ダンジョンに纏わる話2

「……一種の逃避のようなものでした。俺が戦人ということも知らず、ちょっと強い普人だと思って笑顔を向ける村の人間との交流。そんなものがいつまでも続くはずがない事も分かってはいました」


 だが、それは「あんな終わり方」をするべきものではなかったはずだ。

 いつも通りに村に行った彼の目の前で、呑み込まれるように地の底へと沈んでいく村。

 響く悲鳴。助けを求める声と。それすらも呑み込む、破滅の音。

 ……そして。村を呑み込んだ穴から生えた、逆さまの塔。


「逆さまの塔?」

「呪いの逆槍、と名付けられたと聞きました」


 ダンジョンの生まれたその場所は、速やかにその地域を支配していた連合の一国の強力な支配下に入った。

 今まで出さなかったような数の騎士を派遣し、今まで出さなかったような額の金を出して町を作り始めた。

 観光資源になる、そして自国を豊かにする物が産出される「鉱山」を王は何より愛しく思ったのだろう。

 まだ発展途中の町にはすでに冒険者達が続々と集まり、冒険者ギルドも進出を検討している……ものの、まだ国の許可が出ていないのだという。


「……そのダンジョンの出来た経緯については分かりました。けれど、分からないことが一つ」

「ええ、なんでしょう」

「貴方の目的が分からないんです。俺を名指しで紹介状を持ってきたのは、ダンジョンの話をする為ではないでしょう?」


 その可能性がゼロとは言わないが、それではあまりにも目的が不明に過ぎる。

 ダンジョンの話から「先」が無ければ、連合からはるばるカナメに会いに来た意味がない。

 まさか敵討ちにダンジョンを破壊して欲しいなどという話ではないだろうが……。


「ええ。こんな身の上話をしたのは、あの呪いの逆槍の話をする上で不可欠だからです」


 呪いの逆槍。

 そのダンジョンがそう呼ばれているのは、村を呑み込んでできたから……だが。

 

「そのダンジョンは、文字通りに逆さまであるそうです」


 天井は床に。床は天井に。

 宝箱すらも「床」に貼り付き、唯一の救いはモンスターは「天井」を歩いていることだという。

 塔という名の通り、石造りの建物を模した構造であるそうだが……その探索をしていた冒険者が、妙なものを見たという噂がたったそうだ。

 

「噂、ですか?」

「ええ。「床」を走る人間を見たと。何処かに追われゆくようなその姿を追う前に、モンスターと遭遇し見失ってしまったそうですが……」


 それは確かに奇妙な話だ。

 その人間らしきものがモンスターであれば攻撃を仕掛けてきているだろうし、しかし他のモンスターは天井……地面を歩いているのであれば、それはどうして其処を走っていたのか。

 追われているというのなら、何に追われていたのか?


「……私は、思うのです。もしかしたら、あの村の人間は……何らかの形でダンジョンに囚われ続けているのではないかと」


 まともに生きているとは思えない。なにしろ呪いの逆槍が出来たのは、もう2年も前の話だ。

 だが、もしかしたらと。そう考えてしまうのは仕方のない事だ。


「ちょっといい?」

「なんでしょうか、レヴェル様」

「その話を持ってくる前に、貴方が解決しようとは思わなかったの? ああ、責めてるわけじゃないわ。ただの疑問よ」


 レヴェルのそんな質問に、フェドリスは目を伏せるように俯いてしまう。

 震えるその姿からは、ゆらりとした怒気を纏う魔力が僅かに放出される。


「……仰る通りです。私は自分が恥ずかしい。村の会議でも「これ以上この件に関わることを許さぬ」と厳命され、動く事すら出来ませんでした。誇り高き戦人として、私は……」

「それも疑問なのよ。私の知ってる戦人なら、そんな近くにダンジョンがあるなら制圧する勢いで潜るものかと思っていたのだけれど」

「……」


 その言葉に、フェドリスは伏せていた視線をあげてレヴェルとカナメを交互に見る。


「お二方は、我々戦人の……いえ、蟲人の事情をどの程度ご存知ですか?」

「あまり知らないんだ。聖国の情報網でも、「魔人や戦人はたまに見かける」ということくらいしか」

「私も最近のは知らないわ」


 それも、蟲人のような戦人の情報については一切ない。


「そうですか。話は変わりますが、この私の鎧。如何思われますか?」

「いい鎧、だと思いますけど」

「そうね。見た瞬間は蟲人の殻を被った普人だったらどうしてくれようかと思ったけど」


 カナメの目にもレヴェルの目にも、フェドリスの纏う鎧は相当良い魔法の品に見える。

 だが、フェドリスはなんとも複雑な顔をして笑う。


「……はい、良い鎧です。そして、我々の外骨格は他の人間から見ても良い鎧に見えるらしい」


 その意味を、カナメとレヴェルは同時に察する。

 つまり、それは……まさか。


「蟲人狩り、と呼ばれる連中が跋扈した時代があったそうです。大量の「狩人」や罠、騙し撃ち、人質……あらゆる奸計を使い、我々を狩って鎧や武器にした時代。私達の祖先はその度に殺し合い、仲間だったものを取り返し……ということを続けていたそうです」


 しかし、その度に「その力が手に入れば」と更なる欲望の対象になった。

 フェドリスが着ているのも、そうして鎧に加工され……蟲人達が取り戻した物の一つだ。

 勿論、そんなことをしていたのはごく一部の人間だ。

 何処にでもいる好事家や悪趣味でも呪われた力でも手に入れたいと望む者……何時の時代にもいる、そうした「ほんの一部」との戦いであったに過ぎない。

 だが、それは蟲人に「もう関わりたくない」と思わせるには充分過ぎたのだ。


「……村にはこう伝わっています。神は去り、大地には普人が蔓延った。我等はいつかの時を夢見て、静かに眠り続けよう、と」


 世に関わるなという掟。それを守り続け、蟲人達は深い山の奥に隠れ里を作り細々と生きてきた。

「いつかの時」が来る前に自分達が滅ぶのであれば、それまでのこと。

 そう考え、長い時を過ごして。


「……そして、貴方様達が現れた。ならば、私のような普人に近い外見の者が生まれたのにも意味があるはず」


 そう言うとフェドリスは立ち上がり、カナメとレヴェルの座る横に跪く。


「我々ジギナルの隠れ里は、一つの決定を致しました。即ち、レクスオールの力を持つとされる貴方様を見極める事。もし貴方が真実レクスオールであれば……我等ジギナルの隠れ里の蟲人全ては、貴方様に疑いの目を向けた無礼を私を含む村長一族全ての首をもって贖った上で」

「いや、待った! 首はいらない! 命もいらない! そこは絶対に譲らないですよ!?」

「ご命令であればそのように致します」


 アッサリと前言を翻すフェドリスを、レヴェルが懐かしいものを見る目で見ていたが……やがて、優しげな口調で問いかける。


「……それで? 貴方達の設定した「試しの儀」は何なの?」

「はい。丁度良いモノがあるので、それを利用しようと」

「それって、まさか」

「呪いの逆槍。その15階層まで辿り着く事です」

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