呪いの逆槍13階層

 呪いの逆槍、13階層。

 そこは12階層と同じ、広い空間であった。

 ……ただし、壁も床も天井も、全ての色は白。

 何処まで広がっているのかも分からない白い空間の中に、1人の男が立っている。

 右半分が黒、左半分が黄の仮面。

 全身を……頭から手先、足先まですっぽりと白い布で覆い、ローブのようなものを着込んでいる。

 肌を一切晒さぬその姿は、この白い部屋を合わせるとなんとも不気味だ。

 何をするでもなく白い部屋の中に佇む男の姿に、しかしカナメは久しぶりにゾクリとするような感覚を味わう。

 だが、仮面の男はそこから動くでもなく……しかし仮面の奥の視線を、カナメへと向けている。


「ようこそ、新たなるレクスオール。そしてレヴェルの影は……久しぶり、と言っていいのでしょうかね? なんとも不思議な感覚です」

「イルムルイ……! やっぱり貴方なのね……!」


 レヴェルの言葉は、再会を喜ぶようなものではない。

 むしろ嫌悪に満ちており、今すぐ殺してやるとでも言いたげな殺気すら放っていた。


「ええ、私ですとも。初めましての方々はどうぞよろしくお願いいたします。私、正気と狂気の二面神イルムルイと申します」


 そう言って頭を下げる姿にしかし、カナメ達はどう反応していいものか分からない。


「神……まさか、本物……なのですか? いえ、しかし」


 言いながら、イリスはレヴェルの様子をちらりと見る。

 レヴェルの様子を見る限り、その態度は友好的なものではない。

 そして、何より。

 まさか、という思いがその脳内を駆け巡る。


「まずは試練の突破、おめでとうございます。エリーゼさん、でしたか? まだ未熟な面は多々ありますし、こちらの思惑通りというわけでもありませんが……充分すぎる程の才能を見させていただきました」


 そして、イルムルイのその言葉にイリスは自分の考えが正しいと確信する。

 そうだ。

 このイルムルイと名乗る神が……このダンジョンに関わっているのだ。


「こちらへ。貴女に至上の栄誉を与えましょう」

「待ってください」


 エリーゼに来るようにと手を差し伸べるイルムルイからエリーゼを守るように、カナメはその前に立つ。


「なんですか、レクスオール。私は貴方には用はありませんが」

「そっちに無くても、こっちにはあります」


 手を伸ばしエリーゼには近づけまいとするカナメの様子に、イルムルイは大きな溜息をつく。


「……いいでしょう。何を聞きたいのですか」

「聞きたいことは三つです。まず、一つ目。貴方は本物の「イルムルイ」ですか?」


 その質問にイルムルイはほう、と呟く。

 本物かどうか。それは単純に本人か偽者かという質問に留まらない。

 レヴェルをイルムルイが「影」と言ったように、「厳密に言えば本人とは言えない」例も存在する。

 本人か、ではなく本物か、という問いにはそういう意味も含まれているのだ。


「……その問いにはこう答えましょう。過去と現在の全てにおいて、正気と狂気の二面神イルムルイと名乗る資格のある者は、私一人です」

「なるほど。ありがとうございます」


 イルムルイの答えもまた、誤解の余地のない正確なものだ。

 イルムルイだ、と名乗るだけではそう名付けられた別の個人である可能性は否定できない。

 そして「現在イルムルイと名乗っているのは私一人」でも、同じ事が言える。

 レヴェルが今レヴェルと名乗っていても過去のレヴェルとは違うように、過去のイルムルイとは違う何かであるという言い逃れも出来る。

 だが、今のイルムルイの言い方であれば「影を含む全ての他の「他人」の可能性はなく、イルムルイは自分一人である」という答えになる。

 

「では、二つ目ですが。貴方は……このダンジョンに関わっているのですか?」

「ええ。ゼルフェクトのダンジョンの萌芽の気配を感じ取り、私が手を加えました。まあ、少々派手な外観になりましたがね」

「……三つ目です。貴方の目的は……なんですか?」

「新たな人間を作ります。魔人のように魔力が高く、戦人のように強い身体を持つ者を。さあ、これで三つの質問は終了ですね? そこをどきなさい、レクスオール」


 急かすイルムルイに、しかしカナメはイルムルイを睨み付けたまま動かない。


「どうしました、レクスオール。疑問は氷解したのでしょう?」

「ええ。だからこそ、貴方には……お前には、エリーゼを渡さない」

「……何を言うかと思えば」


 そう、カナメには分かる。分かってしまう。イルムルイの言っている事は、恐らく嘘ではない。

 だが、含まれていない真実がある。

 一つ目の答えが完璧であったからこそ、三つ目の誤魔化しが透けて見える。

 そして、そう考えてみると……一つ目の完璧な回答の、穴に気付く。

 普通であれば気付かなかったであろうソレも、魔操巨人エグゾードの話の直後である今なら考えつく。


「……人間は、そんな大きな身体の変化には耐えられない」

 

 そう、それはレヴェルが大神殿で言っていた事だ。

 そんな事をすれば、死んでしまう、と。

 同じ神であるイルムルイが、そんな簡単な事に気付かないはずがない。

 ならば、可能性は二つ。

 それを解決する方法を見つけたか、それでも構わないと思っているかだ。

 

「その仮面を外してみろ、イルムルイ。お前は、なにかおかしい」

「……なにか、とは?」

「本人で本物だけど、違う。そう解釈できる可能性が一つ、ある」

「伺いましょうか」


 問うイルムルイに、カナメは手の中の弓に力を込めながらも「それ」を言い放つ。


「……その身体は、「本物のイルムルイ」のものじゃない」


 カナメの言葉に、場がざわめき……イルムルイは、ゆっくりと仮面に手をかけずらす。

 そこにあったのは……緑色の肌の、男の顔だった。

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