ってきて、鼻腔をくすぐる。
「いつも送ってくれてありがとう。今から帰るのって、大変でしょう?」
「全然平気だよ。男の務めだしな」
「まだ時間、大丈夫そう?」
「ああ」
「汗かいちゃったし、ちょっとうちに寄って、なにか冷たいものでも飲む?」
わずかに湿り気のある声でそうささやくと、ありさは恥ずかしそうに俺の腕を握ってうつむいた。
「ああ。サンキュ」
そう言いながら、俺はエレベーターのボタンを押す。
エレベーターに乗り込んだ俺たちは、ドアが閉まるのも待てずに抱き合い、唇を重ねる。
長いキスのあと、トロンと潤んだ七分開きの瞳で、ありさは俺を見つめる。
『ちょっとうちに寄って、なにか冷たいものでも飲む?』
それは、俺を部屋に招き入れるための、ありさの口実だ。
『エッチしよ』みたいな直接的な言葉で、露骨に誘ってくる様な事は、ありさはしない。
いつだって控えめに、ちょっとはにかみながら、だけどそれとわかる様に、意味深にサインを送ってくる。
そんな奥ゆかしくて情緒的で、だけど自分の欲求に正直なありさは、本当に可愛く愛おしい。
部屋に入ると、ベッドに横たわる間も惜しんで、俺はありさを抱きしめ、濃厚なキスを交わしながら、彼女に見せつける様に、片手でネクタイを緩める。
「稜哉さんのスーツ姿、素敵」
そう言いながら、ありさは俺のワイシャツのボタンをふたつ程はずし、はだけた鎖骨をその細い指でなぞり、軽くくちづける。
俺もブラウスのボタンに指をかけ、背中に手を回してブラのホックをはずした。
パチンとブラがはじけ、張りのある真っ白な胸が露わになる。
ありさのうなじから胸元に、俺は唇を這わせていった。胸の谷間には汗をかいているのか、じっとりと湿っている。
「あん。汗いっぱいかいてるから、臭いわよ」
「臭くなんかないよ。いい匂いだ」
「もうっ。恥ずかしいじゃない」
ありさの汗の匂いは、クラクラするくらい
もつれるように、俺とありさはベッドに倒れ込んだ。
柔らかなスプリングに埋もれたありさは、からだを投げ出し、潤んだ瞳を軽く閉じている。長い髪が淡い水色のシーツの上に、生き物の様に広がる。淫らに開いた唇を、俺は貪った。
気がすむまでありさの唇を味わうと、俺は首筋から胸、そしてまだスカートをはいたままの下半身へと、唇を這わせていく。
スカートをたくし上げ、形のいいヒップを包んだ小さな三角の布切れに、俺は鼻をこすりつけ、思いっきり息を吸い込む。
「あんっ、ダメッ。シャワー浴びてからにして」
「いいよ、このままで。ありさの匂い、大好きだよ。この鼻の奥にツンとくる様な、甘酸っぱい香りが、俺は大好きなんだよ」
「いや… 変態!」
恥ずかしそうに頬を染めて、ありさは俺の頭とスカートを押さえ、『イヤイヤ』という様に首を振った。
そうやって小さな抵抗をされると、逆に征服欲がムラムラと燃え上がってくる。
匂いというのは、本能に一番近い感覚らしい。
俺はありさの匂いが大好きだ。
生理的に、俺はありさを愛しているのだ。
それは理屈や理性なんかで説明できるものじゃなく、五感で感じるすべて。
そのすべてが、ありさを求めているのだ。
『あ… あっ。ああっ』
熱い吐息とともに、ありさの息づかいが次第に荒くなる。
俺の愛撫に従順に反応して、ありさは泉を潤わせる。
そんなありさを味わい尽くした後、俺は昂まった自分のものを、彼女の奥深くに埋め込んでいった。
まるでぴったりと一致する鍵の様に、俺とありさはひとつになって、快楽の扉を開けていく。
ありさの華奢な指先が、俺の背中をなぞる。
快感の波に合わせて、ぎゅっと指先に力を込める。
薄暗い灯りのなかで、仄かに浮かび上がるありさの表情は、恍惚に身を任せる様にうっとりとしていて、うっすらとピンク色に上気した頬に髪が張りつき、なんとも可愛くて色っぽい。
ふたつの豊かなふくらみも、俺の唾液と汗で、つやつやと光をはね返している。
「ありさ愛してる。ありさ。ありさ」
うわ言みたいに彼女の名を呼び、俺は腰の動きを速めていく。
そのリズムに合わせるかの様に、ありさも可愛い吐息を断続的に漏らす。
そうやって、すべてを俺に委ねてからだを開くありさが、心の底から愛しい。
大きな胸がゴムまりの様に弾み、俺の額から吹き出た汗が、そこに滴り落ちてはじける。しっとりと濡れたありさは、全身をこわばらせ、背中をのけぞらせる。
指先までがツンと伸びてエクスタシーに達し、それと同時に、俺もありさのなかで果てた。
「もうっ。いっぱい汗かいちゃったじゃない」
ベッドに横たわっていたありさは咎める様に言いながら、女神みたいな慈悲深い微笑みを浮かべ、胸に顔を埋めている俺を見下ろしていた。
クールダウンするまで、ふたりはしばらく、ベッドのなかでいちゃいちゃと戯れていた。
「喉乾いたわね。ちょっと待ってて」
肌の火照りが治まったありさはそう言うと、ショーツを穿いてキャミソールを着て、そのままキッチンに向かった。
冷蔵庫を開け、なにか作っているみたいだ。“カラカラ”と涼しげな音が聞こえてくる。
しばらくしてありさは、ドリンクの入ったグラスをふたつ、ベッドに運んできた。微かに黄緑がかった淡い液体と、氷のグラデーションがとても綺麗で、炭酸の泡がゆらゆらと湧き上がっている。
「レモンスカッシュ?」
俺の問いには答えず、ありさは微笑みながら、「飲んでみて」と言って、グラスを差し出す。
ひと口、そのドリンクを飲んでみた。
口のなかに広がる刺激的な酸っぱさは、確かに柑橘系のものだったが、レモンとは違って酸味が柔らかく、どこか懐かしく素朴な香りがする。
「カボススカッシュよ。稜哉さんの実家は日田の方でしょ。大分ってカボスが有名でたくさん採れて、料理や薬味に使ったり、お酒に入れたりもするって聞いたわ。試しに炭酸で割ってみたら、すごく美味しかったの」
「そうか、カボスだったのか。そういえばうちの田舎でも、おふくろはカボスをよく使ってたよ。どうりでなんだか懐かしい味だと思った。うまいよ」
「そう? よかった」
満足そうに微笑みながら、ありさも自分のグラスに口づけた。
ありさのこういう気配りには、心がなごまされる。
そして、会っていない間でも、俺の事を考えてくれていて、喜ばそうとしてくれている所が、とっても愛しい。
俺はもう一度ありさを抱きしめて、その可憐な唇にキスをした。
それはほんのりと甘くて酸っぱい、懐かしい香りのするキスだった。
4日目
気がつけば、俺は自分の部屋のベッドのなかで、朝を迎えていた。
ありさの部屋で愛しあった夜が、まるで夢の様だ。
いつ彼女の部屋を出て、どうやって帰り着いたか記憶がないが、とにかく新しい一日がはじまった。
今日もまた、暑い。
ったく、朝から焼ける様な暑さだ。
朝っぱらから、窓の外には大きな入道雲が出ている。
早く秋にならないかな。
小学生の頃は夏休みが楽しみで、毎日の様にプールに行ったり、友達と遊び回ったりしていたけど、長い夏休みなんてない社会人にとっては、夏の暑さなんて
今日も、いつもと同じ一日がはじまる。
いつものピザトーストにインスタントコーヒー。
いつもの朝のルーチン。
テレビからは相も変わらないニュース。
朝の連続ドラマが始まったら、テレビを消してダッシュで出社。
バス停にはいつもの様に、すだれオヤジに几帳面アラフォー、ブランドおばさん。美脚OL。
「おはよう。今日も暑いなぁ~」
「おはようございます、葛西さん。暑いですね」
会社に着いて、受付嬢の篠崎陽菜と交わす会話も、いつもと同じ。
いつもの様に、同僚の村井とどうでもいい様な話しをし、午前中は資料作成、午後からは外回り。
焼けつく様な日差しの炎天下を、汗だくになって市内の得意先を回る。
そして、終業時間もいつもと同じ。
部屋に帰る途中に、いつものコンビニに寄る。
ありさからのメールもそれに対するレスも、同じ様な内容だった。
部屋に戻った俺は真っ先にシャワーを浴び、ボクサーパンツだけを着けてテレビのスイッチを入れる。コンビニ弁当を広げ、録画しておいた映画を観ながら、ひとりの夜の時間を潰す。
その翌日も、まるで昨日のコピーなんじゃないかと思えるくらい、同じ様な一日。
焦げつく様に暑い朝と、窓の外の入道雲。
いつもの朝のルーチン。
見慣れた会社の同僚や受付嬢。
市内の得意先回りに、コンビニ弁当を食べながら観る映画、、、
なにも変わらない毎日を、俺は機械の様にこなしていく。
『早く日曜日にならないかな』
俺は漠然と考えた。
日曜日はありさとのデートだ。
前会ったのが水曜日のテニスクラブの帰りだし、短い時間で慌ただしかったから、一日中ありさとゆっくり過ごせる日曜日は、なによりの楽しみだった。
『朝10時頃に、天神地下街のいつもの場所で待ち合わせて、それからありさの買い物につきあい、月曜日に見つけたイタリアンで昼食をとろう。
午後はターミナルのショッピング街を見て回って、それから、、、』
仕事もそぞろに、俺は日曜のデートの計画を練っていた。
そうやって、楽しい事を考えていると、時が経つのも忘れるらしい。
気がつくといつの間にか、日曜の朝を迎えていた。
7日目
日曜日も真っ青な空が広がり、焦げつく様な夏の日射しが降り注いでいた。
窓の外には相変わらず、朝から巨大な入道雲が湧き上がっている。
俺はせわしなく人の行きかう、地下街のインフォメーション前にいた。
ここは地下鉄の出口のすぐ近くだから、目につきやすい。
ありさと天神で待ち合わせする時は、いつもこの場所なのだ。
「お待たせ。稜哉さん」
地下鉄の改札を抜けてきたありさは、俺を見つけると嬉しそうに微笑んでこちらへ歩み寄り、目の前で立ち止まって、俺を見上げる。
今日のありさは、ゆるい薄紫のブラウスに、生成りがかったレースのショートパンツ。
テニスウェアの方がもっと露出が多いのに、街なかで見る生足って、どうしてこんなに色っぽいんだろう。
ありさのほっそりと長い綺麗な脚は、どんなに眺めていても飽きない。
もちろん脚だけじゃなく、ありさの事はずっとずっと、いつまでも見つめていたい。
「買い物って、どこに行くんだい?」
「そうね… まずはコアとパルコ見て、INCUBEにも寄りたいかなぁ。そのあとで、博多駅ビルの方にも行きましょ?」
「俺、そこのレストラン街で、美味しいイタリアンの店見つけたんだ」
「ええっ?! 食べたい食べたい! お昼はそこにしましょ♪」
ありさは嬉しそうに手をポンと合わせて、満面の微笑みを浮かべる。
そんな彼女を見ていると、幸福感で満たされてくる。
俺はありさを愛している。
どんな事があっても、俺達はずっといっしょにいたい。
永遠に…
天神付近のお気に入りショップを見て回った後、俺たちは地下鉄で博多駅まで行って、今度は阪急デパートとアミュプラザを巡った。
女の子の一般的な買い物と同じで、ありさもたいした
それに付き合わされるのはちょっとしんどい所もあるが、ルックスがよくてスタイル抜群のありさが服を試着するのを見るのは、結構好きかもしれない。
街なかでありさと手を繋いで歩いていると、通りすがりの男も女も、俺達を振り返る。
そんな時、軽い優越感に浸る事ができる。
「ほんと、美味しい! さすが稜哉さんの選んだお店ね」
俺のお薦めイタリアンレストランで、ご馳走の並んだテーブルを挟んだありさは、スマホで料理を撮った後、器用な手つきでフォークにパスタを絡めて口許に運び、福々と満足げな顔でほおばった。
休日のレストランは、たくさんのカップルや女性達で賑わっていて満席で、行列ができる程だった。
俺達は運よく、一番眺めのいい窓際の席に案内され、ビルの建ち並ぶ市街と、その遥か向こうに広がった青い海を見ながら、食事することができた。空には相変わらず大きな入道雲が、真っ青な空と眩しいコントラストを描いている。
その頂きは偏西風まで届いたらしく、頂上が押しつぶされた様に平たくなって、まるで鍛冶場にある金属の作業台みたいな形になっている。いわゆる『
「凄い雲だな。あんなに大きな入道雲は、初めて見たよ。珍しいよな」
巨大なカナドコ雲を見ながら、俺はありさに同意を求めるかの様に、なにげなく言った。
「ねえねえ、稜哉さん。食事が終わったらハンズに寄って、キッチン用品を見てみない? わたし、キッチンをトータルコーディネイトするのって、ずっと夢だったのよ」
カナドコ雲にはまるで興味がないかの様に、ありさは食事を続けながらぼくを見つめ、微笑んで喋っていた。
『あれ?』
なんだろう?
この違和感…
いろんなものに興味を持つ好奇心旺盛なありさなのに、カナドコ雲にまったく反応しないなんて。
今までの彼女ならこの珍しい雲に、『わあ!』とか『すごい!』とか驚嘆の声を上げ、スマホで写真を撮るはずで、俺もそういうリアクションを予想していた。
まあ、今は買い物に夢中で、次に巡るコースの事で、ありさの頭はいっぱいなんだろう。
軽く考えた俺は、違和感もすぐに忘れて、ありさとの会話に没頭していった。
食事のあと、ありさの希望するショップを見て回ったが、ウインドゥショッピングだけで、この日は大きな買い物をする事はなかった。
デパートの地下で食材をちょこちょこ買い込んで、再び地下鉄に乗り込み、俺とありさは手を繋いで、大きな池のある都心の公園へ向かった。
公園ではたくさんのカップルやファミリーが、ボートに乗ったり散歩したり、木陰で涼んだりしている。その間をトレーナー姿の若い男が走り抜け、中年の男女がウォーキングしたりしている。
いつもの休日の、のんびりとした風景だ。
「まあ、今日は下見ってとこかな。郊外にアウトレットモールとかもあるから、今度はその辺にも行ってみましょ」
池の畔を歩きながら、ありさは屈託なく笑った。
照りつける強烈な日射しで、彼女の顔には深い影が刻まれている。
バックには昼メシの時に見たカナドコ雲が、ほとんど姿を変えないまま、威圧する様にそびえ立ち、ありさの背中にのしかかってくる。
「今日は暑いし、もう家のなかで過ごしましょう?
さっきデパ地下で美味しいパウンドケーキ買ったから、紅茶でも飲みながら食べたいな」
「そうだな。それにしても暑いよな」
「暑いわね~。わたしもう、干涸びて蒸発しそう」
「ははは、そうだな」
降り注ぐ熱線を避けられる日影を探しながら、俺たちは公園を出て、ありさのワンルームマンションへ向かった。
部屋に帰ると、いつものパターン。
まだ日が高いというのに、俺達ははだかで抱き合い、相手を求め合った。
夏の強烈な日射しが、窓のサッシ越しにありさの素肌を焦がす。
陽の光で見るありさの裸体は、神々しい程に真っ白に輝いていて、起伏に富んだ陰影を刻んでいる。
そんな
ありさも、身も心も開き、俺を受け入れ、取り込んでいく。
まるで、足りないなにかを補う様に。
何度も何度も、ふたりは夏の光の下で、お互いのからだを貪り合った。
「今度、稜哉さんの実家に連れていってね」
俺の腕に抱かれて、はだかのままベッドに横たわっていたありさは、照れる様に言った。
「そうだな。俺もそれを考えてたんだ」
「稜哉さんのご両親に、早くご挨拶に伺いたいわ」
「俺も近いうちに、ありさの実家に挨拶に行かないとな」
「すみ酒や結納の日取りも、早く決めなきゃね」
「すみ酒? なんだ、それ?」
俺がそう訊くと、ありさはからだを起こし、ローボードの上に置いてあった分厚い結婚情報誌を手に取ると、付箋の貼ってあるページを開いて、俺に見せた。
『すみ酒』っていうのは博多独特の婚礼の儀式らしい。
結婚の内諾を得た男性側が、『一生添い遂げる』という意志を見せるために、酒一升と大きな天然の鯛を一匹持って、女性の家に挨拶に行くのだ。
これは『一升一鯛』、つまり『一生一代』という
そして女性側は、決まった作法に則って、それを受け取り調理して、男性側にふるまうのだ。
そう言えば以前、結婚特集かなにかのテレビ番組で、取り上げていたな。
面倒くさそうな行事だと、その時は思ったもんだ。
「こんな古くさい事、今さらやるヤツなんて、いないんじゃないか?」
「昔からの決められた儀式は、キチンとしたいわ」
「ありさって、意外と古風なんだな」
「そう? でも、そういうのって『けじめ』だと思うの。結婚ってやっぱり、家と家の繋がりでしょ。自分達だけですむ話じゃないし。お互いの家族や親族にちゃんと認められるためにも、そういう儀式は必要だと思うの」
「まあ、ありさがやりたいって言うなら、ちゃんとやるよ」
「ありがとう、稜哉さん」
「結婚… かぁ」
しみじみと言いながら、俺はありさが差し出した結婚情報誌を、なんの気なしにパラパラとめくった。
所々に、付箋でチェックが入れてある。
それは結婚式場だったり、ウエディングドレスのページだったりしている。
結婚について期待を膨らませながら、この雑誌を夜ごと眺めているありさの姿を、俺は想像した。
ありさは本気で、俺との結婚を考えてくれてる…
いや、実行に移そうとしてくれてるんだと、はっきり感じられた。
「稜哉さん… 結婚、イヤなの?」
少し悲しそうな瞳で、ありさは情報誌を眺めている俺を、訝しげに見つめた。
「そうじゃないよ。ただ、『すみ酒』だの『結納』だの話しをしてると、『俺達結婚するんだな~』って実感が湧いてくるっていうか…」
「そうね。わたし達、ほんとに結婚するのね」
「ありさは本当に、俺でいいのか?」
「ばか」
俺をたしなめると、やさしくキスをしてくれる。
「稜哉さんがいいの」
「ほんとに?」
「稜哉さんじゃなきゃ、イヤなの」
「ありさ…」
「わたし、幸せよ」
自分の言葉に照れる様に、ありさは頬を染めて俺の腕に顔を埋めた。
そんな彼女が、本当に愛しい。
「ありさのウェディングドレス姿、早く見てみたいな」
「これからエステとダイエットしとかなきゃ」
「そのままでも充分綺麗だよ」
「ふふ。わたし、トレーンが長くて、背中にレースアップがついた、ローブデコルテのウェディングドレスが着たいな」
「よくわからないけど、ありさならなんでも似合うよ」
「適当なこと言っちゃって」
「付箋貼ってたページのドレスだろ? スレンダーで背の高いありさなら、こんな凄いドレスでも、きっと着こなせるよ」
「ほんとにそう思ってる?」
「もちろんだよ」
「誓う?」
「ああ、誓うよ。幸せにするよ。一生」
そう耳元でささやきながら、俺はありさにキスをする。
ありさも俺に腕を絡め、キスを受け止める。
『ありさを好きだ』というこの気持ちを伝えるには、キスだけじゃ足りない。
飽く事もなく、俺はありさを抱きしめ、自分の愛のすべてを注ぎ込んだ。
8日目
“ピピピッ ピピピッ ピピピッ…”
遠くでアラームが鳴っている。
俺は目を覚ました。
窓から降り注ぐ日射しが眩しい。
目覚まし時計を押さえつけ、ボードの数字を見る。
月曜日の7時30分。
いつの間に、自分の部屋に戻っていたんだろう。
ついさっきまで、ありさといっしょにいた様な気がしたが、気がつけばもう、新しい一週間がはじまっている。
まるで時間が一瞬で跳んだ様な、不思議な感覚…
ノロノロとベッドから這い出し、窓の外を眺める。
相変わらず、日射しがからだを焦がす様に痛い。
今日も入道雲が、その巨大な姿で俺を威圧するかの様に、天頂にまで湧き上がっている。
そしてまた、先週と変わらない一週間がはじまった。
俺はオーブントースターでピザトーストを焼きながら、テレビをつける。
毎度お馴染みの政治の駆け引きと、どうでもいい芸能人のゴシップに、泥仕合の外交ニュース。
それを軽く聞き流しながら、パンをインスタントコーヒーといっしょに腹のなかに流し込み、ネクタイを首にかけて、ズボンプレッサーから出したばかりの、ホカホカのスーツのパンツに脚を突っ込むという朝のルーチンを、機械的にこなしていく。
バス停にはいつもの顔ぶれ。
すだれオヤジに几帳面アラフォー、ブランドおばさん。美脚OL。
「おはよう。今日も暑いなぁ~」
「おはようございます、葛西さん。暑いですね」
会社に着いて、受付嬢の篠崎陽菜と交わす会話も、先週と同じだ。
「よう葛西。おまえ来週からの盆休みはどうする?」
オフィスに入るといつもの様に、同僚の村井が話しかけてきた。
あれ?
その話題、先週も話してなかったっけか?
まあいい。
どうせ他愛のない話しだ。
別に気にするほどでもない。
「ああ、まだ考えてないけど、ありさの実家に行かないといけないかも。おまえはどうするんだ?」
「嫁に催促されてぶどう狩りにでも行こうと思うけど、実家に聞いてくれたか?」
「あ、いや。今度聞いとくよ。すまん」
「別にいいって。ヒマな時にでも頼むな」
俺は深く考えず、適当に村井とダベって、資料作成に取りかかる。
午後からは外回り。焼けつく様な日差しの炎天下を、汗だくになって市内の得意先を回る。
そして、いつもと同じくらいの時間に、仕事を終える。
ただ、今日の昼には駅ビルのレストラン街で、美味しいイタリアンの店を見つけた。
今度のデートの時にでも、ありさを連れて食べにこよう。
ありさとは、来年の春までには結婚するはずだ。
結婚か…
思えば大学を卒業して7年。
この福岡でひとり暮らしをしながら仕事をこなしていたけど、そんな独身生活とも、もうすぐおさらば。
愛するありさとの新婚生活がはじまるんだ。
俺はありさを愛している。
世界中の誰よりも。
永遠に愛している…
気がつけば、もう水曜日の夕方になっていた。
俺はテニスクラブへ向かうバスに乗っていた。
どうしてだ?
また記憶がスリップしている。
月曜日から今までの事が思い出せない。
まあいいか。
どうせいつもの様に仕事仕事で、忙しい時間を過ごしていただけだろう。
人間、忙しいと心が亡くなるもんだ。
毎週水曜日の夜は、テニスクラブの練習日。
短い時間だが、ありさにも会える。
俺がテニスコートに出た時、ありさは他の男性会員に囲まれて話をしていた。
顔もスタイルもよくて巨乳のくせに、そんな事を少しも鼻にかけずに素朴で純情なありさは、男性会員に抜群の人気がある。
ありさが他の男どもと笑い合っている光景を目の当たりにすると、俺は不安にかられるものの、彼女は俺以外の男には目もくれず、ファーストネームで俺を呼んでくれる。
「稜哉さん。秋のランキングが発表されたんだって。あなた9位らしいわよ。とうとうベストテンに入ったわね。今度のクラブ内トーナメントでもシードされるらしいわ。すごいわね~」
そう言ってありさは、他のどの男にも見せない甘い微笑みを、俺だけに向ける。
ふふん。
優越感に浸れる一瞬だ。
その日、俺は練習メニューを完璧にこなし、ミニゲームでは格上の相手に快勝。
気分よくシャワーを浴び、アフターにクラブの親しい仲間と食事に行って、楽しい時間を過ごした。
「汗かいちゃったし、ちょっとうちに寄って、なにか冷たいものでも飲む?」
ありさをマンションまで送ると、彼女は甘えながら、意味深に俺を誘う。
部屋に上がるとすぐに、俺はありさを抱きしめ、キスをした。
ありさも俺を受け入れ、ふたりは熱く愛しあった。
「カボススカッシュよ。稜哉さんの実家は日田の方でしょ」
クールダウンした後、ありさは俺の田舎の名産品を使ったドリンクを作ってくれた。
そう言えば、カボススカッシュは以前も作ってくれた気がするけど… 気のせいかな?
ありさのこういう気配りは家庭的で、本当に心がやすらぐ。
そんな彼女といっしょにいると、俺は改めて『一生ありさを愛する』と、固く誓うのだ。
またたく間に数日が過ぎ、日曜日。
俺は天神地下街のインフォメーションの前にいて、地下鉄の駅からありさが降りて来るのを待っていた。
「わたし、買い物に行きたいな。式の準備とか新居の準備とか、いろいろあるでしょ。今から少しずつ見ておきたいし」
ありさはそう言って、俺を買い物に付き合わせた。
そう言えば、先週もそう言って買い物しなかったか?
まあいいか。
俺が買い物をする場合、行く店はあらかじめ決めておいて、欲しいものだけを買う感じで、ウインドショッピングなんてあまりしないけど、女性にとっては買い物自体が、一種の趣味みたいなものだからな。
気の向くままブラブラ見て回る様な、彼女のショッピングに付き合うのは、ちょっと面倒臭いんだけど、それでもありさが楽しいのなら、俺も我慢するさ。
それに、先週の買い物は下見っぽい感じだったから、今日こそはいろいろ買うんだろう。
天神付近の店をいろいろ回ったあと、俺達は博多駅ビルに移動して、月曜日に見つけたイタリアンレストランで、昼食をとる。
レストランは満員だったが、俺達は運よく、窓ぎわの一番眺めのいい席に座る事ができた。
「ほんと、美味しい! さすが稜哉さんの選んだお店ね」
料理をスマホで撮ったあと、ありさは満足そうに頬張る。
結局今日もたいした買い物はせず、その後は彼女の部屋へ行って、昼間から愛しあった。
「今度、稜哉さんの実家に連れていってね」
ベッドの中で、はだかのまま俺に腕枕されながら、ありさはささやく。
ありさは『すみ酒』だの『結納』だのの話をする。
俺達は結婚するんだなぁと、ありさとの会話で実感できる。
俺はありさを幸せにすると誓う。
ありさのウエディングドレス姿は、さぞ綺麗だろうな。
早く見てみたいもんだ…
31日目
“ピピピッ ピピピッ ピピピッ…”
遠くでアラームが鳴り、また新しい一週間がはじまった。
まるで先週と同じ、毎日の繰り返し。
俺は夏の暑い日々を、機械的に消化しているだけだった。
ただ、唯一の生き甲斐は、恋人の仁科ありさと過ごしている時。
その時だけは、俺は生きている喜びを噛みしめられる。
水曜日のテニスクラブの後、ありさの部屋に寄って愛し合い、日曜のデートの約束をする。
「わたし、買い物に行きたいな。式の準備とか新居の準備とか、いろいろあるでしょ。今から少しずつ見ておきたいし」
日曜日は天神で待ち合わせて、その後ショッピング。
イタリアンレストランで昼食をとり、夕方にはありさの部屋に行き、飽きる事なく彼女を求め、彼女からも求められる。
そしてまた新しい一週間が、同じ様に過ぎていき、次の一週間が過ぎていき………
さすがに俺は、なにかがおかしいと感じはじめた。
『わたし、買い物に行きたいな。式の準備とか新居の準備とか、いろいろあるでしょ。今から少しずつ見ておきたいし』
ありさがそう言い出して、もう4週間近く経っている。
なのに一向に、買い物は進んでいない。
日曜日に会っても、いつもいつも天神周辺や博多駅ビルのショップを、ブラブラ回っているだけだ。
そう言えばお昼もいつも、駅ビルのイタリアンだ。
『ほんと、美味しい! さすが稜哉さんの選んだお店ね』
いつもそう言って、はじめてそのレストランに来たかの様に、ありさは嬉しそうに食べている。
それだけじゃない。
『今度、稜哉さんの実家に連れていってね』
と言いながら、俺達はいつまで経ってもお互いの実家に、挨拶に行こうとしてないじゃないか。
なにかおかしい。
そもそも、一向に秋の気配がしないってのは、どういうことだ?
少なくとも8月に入って4週間以上経っているはず。
ふつうなら、朝晩は少しは暑さもやわらぐはずなのに、焼ける様に暑い日々がずっと続いて、毎日毎日、受付嬢の篠崎陽菜に、『今日も暑いなぁ~』と声をかけているのだ。
それに、会社の様子だって、なんだかおかしい。
『よう葛西。おまえ来週からの盆休みはどうする?』
出勤の度、同僚の村井はそう言って話しかけてくるが、俺の答えはいつも同じだ。
『まだ考えてないけど、ありさの実家に行かないといけないかも。おまえはどうするんだ?』
『嫁に催促されてぶどう狩りにでも行こうと思うけど、実家に聞いてくれたか?』
『あ、いや。今度聞いとくよ。すまん』
『別にいいって。ヒマな時にでも頼むな』
最初にこの話題を出して、もう4週間。
盆休みなんかとっくの昔に終わっているはずなのに、俺達はいつもこの会話を繰り返している。同じ話ばかりしているのだ。
俺はお盆の間、なにをしてたんだ?
盆休みの記憶が、すっかり消え去っている。
…というより、盆休みが、来てない?
どうして今まで、俺はそれに気づかなかったんだろう?
気づこうとしなかったんだろう?
いくら、毎日なにも考えずに忙しく過ごしているといっても、そのくらい普通に生活していれば、当然わかる事だ。
それになんだ?
この妙な入道雲は。
毎日朝早くから、天にまで届きそうなくらい大きな入道雲が、この街を押し潰すかの様に湧き上がっている。
多少形は変わるものの、入道雲は夕方になっても消えない。
入道雲…
真夏の積乱雲は、地表の湿った空気が熱せられ、上昇気流が発生してできるもので、それは気温が上がる午後に多く発生するはず。しかも激しい対流で、どんどん形が変わっていくものじゃないのか?
いつ見ても同じ積乱雲って、なにかおかしい。
そんな疑問を持ちはじめた朝、俺はテレビのチャンネルを変えながら、どこかでこの異常な現象を説明している番組はないか、探してみた。
だけど、相変わらずどの番組も、くだらない政治の駆け引きと、どうでもいい様な芸能人のゴシップ。泥仕合の外交ニュースしかやっていない。
仕方なく俺は、いつもの様に朝の支度を終わらせ、焼け死んでしまいそうなくらい、強い日射しの降り注ぐ大通りへ出た。
「あの入道雲、なんだか変だと思いませんか?」
バス停に着いた俺は、巨大な化け物の様に恐ろしく膨れ上がった入道雲を見上げながら、いつもの様にそこに並んでいた4人のうちの、すだれ頭のオヤジに、思い切って話しかけてみた。
しかし彼は、チラリと俺を一瞥しただけですぐに視線を逸らし、俺なんか存在してないかの様に無視して、ひとことも答えない。
感じ悪いヤツだなぁ。
こいつ、会社じゃ絶対みんなに嫌われてて、窓際で暇つぶししてるタイプだな。
バス停では、だれも喋らなかった。
いつも顔を合わせているメンバーなのに、彼等の事を俺はなにひとつ知らない。
すだれオヤジにシカトされた後は、俺も無言のまま、やって来たバスに乗り込んだ。
「おはよう。今日も暑いなぁ~」
「おはようございます、葛西さん。暑いですね」
「そう言えば… 篠崎さん、俺達いつもこの会話してない?」
会社に着き、受付嬢の篠崎陽菜といつもの挨拶を交わした後、俺は思い切って彼女に訊いてみた。
篠崎陽菜は訝しげな目で、俺を見て答えた。
「いつもですか? 確かに、そうですけど」
「ずっと同じ会話だよ。なにかおかしくない?」
「別に… 夏だから、暑いのは当たりまえだと思いますけど?」
「そういう意味じゃなくて…」
自分で訊いておきながら、俺は混乱していた。
この現象をどう説明したらいいのか、自分でもわからないのだ。
「今日はいったい、何日だ?」
「8月11日です」
「8月11日だって? それはもう、1ヶ月前に過ぎたんじゃないのか?」
「?」
篠崎陽菜は眉をひそめ、いよいよ不審そうな目を俺に向けた。
美しい彼女から拒絶される様に睨まれると、なんだか自分の方が間違ってるみたいな気がしてくる。
「ごめん。いいよいいよ。今のは気にしないで。じゃあ」
『この人、わたしと話す口実作ってるんじゃないの?』
と、篠崎陽菜に誤解されそうで、俺は慌ててそう言うと、彼女の返事も待たずにエレベーターに乗り込んだ。
こうなったら村井に訊いてみるしかない。
8階まで上がった俺は、早足でオフィスへ向かった。
「よう葛西。おまえ来週からの盆休みはどうする?」
部屋のドアを開けると村井が目ざとく俺を見つけ、訊いてきた。
質問には答えず、俺は詰め寄る。
「村井。俺達ずっとこの話、してないか?」
「え? なに言ってるんだ? おまえ」
「この数週間、おまえずっと盆休みの事話してるぞ」
「そんなバカな…」
「盆休みに嫁が、『どこか連れてけ』ってうるさいんだろ?」
「あ? ああ…」
「だから、俺の田舎でぶどう狩りしたいって、思ってるんだろ?」
「そ、そのつもりだったけど…」
「おまえはずっと、そう言ってたぞ。俺達はどうして、その事に疑問感じてなかったんだ? 俺達はもう1ヶ月くらい前から、盆休みの事を話し合ってる。とっくに盆休みなんて終わってるはずなのに」
「葛西、おまえおかしいぞ。今日はまだ11日じゃないか。盆休みは来週からだぞ」
怪訝そうに言いながら、村井は壁にかかっている時計を指さす。その電波時計の日付は、確かに8月11日になっていた。
「だからおかしいんだよ。8月11日なんて、とっくの昔に過ぎてるんだ! おまえは、なにも感じないのか?」
「いや。別に…」
「どうしてこう毎日毎日、うだる様に暑いんだ! それにあの入道雲! 絶対なにかがおかしいぞ! おまえはそう思わないのか? え?!」
「…」
村井はなにも答えず、喚き散らしている俺の側から、気味悪そうに黙って引いていき、何ごともなかったかの様に自分のデスクについて、仕事をはじめた。
俺も、自分がおかしいと感じている。
この暑さに、頭がやられちまったのかもしれない。
俺は思考を止め、とりあえず目の前にある、すぐに片づけなきゃならない仕事に、没頭する事にした。
仕事が終われば、明日は日曜日。ありさとのデートだ。
ありさなら俺の話しを、真剣に聞いてくれるだろう。
32日目
気がつくと俺はいつの間にか、天神地下街のインフォメーション前にいた。
目の前の仕掛け時計を見ると、8月12日、日曜日の10時と表示されている。仁科ありさは時間どおりにやって来て、俺の前に微笑んで立っていた。
「わたし、今日は買い物に行きたいな。式の準備とか新居の準備とか、いろいろあるでしょ。今から少しずつ見ておきたいし」
ありさはニコリと微笑み、少し首をかしげながら言った。
俺は彼女に訊いた。
「先週も先々週も、その前も、ありさは『買い物に行きたい』って言ってたよな?」
「え? そうだった?」
「ああ。俺達、いつも同じ様なデートしてないか?」
「稜哉さん、わたしと買い物に行くの、イヤなの?」
ありさはそう言って、悲しそうな瞳で俺を見つめた。
「いや… そういう意味じゃなくって… あ、あの…」
こんなありさを目の前にすると、焦って吃ってしまう。
あらさはなにも疑問を感じていないのか。
だとすると、やっぱり俺の方がおかしいのかもしれない。
実際、目の前の時計は8月12日なんだし、ずっと同じ会話をしてるってのは、ただの俺の勘違いか、夢の様な気もしてくる。
『ありさの買い物に付き合うのは面倒だ』なんて感じてるから、いつもいつも買い物してる気になるんだろうか?
「なんでもないよ。ごめん。さあ、行こう」
気を取り直して、俺はありさの背中に手をやって歩きはじめた。やっぱりありさといると楽しい。
彼女といっしょにいると、幸せで夢中になって、俺のくだらない疑問なんか、どうでもいい事に思えてしまう。
天神付近のありさのお気に入りショップを回った後、俺達は地下鉄で博多駅へ移動し、駅ビルのレストラン街に入っているイタリアンレストランで昼食をとった。
店は混雑していたが、俺達は運よく、窓ぎわの一番見晴らしのいい席に座る事ができた。
「ほんと、美味しい! さすが稜哉さんの選んだお店ね」
スマホで料理を撮った後、ありさは美味しそうに食べはじめた。
そんな彼女の向こう側には、巨大な入道雲が覆いかぶさっている。その頂きは押し潰された様に平たくなり、偏西風に流されはじめていた。
やっぱり変だ。
そう言えば…
以前もこんな景色を、見なかったか?
ハッと我に返り、彼女に訊いた。
「ありさ。この店に来るのは、はじめて?」
「そうよ。今日稜哉さんが案内してくれたんじゃない?」
「俺達は先週もこの店に来た」
「え?」
「その時もありさは、今と同じ事を言ったんだ」
「それって… デジャビュとか?」
「デジャビュ?」
「既視感。まだ体験した事がないのに、もう知ってるかの様に感じる事よ。はじめて来た場所なのに、以前来た覚えがあるとか、はじめて見るものなのに、昔見た記憶があるとか」
「デジャビュ、か…」
「きっとそうよ。今日は変よ、稜哉さん」
「そうか…」
ありさの説明を聞いて、俺は納得しそうになった。
この入道雲も、きっとデジャビュなんだろうな。
そうか…
そう思いながら、俺は窓の外を眺める。
だが、市街全部を覆う様に立ちこめる、巨大な入道雲を見ていると、不安になってきて、胸を掻きむしられる様に苦しくなってきた。
「ありさ。あの入道雲、やっぱりおかしいと思わないか? 朝から晩までずっと、あそこにある」
「ねえねえ、稜哉さん。食事が終わったらハンズに寄って、キッチン用品を見てみない? わたし、キッチンをトータルコーディネイトするのって、ずっと夢だったのよ」
入道雲なんて見えないかの様に、ありさは別の話題を振ってきた。
やっぱりおかしい。
そう言えば、以前もこんな事があった様な気がする。
好奇心旺盛な彼女が、こんな珍しい雲に興味を示さないなんておかしい、と思ったはずだ。それもデジャビュだって言うのか?
「俺達、実家の両親の家に、挨拶に行くんじゃなかったのか?」
「え? ええ。今度稜哉さんの実家に、連れてってもらおうと思っていたけど…」
「だったらすぐ行こう。今から行こう!」
「えっ? い、今から?」
「まだ2時過ぎだ。今から特急に乗れば、夕方までには
「そんな急に… 稜哉さんのご両親へのおみやげも、なにも買ってないのに」
「おみやげなんていい。さあ、行こう」
「ちょ… 稜哉さん。待って!」
食事もそこそこに、俺はありさを急かし、席を立った。
とにかく、なにか行動しなければ。
今の、まるで再生中のレコードが飛んで、同じ場所を何度も何度も繰り返し演奏している様な、このおかしなループを、なんとかして破らねば。
本能的にそう感じて、俺は戸惑っているありさの腕を掴み、博多駅のコンコースへ向かった。
幸い、日田経由別府行き特急『ゆふいんの森5号』が、14時36分に出発する予定だった。
俺は切符を2枚買い、まだ状況をよく呑み込めていない彼女を引っ張って、ホームへ出て、出発間際の特急に乗り込もうとした。
「強引なのね、稜哉さん。やっぱりなにかおかしいわ」
ホームの売店で、とりあえず実家へのみやげのお菓子を買いながら、ありさは不満そうにつぶやく。
「ごめん。どうしても気になる事があって」
「気になる事?」
「とにかく、俺の実家に行けば、少しはなにがどうなってるか、わかる気がするんだ」
「ん~… よくわかんないけど、まあいいわ」
諦めた様にありさはおとなしく列車に乗り込み、席に座った。
少し安心して、しかし、胸騒ぎを抑えられないまま、俺は窓の外の景色に目をやった。
博多駅を定刻に出発した列車は、軽快なディーゼル音を響かせながら、福岡の市街地を一路南へ下って行く。
窓の外では、強烈な夏の日射しにくっきりと深い影を刻んだビル群が、俺の後ろへと流れて行く。
その遥か向こうに、例の化け物の様な巨大な入道雲が、じっと動かずに居座っていた。
俺はなにも喋らず、その景色を眺めていた。
ありさもまだ機嫌が悪いのか、黙ったままショップで貰ってきたカタログを見たり、スマホをいじったりしている。久留米を出た列車は久大本線へ入り、次第にあたりは農村の風景へと変わっていき、博多から2時間足らずで俺の故郷の日田駅へ到着した。
「なんだか、変なお天気ね」
日田駅のホームに降り立ったありさは、そう言って俺の腕にしがみついた。
俺も空を見上げる。
さっきまで快晴で、抜ける程に青かった空は、今は暗く曇り、
俺は福岡市の方角に目をやった。
厚い雲に阻まれてどんよりと霞み、例の入道雲があるのかどうか、ここからじゃわからない。
駅前からタクシーに乗り、俺は行き先を告げる、
市街地を抜けて筑後川沿いに10分ほど走った所に、俺の実家はある。
低い石垣に周りを囲まれ、母屋の隣に納屋のある寄せ棟造りの、昔ながらの『農家』という感じの建物だ。
石垣から玄関までは空き地になっていて、ここで農具の手入れをしたり、干し柿を作ったりと、いろんな作業をする場所にもなっている。
タクシーが家の入口に着いた時、その庭で数人の男女が、立ち話をしているのが見えた。
俺とありさはタクシーを降り、そちらに歩いて行く。
そこにいたのは、俺の母と叔父、近所のおじさんやおばさん達だった。
俺が来た事にも気づかず、みな話しに夢中になっている様だ。
「それで… 新しいニュースは入ってきたとね?」
「回線が寸断されとるとかで、インターネットは繋がらんし、テレビもよう写らん。どのチャンネルもまだ状況をよく掴めとらんらしい」
「放送局なんか、もうなくなっとるんじゃなかか?」
「防災無線も全然役に立っとらんしなぁ」
「わしんとこの息子も、ジェイアラートで非常召集受けて、消防署に出動したとよ。そのうちなにか教えてくれるかもしれん」
………なんの事だ?
いったいなにを、熱心に話してるんだ?
みんな、表情が暗い。
おふくろなんか、半分泣き出しそうな顔をしている。
困惑しながら、俺は隣のありさを見た。
彼女もキツネにつままれた様な顔をして、きょとんと俺を見返している。
「わかったぞわかったぞ!」
その時、背後で悲壮な叫び声が聞こえ、俺は思わず振り返った。
おやじが血相を変えて、こちらに走ってくる。
俺の事等眼中にないらしく、一直線にこちらに突き進んでくる。
「危ないっ! ぶつかる!」
俺はからだをよじり、目をつぶって身を固くした。
しかし、いつまで経っても衝撃はこない。
恐る恐る目を開けたが、からだをすり抜けたかの様に、おやじは俺を通り過して、おふくろ達の話の輪に加わった。
どうしてだ?!
なぜおやじは、俺に気づかない?
「自衛隊のヘリが飛んで直接確認したらしい! 福岡市と築城基地あたりは全滅げな!!」
「!!!!」
興奮してまくしたてるおやじの言葉に、おふくろ達はみな、絶叫した。
全滅?
福岡が??
いったいどういう事だ???
「今、福岡の映像が出とるが、信じられん光景じゃ!
一面焼け野原で、真っ黒な雲が立ちこめとって、なにがなんかわからん。佐世保も新田原も那覇も核ミサイルで全滅した言うとるぞ! 早よ来い! 今テレビに映っとるけん!」
おやじはそう叫んで、母屋のテレビにみんなを集めた。
なにがなんだかわからないまま、俺も母屋へ駆け込んだ。
靴も脱がないまま家へ上がって、みんなといっしょにテレビのニュースを喰い入る様に見つめる。
福岡が… 燃えている。
いや。
すでにそこは、福岡市だとはわからない。
博多駅も大濠公園も、天神のビル群も県庁も…
すでに跡形なく消え失せて、ただ真っ黒な燃えカスが煙をくすぶらせ、辺り一面にその残骸をさらけ出しているだけだ。
その上空には巨大なキノコ雲が湧いていて、頂きは成層圏にまで届き、すでに偏西風に流されて霞んでいる。
「これが今の福岡市の状態ですっ!
放射線汚染の危険があり、我々もこれ以上は近づけません!
本日未明、福岡市をはじめとする九州沖縄の各都市や自衛隊基地に対し、核攻撃が行われました!
現在防衛省や政府が総力を挙げて状況を調査中ですが、被害が広範囲に渡っており、実態を把握する事が極めて困難な状況です!
視聴者のみなさんは極力屋内に避難して下さい。次の攻撃の恐れがあります。
繰り返します。
次の攻撃の怖れがあるので、極力頑丈なビルや地下に大至急避難して下さいっ!!」
狂った様にキャスターが叫び、その背景では大勢の人間が右往左往している。
これは…
核戦争?
核ミサイルで、福岡は吹っ飛んだというのか…?!
目の前にある映像にあまりにも現実味がなくて、唖然として俺はテレビに見入っていた。
「稜哉~っっ!!」
とその時、おふくろがいきなり叫んで床に突っ伏し、号泣しはじめた。
「ありささんにプロポーズして、OKもらえたと、昨日嬉しそうに電話かかってきたばかりなんよ!
近いうちにふたりで挨拶に来ると。
来年の春には結婚すると。
あの子は嬉しそうに話しとったのに、なんでこげんこつになってしもたんやあぁっ!」
畳を掻きむしるおふくろの爪がはがれ、真っ赤な血が
そんなおふくろをかばいながら、おやじも肩を震わせ、嗚咽している。
周りの人間もみな、目に涙を溜めて、悲しみと苦痛で顔を歪ませている。
『おふくろ。俺、ここにいるぞ!?
見えないのか?
俺がわからないのか?
おふくろ! おやじっ!』
俺は喉を枯らして叫んだ。
だが、だれも俺を振り向きはしなかった。
俺は……
核ミサイルで吹っ飛んでしまって、もうこの世にいないのか・・・・・・・・・・・・
じゃあ、ここにいる俺はなんだ?
ただの霊魂か意識…
そんなものだとでもいうのか??
そう言えば…
月曜日の夜だった。
雷の様なものすごい音があたりに響き、街の灯りが消えたのは…
あの時、核ミサイルが落ちてきて、一瞬にして、俺を吹き飛ばしたって事か!?
俺だけじゃない。
いつもバス停にいる、すだれオヤジに几帳面アラフォー、ブランドおばさん。美脚OLも。
受付嬢の篠崎陽菜も。
同僚の村井も。
そして、婚約者の仁科ありさも…
みんな、地獄の様な業火に焼かれちまって、灰になってるっていうのか・・・・・・・・・
じゃあ…
核ミサイルが落ちてからあとの、今日まで過ごしてきたこのひと月は、いったいなんだったんだ?
死ぬ間際の、俺の妄想でしかなかったって言うのか?
それとも、死んだ後まで残った妄執・・・・
これまでのありさとのデートも・・・
俺はふと、隣を見た。
さっきまで横にいたはずのありさが、いつの間にかいなくなっている。
『ありさ?』
俺はあたりを見回した。
どこにもいない。
『ありさ?!』
もしかして… 俺の家に上がるのを
おふくろたちにありさの事、紹介しないと。
『ありさ? ありさっ!』
俺は急いで家の外に出て、大声で呼びながらありさを探した。
だが、どこにもありさの姿は見えなかった。
『ありさ! ありさ! ありさっ!!!』
狂った様に俺は、あたりを駆け回った。
空には真っ黒な雲が立ちこめ、異様な雰囲気を放っている。
やがてポツポツと、雨粒が落ちてきた。
真っ黒な雨だった。
その忌まわしい雨は、地面と言わず建物と言わず、黒いシミを作り、じわじわと広がっていく。
遠くの景色はそれこそ薄墨を流した様に、黒く煙っている。
そんな雨の中を、全身真っ黒になって濡れながら、俺はありさを求めて彷徨った。
俺はありさを愛している。
世界中のだれよりも、心から。
俺達は、来年の春には結婚する。
俺はありさと、一生いっしょにいたい。
ありさの作ったカボススカッシュを、もう一度味わいたい。
ありさを抱きしめ、俺の愛と情熱のすべてを注ぎ込みたい。
ありさとひとつになって、生きていたい。
結婚して、子供に囲まれて、楽しくて幸せで…
いつまでも、穏やかで平和に暮らしていきたい。
ありさを一生愛していたい!
なのに…
どこにいるんだ?
どこへ消えてしまったんだ!
ありさ。
ありさ~っ!!
1日目
“ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ…”
意識の向こうでアラームが鳴り続けている。
ハッと、俺は目を覚ました。
窓から降り注ぐ日射しが眩しくて、目を細める。
俺はアラームを止め、時計を見た。
月曜日の7時30分。
いつもの起床時間だ。
なんだか、長い夢を見ていた気がする。
不思議な感じだ。
現実みたいな夢を見る事は時々あるが、そういうのはたいてい悪夢で、目覚めはあまり気分のいいもんじゃない。
いったいどんな夢だったんだろう?
そんな事を漠然と考えながら、俺はノロノロとベッドから這い出し、無意識に窓の外を眺める。
相変わらず、日射しがからだを焦がす様に痛い。
今日も入道雲が、その巨大な姿で俺を威圧するかの様に、天頂にまで湧き上がっている。
先週と変わらない一週間が、今日もはじまるのか。
俺はオーブントースターでピザトーストを焼きながら、テレビのチャンネルを変えていく。
自分の利益しか頭にない様な政治の駆け引きと、どうでもいい芸能人のゴシップ。隣国との泥沼の外交のニュース。
それらを軽く聞き流しながら、パンをインスタントコーヒーといっしょに腹のなかに流し込み、ネクタイを首にかけて、ズボンプレッサーから出したばかりの、ホカホカのスーツのパンツに脚を突っ込むという朝のルーチンを、機械的にこなしていく。
鏡に向かってネクタイを締めながら、俺はつい、にやけてしまう。
大学を卒業して、ひとり暮らしをしながらこの街で働きはじめて、もう7年。
同じテニスクラブに通う、とびっきり魅力的な女性、仁科ありさを、恋人にできた。
そして…
昨夜のデートで、俺はありさにプロポーズして、OKもらえたんだ!
結婚か…
俺達は来年の春、結婚する。
俺はありさを愛している。
世界中の誰よりも。
永遠に愛している。
死ぬまでいっしょにいるだろう。
いや。
死んだあとでも添い遂げたい。
支度を終えた俺は、大通りに出て、天を仰いだ。
今日も焼け死んでしまいそうなくらいに、暑い一日だ。
この夏はいつ、終わるのだろう。
END
2012.09.27初稿
2017.09.20再稿
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