新たなる「問題」3

「ダ、ダルキンさんがですか?」

「ええ。今回の件は情報収集と素早い動きが肝となるでしょう。そして良くも悪くも、カナメ殿の仲間のお嬢様方は目立ちます」


 そう言うと、ダルキンはルウネに視線を向ける。


「ルウネ、お前も今回の件ではメイドナイトであることを隠しなさい」

「はいです」

「よろしい。では準備を」


 ルウネはカナメに一礼すると視界から消え、そのまま何処かに居なくなる。

 エルがキョロキョロしていたが、エルの視線からも「消えた」ように見えたのだろう。


「で、カナメ殿」

「あ、はい」

「具体的な提案なのですが、クランが動いたと知れれば人攫いどもは大きく警戒するでしょう」

「……でしょうね」


 クランが本格的に動くという事は、聖国が動くという事と同じだ。

 非合法であることを理解してやっている連中が、その危険性を理解しないはずがない。

 カナメ達を襲ってくるなら対処が楽でいいが、カナメ達がいる間だけ動かない……ということになると、実に面倒な話になる。

 そうさせない為にも、表向きにはクランが大きくは動いていない形をとらなければならない。


「そこで、カナメ殿はこの聖国にいることにして……別の名前で動いていただこうかと」

「別の名前、ですか」

「ええ。そうですな……オズマ、など如何ですかな?」

「オズマ……」

「いいんじゃねーの? 慣れるまでちょっとかかりそうだけどよ」


 エルの言葉に、カナメも頷く。

 確かに少しかかりそうだが、カナメ・ヴィルレクスの名前が少しずつ知られていっている以上は仕方のない処置だ。


「なあ爺さん、俺は?」

「そのままで良いのでは?」


 エルが不満そうに「えー」という声をあげるが、ダルキンはまるで聞いていない。


「とりあえず設定としては、そうですな……宝石商と、その護衛ということにしましょうか」

「宝石商って……」


 カナメは思わず、初めて会った時のエリーゼを思い出す。

 確か彼女も最初に会った時には宝石商を名乗っていたはずだ。

 

「理由は幾つかございますが、宝石商は数ある旅商人の中で一番「何処を歩いていてもおかしくない」者でございます」

「そうかあ? 宝石商って金持ち専門って気がするけどよ」

「いいえ。宝石商の扱う宝石とは、それこそ価値ある魔法石からクズ石まで多数です。むしろ庶民にも身の丈に合う物を売ることが出来てこそ、です。そうでなくば高い石だけ抱えて干上がりますからな」


 なるほど。高い石は当然売れにくい。

 そういうものを衝動買いしてくれる人が行く先々にいればいいが、そうでなくば路銀が尽きてしまう事だってあるだろう。

 つまり、安い値段のものやそれなりの値段のものを普段売り用として抱えていてこそ、旅の宝石商は成り立つというわけだ。


「また、宝石商が旅をする理由は「まだ見ぬ石」を探す為ですが……言い換えれば、価値も分からず死蔵しているような宝石を見つけ買い取る為です。故に、辺境や小さな村に立ち寄るのにも何の不思議もございません」

「それって、買い叩くってことじゃ……」

「それが商売というものでございます」


 そう言われてしまうと全く言い返せないのだが……とりあえず、良い案であるように思える。


「その辺はとりあえずいいだろ。護衛っつーのは俺だろ? 他の配役はどうすんだ?」

「カナメ殿が商人役というのが理想でしょう。そうですな……この聖国にいる適当な商人を選んで、その次男坊なり三男坊なりということにしましょう。商人としての経験を積む為、そしてやがては自分の店を開く為に旅している……と。こんなところでしょうか」


 その「父親」役の商人については、この後話を持っていけば断られることはないだろう。

 彼等とて聖国ともっと強く繋がって立場を安定させたいと考えている。

 恩を売る機会を逃すはずがない。


「私はそれについてきた補佐役の従業員、ルウネは世話役ということで良いでしょう」

「妥当だな」

「なら、それでいいとして……けど実際の売り物とかは」

「前に似たような手を使った時の小道具が残っておりますのでご心配なく」


 それよりも問題は、とダルキンはカナメをジロリと見る。

 その視線の鋭さにカナメは思わず下がりそうになるが……ダルキンの腕がそれより早くカナメの肩を掴む。


「実際の商人としての挙動ですな。まだ未熟という誤魔化しにも限度がございます。私が最低限の目利きは……そうですな、今日中に叩き込んでさしあげます」

「えっ……あ、でも準備とか連絡とか」

「ルウネがやりますのでご心配なく。さあ、時間はありませんぞ。一流二流とはいかずとも、三流四流くらいの商人には仕上げて差し上げます」

「あー。じゃあ俺も準備してくるわ。頑張れよカナメ」


 巻き込まれる前に、と逃げていくエルに薄情者とカナメは声をあげそうになるが……すでにダルキンの手には何処から出したのか二つの透明な石が並んでいる。


「さあ、始めましょうかカナメ殿。この二つの石、何かお分かりですかな……?」

「え、えーと……とりあえず魔力は感じないかなーって……」


 容赦なく始まったダルキンの宝石商人即席養成講座はきっかり夜まで続き……結果として、カナメは宝石商人としての基礎知識を手に入れたのであった。

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