アリサと〇〇

 ラファエラが戦闘を開始していた、その頃。

 アリサもまた、「敵」と遭遇していた。

 通路を慎重に進んで辿り着いた、開けた場所。

「そこに行くしかないだろう」というルートで誘導されたその場所にいたソレは……一人で会いたくはない相手。

 正気と狂気の神イルムルイを名乗る仮面の男。一見武器らしい武器も持っていないように見えるそれは、広間の中央に立っていた。

 イルムルイの背後にあるのは、巨大な壁画の描かれた壁。

 描かれた光景は、かつての戦いだろうか……巨大な化け物と、それに立ち向かう人々の姿が描かれている。

 

「そんなところに隠れていないで、出てきてはいかがですか?」


 通路から覗いていたアリサにイルムルイがそう声をかけると、アリサは軽い舌打ちをしながら出てきて……頭を掻くような、そんな自然な動作からナイフを投擲する。

 だが、そのナイフはイルムルイに命中する直前で透明な壁のようなものに弾かれ……アリサはやっぱりか、と呟く。


「いきなり酷い事をなさいますね。人の良き点は話し合いが出来る事だと思いましたが?」

「問答無用で分断しといて、よく言うじゃない。話し合いなんか、する気あったの?」

「おや、ないとでも?」

「そうだなあ。話し合いに見せかけた時間稼ぎならするように見えるかな?」


 言いながら、アリサは腰の後ろから 凍雪の杖スフェイルガンドを取りだす。


「くふっ。 魔法の杖マジックガンドですか。「なりかけ」の闘神とは、中々に器用なものですね? それとも、貴女だからですかね?」


 何やら意味ありげな事を言うイルムルイだが、アリサはそれに付き合わない。

 経験上、何か重要そうな事をほのめかす奴の七割は大したことを知っていないし言っていない。

 万が一残りの三割側であったとしても、大抵はそのうち分かる事だ。

 故に、アリサは「魔力充填開始」と宣言する。

 魔法の杖マジックガンドは、キーワードで所有者から自動で魔力を吸い出す。

 故にアリサのような魔力放出障害でも使え……それを使用してきたことが、アリサが変換まではできずとも剣に魔力を通すような技が出来る理由となっている。

 そして、一度発動すれば止める術などない。


「なるほど、問答無用というわけですか。その辺りは、実に「彼」に似ている」

 

 天井から降ってきた矢に、魔法石を砕かれなければ……の話ではあるが。


「なっ……!」


 魔法石を砕かれる。そんな有り得ない現象に、アリサは思わず上を見上げる。

 そこには、「天井に立って」いる緑の肌の男達の姿。


上級邪妖精セラト・イヴィルズ……!」

「私の使っている身体を何処から持ってきたと思っているのです? さて、これで少しは話が出来ますかね?」


 しまった、と。アリサは自分の失策を痛感する。

 イルムルイの身体の件もそうだが、「天井」の件をすっかり忘れていた。

 前の階層で「天井」に何もなかったこと、そして今回の部屋の構造。

 そしてイルムルイに集中するあまり、何もないモノと勝手に決めつけてしまっていた。


「正直に言って、貴女は持っている能力を使いこなせていない。それは酷くもったいないことです」

「余計なお世話だね」


 いると分かっているなら、どうとでも出来る。

 アリサは素早く剣を抜き放ち……イルムルイはそれを仮面の奥の視線でじっと見つめてくる。


「たとえば、こうです」

「!?」


 イルムルイの仮面が輝くと同時に、アリサは衝撃を受けて吹っ飛ばされる。

 魔力による衝撃波。それに気づいても、回避すら許されない超広範囲攻撃。

 たとえ跳躍ジャンプを使ったところで、突破はできないだろう。

 

「私のこんな小技程度は、「彼」ならば初見で破ったはずですし……貴女もその能力を発揮さえ出来ていればどうにでもできたはず」

「さっきから「彼」って……カナメのことじゃなさそうだけど?」

「勿論です。貴女の祖先の話をしているのですから」


 戯言だ、とアリサは即座に切り捨てる。

 あのイルムルイという神の能力はいまだ不明のままだが、本人を見て先祖を理解するなどという訳の分からない能力が存在しているはずもない。

 アリサ自身、父親の顔など知りもしないのだ。王族でもあるまいし、そんな適当な血筋の果てに遠い誰かに酷似していたとして、そんなものは偶然に過ぎない。


「自覚しているかは知りませんが……貴女の先祖はアルハザールです。正確にはアルハザールの寵愛を受けた娘の子孫、ですがね?」

「……冗談にしちゃ笑えないね」

「冗談なものですか。私がアルハザールの気配を間違えるはずもない。レヴェルから聞いていないのですか?」


 聞いていない。

 聞いていないが……アリサの脳内には、レヴェルと顔合わせをした時の妙な反応が蘇る。

 あの時のおかしな反応は、狂戦士……いや、闘神のことに気付いてのものだと思っていたが……。

 更に思い返せば、あのヴィルデラルトとかいう神も何かおかしなことを言っていた。

 それが「そういうこと」だとすれば。


「心当たりがあるようですね?」

「さて、ね」

「ともかく……貴女に流れる血は大分薄れてこそいますが、その身体は普人の域を超える恩恵を充分に受けている。故に、私が貰い受けましょう」


 そう言って一歩踏み出すイルムルイに、アリサは剣をカチャリと鳴らして答える。


「私の身体は私のだし、顔も見たことないご先祖様のことなんか知らないね。全部まとめてポイってやつだ」

「そうですか。それはそれで構いませんとも!」


 イルムルイの仮面が輝き、天井に居た上級邪妖精セラト・イヴィルズ達が次から次へと地上へ転移してくる。

 響く爆発音と……金属同士がぶつかる音が、広間に響く。

 そして、アリサの背後にある幾つかの入口から……赤い竜鱗騎士ドラグーン達が、翼を広げ飛び込んできた。

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