忍び寄る「罪」
「此処」に来るのは、久しぶりの感覚だった。
聖国でもヴィルデラルトの場所に至ることなく「平穏」な夜を過ごしていただけに、カナメは懐かしいような……あるいは不安な気持ちになる。
まるで長いガラス張りの通路のような。
あるいは、常に変わり続ける万華鏡の中のような。
無限回廊と呼ばれるこの場所に立つカナメは、辺りを見回す。
此処に来るとき、大抵は何かの危機を告げるものであった。
ならば、今回もきっと。
「……今いる街の光景、か……」
無限回廊に映るゲーテスの街の光景は朝、昼、夜と忙しく切り替わっている。
それは平和な光景ばかりだが……少しの異常も見逃すまいと慎重に映る光景を見るカナメの眼前で、その全ての光景が何処かの「暗い場所」に切り替わる。
「……かえり、たい」
聞こえてきたのは、そんな声。
呟くような、呻くような、消え入るような。
薄暗いその場所を照らすのは、僅かな明かり。
冷たい石造りの床で燃える……真っ黒な……人の形をした、何か。
その「何か」が燃える事によって照らされたその場所が何であるかは、壊れた鉄格子が証明している。
恐らくは、何処かの牢獄。
燃える「何か」の前には、白く長い髪の少女が幽鬼か何かのように佇んでいて。
その「何か」から少し離れた場所には……巨大な氷の中に封じられたように浮かぶ、紫の髪の少女の姿。
「ル、ウネ……? てことは、「あれ」は……」
あの黒い何かは、まさか。
ということは……今映っている、この場所は。
「ダリア……! くそっ、どういうことなんだ!? この子はなんだ!? 作戦が失敗したってことなのか!?」
カナメの声に答える者は、この場には無い。
この無限回廊に居るのは、カナメただ一人。
だが、答えを探してカナメは叫ぶ。
「ヴィルデラルト……! 聞こえてないんですか!? これじゃあ何が失敗したのかも分からない!」
「わかる、よ。迎えに来てくれたのよね」
カナメの叫びに答えるように、映る光景の「向こう側」から声が聞こえてくる。
勿論、カナメに答えたわけではない。だが、カナメの注意を引き戻すには充分。
白い少女はゆらゆらと動きながら、暗がりの中へと進んでいく。
暗い、長い通路。
「アベル。今、行くわ」
その言葉を最後に、画面は切り替わる。
そして映し出されるのは、燃える街。
響く悲鳴と怒号、そして破壊音。
そして、剣を片手に立つダルキンと……負傷したエルの姿。
「……申し訳ありませんが、今回ばかりはカナメ殿にも譲れませんな」
「おい、待てよ。何する気だ爺さん……!」
傷が深いのか、エルは荒い息を吐きながらも……それでも、大剣を支えに立っている。
一方のダルキンは傷一つなく、しかし普段は見せぬ剣呑な雰囲気をその身に纏っている。
「カナメ殿は、間違いなくアレを倒すでしょう。あるいは、救おうとするやもしれません。そして……救えるかもしれない」
「……爺さんの言いたいことは分かる。だけどよ、爺さんだって分かるだろ? アレは……」
「分かっていますとも」
「なら……!」
何の話かは分からない。だが恐らくは、この向こうにいる「カナメ」は何かと戦っているのだろう。
エルの怪我も、恐らくは。
「だとしても、許せるものか」
「ルウネちゃんの事があるのは分かる! だけどよ……!」
「許せるものか。ルウネを殺しておいて、救われるなど。そんな事が、許されるものか」
ダルキンの目が「何処か」へと向けられて。エルは止めようとしたのか、その肩を掴み……すぐに弾き飛ばされる。
「邪魔はしないでいただきましょうか」
「するに決まってんだろ……俺だって許せねえよ! でもよ、ぶつけるべき相手は他にいるだろうが!」
「……そんなもの。しっかりと「後悔」させるに決まっているでしょう。その上でアレは殺します。邪魔するのであれば、貴方にもしばらく寝ていただくことになりますが?」
本気の目をするダルキンに、エルは大剣を向ける。
「それは、こっちの台詞だぜ。今のアンタはどう考えても冷静じゃねえ。カナメにも刃を向けかねない……そんな感じだぜ?」
「必要とあらば」
言うと同時に、エルはダルキンの拳を受けて倒れている。
大剣がその腕から滑り落ち、気絶するエルをそのままに……ダルキンは再び「何処か」へと視線を向けて。
しかし、思い出したように周囲を見回す。なんでも一瞬で視界内に捉えるダルキンにしてはその行動は何か奇妙で。
やがて動きを止めたダルキンは……ぼそりと、呟く。
「……もし。この光景を無限回廊とやらで「違うカナメ殿」が見ているならば」
聞こえてくるその呟きは、間違いなく「今此処にいるカナメ」に向けてのもの。
「今すぐに作戦を修正なさい。この事態を招いた原因はち」
その言葉は、最後まで聞くことは叶わない。
無限回廊は回転し、カナメを下へと落下させていく。
「あ、おい……あと少し! それで変えられるのに! 待て、待てよ……!」
止まれとカナメが幾ら念じても、落下の速度は早まるばかりで。
それに比例するようにカナメの意識も遠のいていった。
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