二階層へ向かえ

 一階層は誰もが早めに通り抜けるものらしく、エルとカナメは最初の戦闘の後は聖騎士にしか会っていない。

 モンスターもある程度は聖騎士が討伐してしまうのか、とても静かなものだ。


「む、冒険者か……新顔だな。期待している」

「どもっす」

「お、おつかれさまです」


 また出会った聖騎士にエルとカナメは挨拶をかわし、ダンジョンを歩く。

 聖騎士達の頭上に浮かんでいる照明の魔法は如何にも便利そうだが、長丁場ではなく交代制の巡回であるからこそ使えるものなのだろう。

 彼等の場合は魔力切れを心配するよりもいざという時に動けない方が致命的であり……エル曰く、そういう差があるらしい。


「まあ、俺等としちゃ楽だけどな。連中、宝箱には興味ねーし」

「宝箱……」

「低層じゃどっちにしろ大したもんは入ってねえけど、配慮なんだろうな」

「あ、やっぱりそうなのか」


 ヴィルデラルトの話を聞いた後では宝箱という単語にもカナメは素直に喜べなかったのだが、エルの言葉にカナメはそう反応する。

 浅い階層には良いものは無い。

 ダンジョンの存在目的を考えれば当然なのだろうが、ある意味でお約束でもある。


「おう。まあ、ちょっと良さげなナイフとか……小さめの宝石とかだな。たまに薬とかも出てくるけど、アレは結構高く売れるな」

「薬って……魔力薬か?」

「そこまではいかねえな。精々毒消しとか、そこらへんだよ。魔力薬とかは少し潜らないと出ねえし、再生薬ともなるとかなり……」


 魔力薬が高いのはカナメも知っていたが、再生薬というものは知らない。

 語感からすると、傷を治す薬のようにも思えるが……ここでエルに聞くのも、過度の常識知らずと思われてしまうだろうか。

 歩きながらカナメは、そう思われないようにしつつ情報を引き出す聞き方を考える。


「俺、よく知らないけど……再生薬って、そんなに高いんだな」

「そりゃ高ぇだろ。多少の傷ならすぐ治るし、すげえのは腕一本くらい生えてくるらしいしな。皆手に入れたら手放さねえから、値段は今でも上がりっぱなしだって話だぜ?」

「へえ……そんなに凄いんだな」

「ま、使ったことねえから噂だけどな」


 特に気にした様子もなく話を終えたエルは、ピクリと何かに反応し左へと視線を向ける。


「カナメ、ちょっと来い。今なんか見えた」

「なんかって……あ」


 エルの隣に行ったカナメがカンテラを左へ向けると、何かが微かにキラリと光ったのが見える。

 流石にカンテラの光で奥までは届かないが、確かにそこには箱状のモノが見える。


「箱と金具……なんか宝箱っぽく見えるけど」

「え、マジかよ。お前あれ見えてんの?」

「ん……まあ」


 目が慣れてきたのかどうかは分からないが、カナメの目には確かに宝箱の形が見えている。

 エルはしばらく目を細めたりしていたが、「よし」と呟くと歩き出す。


「逃すのも癪だし、一応開けとくか」

「え、さっき大したもの入ってないとか言ってなかったか?」

「何もねえよりはマシだろ。二階層で何か見つかるかもわかんねえしな」


 スタスタと歩いていくエルを追うようにカナメがそこへ歩いていくと、やがて行き止まりに辿り着く。

 その行き止まりの壁にぴたりとくっつくように木製の宝箱が放置されており……金属製の鍵がついているのが見える。

 それだけならば如何にも「宝箱らしい」宝箱なのだが、その宝箱自体から魔力を感じるのがどうにも危険な匂いがする。


「エル……なんか普通じゃないぞ、この宝箱」

「そりゃそうだろ。こんな所に置いてある宝箱なんざ普通じゃねえよ」


 そういう問題ではないのだが、エルにとってはそういう問題らしい。

 早速しゃがみ込むと、宝箱をペタペタと触って鍵の周辺を弄り始める。


「カナメ、ちょっとランタンそこに置いてくれ。暗くてよく見えねえ」

「あ、ああ……なんていうか、それって鍵開けってやつか?」


 見たことはないが、状況からそうだろうとカナメが予想して言えば、エルは「まあな」と返してくる。


「正確には罠の確認もだけどな。俺もそんな上手いわけじゃねえけど……ん、鍵かかってねえなコレ」


 言いながらエルが宝箱の蓋に手をかけると、アッサリと開いてしまう。

 その中に手を伸ばしたエルが掴みだしたのは……一本の短杖。

 深い茶色の木で出来た短杖は丁度エルの二の腕くらいの長さで、先が微妙に細くなっただけの造りだ。

 表面のつるつるとした光沢のある加工がなければ、ただの木の枝かと思ってしまいそうなそれをエルとカナメはじっと覗き込む。


「……短杖なのは分かるけど、魔法石もついてねえな。でも魔力は感じるから、魔法の品ではあるんだろうな……」

「魔法の品だったら高いんじゃないのか? 当たりだろ」

「いや、どうだろうな。魔法の品ったってランクがあるしよ。そもそも魔法石のついてねえ杖とか価値あんのか……?」


 言いながら、エルは短杖を弄り回す。

 基本的に杖は、ついている魔法石と呼ばれる宝石の大きさや色で価値が決まる。

 大きい魔法石がついている程強く、短杖の場合は魔力のよく馴染む木製よりも瞬間的な伝導率の良い金属製のほうが値段が高い。

 その観点から言うと、魔法石が無く木製の短杖であるコレには大した価値はない。

 まあ、一階層の宝箱から出てくるものとしては価値のあるほうかもしれないが……。


「まあ、珍しいのは確かだしな。お土産にしようぜ、コレ」

「そだな」


 笑い話にはなるかもしれねえ、と言って投げてくるエルからカナメは短杖を受け取り、腰の後ろ……ベルトに差す。

 そうして二人は、二階層への階段を探して歩いていく。

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