戦人の村からの客人

「うわっ!?」


 応接室に引っ張られるようにして連れて行かれたカナメの視界に入ったのは、膝をつき敬礼の姿勢をとる黒くてゴツい何かの姿であった。


「お待ちしておりました」


 くぐもった声でそう言うソレの姿は、一言で言えば黒い全身鎧。

 ゴツゴツとした光沢のある輝きを放つ装甲は丸みを帯びていたり、角ばっていたり。

 鎧としてはかなり不可思議な形状をしているのだが、特筆すべきはそこではない。


「えっと……」


 カブトムシ。そうとしか言いようがない頭部が何とも目を引く。

 兜と呼ぶには角が巨大に過ぎ、面当てもまた独特であった。


「たぶんですけど……それ、鎧……ですよね?」

「……お分かりになりますか」


 鎧と呼ぶにはあまりにも不可思議。しかし、面当てを見れば「そういう姿の種族」ではないことが理解できる。

 何故なら、そこだけ纏っている魔力が違うのだ。

 まるで、カブトムシの形の鎧に別の素材の面当てを嵌め込んだような、そんな違和感があるのだ。


「その鎧……それは戦人の外骨格ね。どういうつもりなのかしら」

「が、外骨格?」


 確かカナメがルウネから聞いた話では戦人とは「その身体に特徴的な何かを備えており、獣人や竜人などと違う呼び名で称されることもある」種であったはずだ。

 だが、カブトムシの外骨格ということは……そういう姿の戦人もいる、ということなのだろう。


「はい。お察しの通り、これは我々の先祖の外骨格が鎧とされたものになります」

「我々……ってことは、貴方は」


 カナメの言葉に、跪いたままの彼……あるいは彼女は、その兜を外す。

 そこから出て来たのは、銀の髪をオールバックにまとめた端正な顔立ちの男だった。

 切れ長の赤い目を男はカナメに向けると、そのまま頭を下げる。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はジギナルの隠れ里の創設者にして初代村長ソウセリヒの一族ガヨウの息子たる現村長サルマンが第一子、フェドリスと申します。真なる名称は別にございますが、この場では省略をさせていただきたく」

「は、はあ。あ、俺はカナメ……えっと、カナメ・ヴィルレクスです」


 戸惑うカナメにレヴェルが横から「戦人の名前は凄い長いのよ」と囁く。


「フェドリス。再度聞くけど、貴方のその鎧はどういうつもり?」

「……その姿、伝え聞く死の妹神レヴェル様であるとお見受けします。まずは直答する無礼にご容赦を」

「構わないわ。言いなさい」

「はい。端的に申しますと、私は出来損ないなのです」


 戦人の中でも蟲人と呼ばれる種族は特殊で、その最大の特徴は外骨格を持って生まれることである。

 男女共に大きく姿は変わらず、頑丈な鎧を纏った人間のような外見をしている。

 しかし中身が虫の如きというわけでもないらしく、死んだ後には外骨格の中に人間同様の骨格を持っている事も分かる。

 このことから、外骨格ではなく別の何かなのではないかという研究もあるらしいが……それはさておき。

 ともかく、蟲人とはそういう種族なのだ。


「外骨格を持たぬ事で、私の実力は他の者よりも一段低いものとならざるを得ません。見た目も普人に近い事で、子供達も怯える始末。それ故に、私はこの鎧を賜りました。本来はこのようなものに頼るべきではないのですが……今回も、これが無ければ戦人と信用して頂けるか分からぬということで着用して参りました」

「……そう。苦労しているようね」

「いえ。両親の苦悩を思えば、この身の不出来を嘆くばかりです」


 フェドリスの事情を聞いて納得したのか、レヴェルはいたわるような言葉を投げかける。

 カナメは、そんなレヴェルの様子に僅かな違和感を覚えるが……それが何かは分からない。

 対するフェドリスは真面目だが……相変わらず跪いたままの彼に、カナメは座った様子もないソファの方に視線を投げかける。


「そうしていてもお疲れでしょう。あちらのソファにどうぞおかけになってください」

「有難き幸せです。されど弓の神レクスオールに死の神レヴェル……二柱の神々と同じ視点などという不敬、許されません」

「えーと……」


 困ったようにカナメがレヴェルに視線を向けると、レヴェルは小さな溜息の後にソファを指差して「あそこに座りなさい」と命令する。


「仰せのままに」


 すると、フェドリスは流れるような動きで立ち上がりソファへと移動し座る。


「軍人気質なのよ。あそこまで極端なのは蟲人特有だけどね」

「へ、へえ……」


 真面目なのは分かったが、なんとも言えない人だな……などと思いながらも、カナメとレヴェルはフェドリスの向かい側に座り。そこに、ルウネが湯気をたてるお茶を並べていく。


「それで、手紙には貴方の話を聞いてほしいといったような事が書いてありましたけど……一体どのようなお話なんでしょうか?」

「……はい。端的に申し上げますと、戦力としての手助けを期待しております」


 戦力。その言葉に、カナメは知らずのうちに視線を厳しくする。


「念の為に伺いますが、敵は「何」ですか?」


 もし、人と答えたなら。

 そんな事を考えて、カナメはフェドリスを見つめるが……返ってきた答えは、そうではなかった。


「モンスター。正確には……ダンジョンです」

「ダンジョン攻略、ということですか? まさか決壊の兆候が?」


 だとすれば、今すぐにでも行きたい。

 いや、それ以前に聖国としての支援自体も検討しないといけない事態だ。

 すぐに早馬を……と考えて、しかしフェドリスは首を横に振る。


「いいえ。そのダンジョンは出来たばかりなので、決壊の兆候はありません。すでに連合の騎士団も現場を抑えています」

「なら……」

「それでも、私には行かなければならない理由があるのです」


 そう言って、フェドリスは語り始める。

 そのダンジョンの始まりと……そこに至るまでの、物語を。

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