隊商の護衛5

 全員が散っていくと、中列の馬車に残ったのはカナメ達八人のみ。

 こういう時に話の流れを作ってくれそうなアリサは一言も喋らず、イリスも何処となく厳しい顔をしている。

 心なしかハインツも、いつもの目立たない位置ではなくエリーゼのすぐ側に控えているが……こうなると、カナメが会話の糸口を作るしかない。


「あー、えっと。改めて、カナメです。ただのカナメ。よろしくお願いします」

「堅苦しいって。仲間なんだからもっと気軽に……なあ、爺さん」

「ハハハ。君は少々気軽すぎる気もしますがね。とにかく、よろしくお願いしますよ」


 快活に笑うエルにダルキンは穏やかな笑みでそう答え、しかしエルは気にした様子もない。

 

「俺はさっきも紹介したけどまあ、エルって呼んでくれ! で、そっちの彼女達は?」

「……アリサ。ただのアリサだよ」

「私はイリスです」


 言いながらアリサはカナメの肩を引っ張って引き寄せ、イリスが自分の背にカナメを隠してしまう。


「え、え? 何? なんだよ?」

「二人とも何をなさってるんですの……私はエリーゼですわ」

「おお、よろしくな皆! つーか美人だよな皆。羨ましいぜ」


 言われてカナメは曖昧に笑うが、確かに全員美人であるのは確かだ。

 確かなのだが……どうにも、今日は様子が変だ。

 エリーゼはいつも通りだが、アリサとイリスの様子が確実におかしい。

 まるで何かを警戒しているかのようだが……一体何をそんなに警戒するというのか。

 エルもなんとか盛り上げようとしているようだが、アリサ達の反応があまり良くなくて困っているのが丸分かりだ。


「なあ、アリサ、イリス。どうしたんだよ。何かヘンだぞ?」


 二人の視線の先をカナメが追えば、どうやらダルキンに固定されているらしいことが分かる。

 しかしダルキンは穏やかな笑みを浮かべるばかりで、おかしなところなど何一つない。

 一体何がそんなに二人を注目させるのか、カナメは注意深くダルキンを見て……ふと「それ」に気づく。


「あれっ」


 よく見てみれば、おかしい。

 カナメから見たダルキンには、何もないのだ。

 もっと言えば、感じるはずの魔力や気配といったものが一切感じられない。

 ルウネがひっついているから分かりにくいが、ダルキン自身から発せられるものが何もないのだ。

 カナメとて、この世界に来た当初よりも魔力を感じる能力は上がっている。

 町の普通の人間でも多少なりとも感じるそれらが全くない人間などというのは、流石に初めて見る。

 その有様はまるで、木か石のようで……しかし、魔動人形ゴーレムの類でないのは確かだ。

 だとすると……ダルキンは一体何者だというのか?

 突然ダルキンが不気味なものに思えて、カナメは自然と腰が引ける。


「ダルキンさん、だっけ」

「ええ。どうされました、アリサさん」

「何者なのさ、アンタ。冒険者じゃないって言ったけど、一般人ってわけでもないよね」

「カナメさんもようやく気付いたようですが、貴方の気配は異常です。魔力と気配の遮断。不可能なわけではありませんが、無意味です。そんな技を欲するのは暗殺者くらいのもの……狙いは何ですか」


 魔力と気配は同じのようであって、少し違う。

 気配は人が生きている限りあるものだが、修行によりある程度薄める事が出来る代物だ。

 これはたいして難易度が高くないとされているが、問題は魔力の遮断だ。

 これは魔力が人の身体を覆っている以上隠すことは難しく、また消せば身体能力が下がる為メリットが何一つない。

 唯一メリットがあるとすれば魔力を敏感に感じ取る者から姿を隠すことが出来るという程度で、まさに暗殺者向けの技能であるという点だ。

 それ以外はデメリットしかない技能である為、アリサ達の反応は当然といえば当然だ。


 有名になったカナメの弓を誰かが奪おうと暗殺者を派遣する。口には出さずともアリサもイリスも、その可能性を危惧していたからだ。

 しかしアリサとイリスの言葉にダルキンはきょとんとした顔をすると「ああ」と手を叩く。


「妙な視線を感じると思ったら、そういうことでしたか」


 そう言うと、ダルキンは胸元から紫色の宝石のついたペンダントを取り出し投げてくる。

 それと同時にダルキンの気配と魔力が明確に感じられるようになり、ペンダントを受け取ったイリスの魔力が霧散する。


「新月のペンダントといいましてな。若い時分に色々あって受け取ったものですが、それをつけていると動物にもモンスターにも気づかれにくいので助かるのですよ」


 イリスがアリサにペンダントを渡すと、今度はアリサで同様の事が起こり……しばらくペンダントを調べていたアリサは、それをダルキンへと投げ返す。


「……そっか。私達の考えすぎだったみたいだね。謝罪するよ」

「いえいえ。貴方達は有名になってきているようですしな。警戒する気持ちは分かりますとも」


 笑顔を見せたアリサにダルキンもそう答え、ハラハラしていたエルもほっとした顔を見せる。


「じゃあ、聖国までは仲間だね……よろしく。カナメ、馬車乗ろうよ」


 言いながらアリサはカナメをぐいぐいと引っ張って馬車へと向かい……耳元でカナメに小さく囁く。


「油断しちゃダメだよ、カナメ。気配を消してた説明にはなってない。たぶん気配を消すことが常な職業についてる奴だし、相当強い」

「……心配しすぎじゃ。それに相当強いったって、アリサ程じゃ」

 

 そんなカナメの言葉に、アリサは曖昧な笑みを返す。

 そう、アリサは自分が強いという自信はある。

 そうなるべく鍛えてきたし、今も怠っていない。

 ……だがそれでも、あの老人はアリサに「強い」と思わせた。

 ドラゴンや他のモンスター達とは違う、鍛え上げた鋼のような強さを感じる老人は……少なくとも、そこら辺を偶然歩いていていいような存在ではない。


 そしてその目は。間違いなく、カナメだけをじっと見つめていたのだ。


「エリーゼはハインツがついてるから大丈夫。カナメも私かイリスから離れないようにね」


 何が目的かは分からないし、エリーゼが狙われることはないだろうという確信はある。

 それでもアリサは、そんな余計な事は言わずカナメを安心させるようにそう囁いた。

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