月道探訪綺譚

栗花落

第1話

神々の祝祭。

 百年に一度、ジャハーンの世界に訪れる、新年の言祝ぎに神々が地上に降り立つ日。自然に喩えられる神々は、己をまつる数多くある神殿から、町や砂漠に降り立ち、人々を祝福するといわれる。

 人生にただ一度あるかどうか、という盛大な祭りの日。どこの町も、また砂漠にとどまる者も、その年には、たった一日のために、ひと月をかけて饗宴のための用意をし、祭壇を飾る。懐に余裕のある大商人などは、自分の屋敷を解放し、盛大な宴を催すこともある。

 門戸を大きく開くことで、地を巡る神々を招き入れ、その幸いと恩恵を受けようとする日だ。

 当然、神々をまつる神殿では、真夜中に彼らを迎え入れる儀式と、日の出前には送り出す儀式が行われる。

 だが百年前、地上を去る神々はある預言を残した。

 次の祝祭には、大いなる災いと、大いなる幸いが現れる、と。

 相反する預言に、人々は大いに困惑し、またその真意を探った。そして、ある事実を突き止めたのだ。

次の祝祭は、月の蝕の時である、と。

砂漠に生きる者たちは、慈悲をもたらす月の暦で動く。満ちた月から始まり、半ばに消え、また生まれ変わり、次の月に新しい姿となる。三十日をかけて繰り返される狂いない輪廻。

祝祭は、年の初めの一日。常に慈愛の光あふれる夜。闇を照らす月光を頼りに、神々もまた地上を行き交う。

だが、蝕により光を失い、闇に閉ざされればどうなるか。

 祝福が訪れないだけではない。闇は魔物を強め、悪しきジンに力を与える。ジャハーン中が、混沌に閉ざされかねない。

 一方で、人々は希望を捨てたわけではなかった。ここにきて正反対の預言の片方が、重要な意味を持ってきたからだ。

「大いなる幸い」

 失われる月の代わりにもたらされる幸い。それはやはり、神子以外になかった。

 ゆえに、この百年。

 次の祝祭までに、誰もが囁き、探していた。

 月の光を身に秘めた、化身――月の神子を。



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月道探訪綺譚 栗花落 @ha-kura

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