岩竜パラケルム

「くふ……は……ははは! 世界最強か、よく吠えた! ならば我も名乗ろう! 我こそは岩竜パラケルム! さあ、見せてみよ! 遠慮はいらぬ!」


 立ち上がるパラケルムの前に立ち、エリーゼは再度杖を構える。

 最高の攻撃魔法。

 最強の攻撃魔法。

 それが何かということに関しては、未だに議論は尽きない。

 火魔法だと言う者もいる。

 原初の力を感じさせる火魔法は、見た目にも派手なものが多い。

 水魔法だと言う者もいる。

 優しくも厳しいその力は、水魔法という形でも発揮される。

 風魔法だと言う者もいる。

 土魔法だと言う者もいる。

 そして更に「具体的にどの魔法か」と聞けば、もう収拾などつきはしない。

 それは、その魔法に対して思い入れ……あるいは信仰にも似たものがあるからだろう。


 ……ならば、エリーゼはどうか。

 その答えは決まっている。エリーゼの信じる「最強の魔法」は、ただ1つ。


「魔法陣展開」


 エリーゼの足元に、複雑な紋様の魔法陣が出現する。

 それは、これから放つ魔法の増幅、補助をする為だけの特殊な魔法陣。

 たった1つの魔法を放つ為の、もう1つの魔法。


「……其は、天を貫く極光。指し示す道標にして、焦がれ目指す極星」


 エリーゼの詠唱と共に魔法陣が輝き始める。

 自身の魔力を種火に周囲の魔力を変換し、集めて。エリーゼの体内を通り杖の魔法石へと流れ込んでいく。


「私の身体は地上に在りて、されど翼は望まず」


 輝く。魔法石が、魔力を受けて輝く。

 周囲を照らし、それでも足りぬとばかりに染め上げる勢いで輝く。


「望むは弓。願うは矢。私は此処に、私の知る史上最強の奇跡を顕現する……!」


 杖の先が、パラケルムへと向けられる。

 パラケルムの顔には、もう余裕の笑みなど浮かんではいない。

 

弓神のレクスオール……裂光矢アロー!!」


 放たれた極太の光線が、パラケルムを貫く。

 巨大なパラケルムの身体を覆いつくす程に大きく、凄まじいまでの魔力の込められた一撃は大気を揺らし……ビリビリと震える余波を受けてオウカはぞっとする。

 今の魔法は、間違いなく「最強」に分類される魔法だろう。

 魔法の威力は基本的に、核となる本人の魔力に比例する。

 同じ大魔法でも威力に差異があるのはその為だが……それを置いても、今の魔法は凄まじい。

 恐らくは先に展開した魔法陣にタネがあるのだろうが、この短時間ではそこまで解析しきれない。

 だが間違いないのはドラゴンですら打倒しうる魔法だろうということで。

 ……それ故に、オウカは冷たい汗が流れるのを隠せない。

 今の魔法を受けて尚……パラケルムの巨体は、傷つき後方へと吹き飛ばされつつも其処に在る。


「ハハハ! ハハハハハ! 面白い、これは面白い! 魔人ですらエグゾードを使ったというのに、まさか普人の身でドラゴンを揺るがすか!」

「エグゾード……」

「知らぬか!? 魔人共が造った人造巨神ゼノンギア・エグゾードを! だが……ハハハ、愉快、実に愉快! この身が縛られしものでなければ、この逢瀬を戦いという馳走で飾るものを!」

「なら、試練は合格ということで良いのですわよね?」

「うむ、通るが良い魔法士エリーゼ。そしてその仲間達よ。証は確かに示された。良い、実に良い魔法であった!」

「……もっと大きくブッ飛ばすつもりだったんですのよ。まだ研究が必要ですわね」


 エリーゼの言葉にパラケルムは豪快に笑うが……オウカは、それどころではない。

 何か、今。聞き捨てならない言葉を聞いたからだ。

 

「待って、ちょっと待ってよ!」

「む?」

「エグゾードって……魔操巨人エグゾードでしょ? 人造巨神ゼノンギア・エグゾードって……。その言い方だと、「エグゾード」が固有名詞……たった1つの物に与えられた名前に聞こえるわよ?」

「聞こえるも何もその通りだが。だがまあ……我の生きていた時代よりも先にエグゾードと呼ばれるものがあったのであれば、それについては知らぬ。分かったら引っ込んでおれ」


 そう言い捨てると、パラケルムはエリーゼに視線を戻す。

 何か問いたげなその顔にニヤリと笑ってみせると、「聞きたい事があるならば答えよう」と告げる。


「……あることにはありますけど、今のオウカさんの質問については」

「答える気はない」


 アッサリと言うパラケルムに溜息をつき、エリーゼは「それなら」と問いかける。


「貴方、先程から聞いていると神話の時代の住人のような台詞が目立ちましてよ。このダンジョンが出来たのは最近のはず……。まさか今まで地の底に居たとでも仰る気ですの?」

「なるほど、当然の疑問だが答えは簡単だ。我は岩竜パラケルムではあるが、本人にあらず。この身は呼び出されし影の如きものである。それ、そこに実例が居ろう」


 パラケルムに視線を向けられ、レヴェルが軽い舌打ちをする。


「……認めたくはなかったわ。でも確信も出来た。この状況を生み出したのは……」

「さて。それについてはこの先で嫌でも明らかになろう。進むが良い。我は少々疲れた」

「ならもう一つ」

「何だ……む?」


 エリーゼが指差す先に視線を向け、パラケルムは疑問符を浮かべる。


「それ、少し貰っても構いませんわよね?」

「……くふっ。そこの男の為か」

「ええ、他に何か?」


 堂々と胸を張るエリーゼに、パラケルムは大きく口を開けて笑う。

 エリーゼが貰っても構わないかと聞いたのは、先程の魔法で剥がれ落ちたパラケルムの欠片。

 それを欲する意味を、パラケルムは正確に察し……それでも尚、こう答える。


「好きにせよ」

「ええ。では好きにさせていただきますわ」

「うむ」


 そう言って、パラケルムは目を閉じる。

 エグゾード。ゼノンギア。

 新しい謎に混乱するオウカを気遣いながらも、カナメ達は動かないパラケルムの横を通り、13階層へと続く階段へと向かっていった。

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